正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

正義と信念の果て

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「よう。お疲れ、エフェル」

 そう声を掛けてきたのはかつての相棒ディーンだった。

 
 ――会議室・外回廊。


「……おう、お疲れ」

 エフェルと呼ばれた少年――エフェルローンは、神妙な面持ちでそう言った。

「なんだ? ひとつ厄介ごとが解決したってのに浮かない顔だな」

 眉間に小じわでも寄せ始めそうなエフェルローンに、ディーンは片方の眉を吊り上げながらこう言った。

「なんだ、気にしてるのか。さっきの国王への回答」
「ふん、さあね」

 エフェルローンは面白くなさそうにそう鼻を鳴らすと、フイッとそっぽを向いた。


 ――『分かりません』。

 
 なんであんな答えを出したのか、実際自分でも驚いている。
 
 そんな煮え切らない様子のエフェルローンがあまりに珍しかったのだろう。
 ディーンは、「ほぉー」っと感心したような声を上げるとこうのたまった。

「なんか、らしくないな」
「うるせーよ」

(知るかよ、そんなの)

 自分でも分かっている。
 その理由は、自分の中に生まれた[正義]に対する疑念、そして――。

「まいったな……」

 エフェルローンは心の中で項垂うなだれた。
 確かにいつもなら、頭の中に叩き込んだ刑法やら経験に照らし合わせてはっきりとした答えを出しているはずなのに。

 なのに、今回と来たら――。

(俺は、何をそんなに悩んでいる?)

 [正義]に対する懐疑心だけなら、こんなに悩んだりはしない。
 自分の信念にそぐわなければ、そこから離れれば良いだけだ。

 だが。

 自分が[正義]だと信じて行った事が、全て[間違って]いたとしたら?

 子供化の呪いも、それに伴う魔力の減退も、地位や名誉の喪失も。
 自分の選択が全て[間違って]いたことに対する何らかの罰だとしたら?

 もしそう考えるならば、[爆弾娘リズ・ボマー]を助けたことは間違っていたことになる。

 ならば、あの時。

爆弾娘リズ・ボマー]は見殺しにするべきだったのだろうか?

 エフェルローンはそう自分に問いかけ、心の中で横に首を振る。

 ――刑を下すのは、俺じゃない。司法だ。どんな容疑者もすべて法律に則り裁かれなくてはいけない。そうでなければそれはただの[私刑]だ。

(じゃあ、なんで俺は……[正しいこと]をしているはずの俺はこんな事になってる――?)

 
 呪いによる子供化、魔力の減退、地位と名誉の喪失。


 それを考えるたび、脳裏をよぎるのは四年前の[爆弾娘リズ・ボマー]の一件。
 そして、何度と繰り返される自分への問いかけ。

「もしあのとき、[爆弾娘リズ・ボマー]を見殺しにしていれば、そうすれば俺は――」

 ――[正しい]選択をして、尚且つ、全てを失わずに済んだのだろうか。


(わからない……)


 エフェルローンは、こうなってしまった事に対する自らが納得できる理由がどうしても欲しかったのだった。

 と、そんな悩めるエフェルローンをは傍から見ていたディーンは、突然、ニヤリと笑うとあろうことかこんなことを口にした。

「なあ、エフェルローン。お前さ、まさか[爆弾娘リズ・ボマー]に惚れたとか言わないよな?」

 さすがにこれには、エフェルローンの堪忍袋の尾は容易たやすく切れた。
 元々切れ長の目を更に細く鋭くし、エフェルローンは噛み付くようにこう言った。

「……お前、馬鹿か? 身体鍛える事ばっかりに夢中で、脳みそ鍛えてないだろ」
「ははは、確かに。それに、子供のお前には色恋沙汰は縁遠い話だったな、いや申し訳ない」

 悪びれもなくそう言うディーンに、エフェルローンは面白くもなさそうにこう言った。

「なーにが、『申し訳ない』だよ。そんなの微塵も思ってないくせにさ。ほんと、いけ好かない奴だよ、お前って」

 そう不貞腐れるエフェルローンにディーンは取って付けたかのように深々と頭を下げて見せるとこう言った。

「お褒め頂き光栄です、伯爵。で、そんないけ好かない奴からひとつ提案なのですが……?」

 そう言うと、ディーンは片手で酒杯を掴む仕草をすると、片目をつぶってこう言った。

「久々に、飲みに行かないか? 積もる話もあるしさ。どうだ? 小さくても飲めるんだろ?」

 ディーンの勢いに押され、エフェルローンは気づけばこう答えていた。

「……まぁ、な。場所によってはね」
 
 実際、まんざらでもない。
 外見のせいで断られる事も多いが、事情を話し身分証を見せれば飲ませてくれるところもある。

 まあ、問題ないだろう。
 
「じゃあ、決まりだな」

 ディーンがいつになく楽しそうに笑う。

「了解。夕の六刻に大通り脇の[蜂と女王ビーアンドクイーン]で……どうだ?」
「[蜂と女王ビーアンドクイーン]か。懐かしいな」


蜂と女王ビーアンドクイーン]――エフェルローンとディーンが大学時代からよく世話になっていた酒場である。

 だが、最近……というか、この身体が小さくなった四年前から、もう一度も通っていない。
 通わなくなった理由は、この身体のこともあるが、実際、一言では言い表せない。

「なんだ、最近行ってないのか?」
「まあね、ちっさくなったこともあるし。それに、姉貴も心配するから」

 それらしい理由を適当にこじ付ける。

「それなら、今夜は大丈夫なのか? 姉君が心配されるんじゃ……」

 なぜか酷く動揺するディーンに。
 エフェルローンは首をひねりながらこう答える。

「う~ん、特に問題はないかな。大丈夫。それとも何か問題でも?」

 実際、魔法で家まで瞬間移動するので何ら問題はない。

「そ、そうか。ならいいんだ。じゃあ、その……後でな」
「ああ」
 
 そう言って互いに背を向け合った瞬間。
 ディーンは思い切ったように後ろを振り返ると、裏返る声をものともせず、エフェルローンに向かってこう言った。

「……と、あと、その……姉君のリアさんによろしく伝えておいてくれ」

 突然出てきた姉の名前に、エフェルローンは「ははーん」と心の中でつぶやく。
 そして、意地悪く目を眇めるとニヤ付きながらこう言った。

「なんで?」

 そんなエフェルローンに、ディーンは怯んだように後ろに一歩下がる。

「な、なんでって、お前……長年お世話になった相棒の姉君でいらっしゃってだな……」

 しどろもどろのディーンに対し、エフェルローンは更に追い打ちをかけるようにこう言った。

「だーから?」

 そんなエフェルローンの意地悪い対応にもめげず、ディーンは頭を二、三度かき回すとやけくそ交じりにこう言う。

「あ~、もうなんでもいい! とにかく! とにかくだ。リアさんによろしく伝えてくれよ! いいか、必ずだからな!」

 そう言って、若干顔を赤らめながら逃げるように立ち去るディーン。
 そんな彼の背中に向かい、エフェルローンはぼそりと一言呟いた。

「相変わらず初心うぶな奴……」
 
 そう言って一人ほくそ笑むと。

 エフェルローンは足取りも軽く、憲兵庁の自室へと向かうのであった。
 
 
 こうして時は過ぎ、夜の帳が幾重にも折り重なろうという頃――。
 時刻は午後の六刻を刻もうとしていた。
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