正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第零章 すべての始まり

仲間の命、咎人の命

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――[爆弾娘(リズ・ボマー)]。

 二年前、自身の絶大な魔力を制御できず、村ひとつ消し去ってしまったという、アルカサール王国の歩く無差別大量破壊兵器。

「大量殺人者だぞ? 見殺しにしたところで上だって文句は言わないだろうさ」

 そんなディーンの人権を無視した言葉に。
 エフェルローンは不快感もあらわにこう怒鳴った。

「殺人者だからって、殺して言い理由にはならない! 殺すか殺さないか、それを決めるのは法だ。間違っても俺たちじゃない!」

 そう正論を吐くエフェルローンに。
 ディーンは無慈悲にもこう言い切った。

「だが、俺たちは無敵じゃない。それに、正論だけじゃ正義は守れはしない。何かを取れば、別の何かを失う。任務成功を取るなら……分かるだろ、エフェル」
「…………」

 確かに。

 ディーンの体力もダニーの体力も、限界が近付いているのは事実。

 それに何より、悪魔召喚の魔法陣の状況は一刻を争っている。
 アルカサールの国民をむざむざと悪魔の餌食にする訳にはいかない。

 それはある意味、ディーンの言っていることを暗に裏付けている。

――何かを取れば、別の何かを失う。

(多くの命には代えられない、か) 

 エフェルローンはそう意を決すると、台座に焦点を絞り込む。
 そして、流暢りゅうちょうな[古代上級魔法語ハイ・ロゴス]で呪文の詠唱を開始した。

 それは、息を深く吸って吐くぐらいの短い時間。
 その短い時間のあいだに。 

 無意識に少女を目で追っていたエフェルローンの視線は、少女の視線とぶつかる。

「…………」

 少女の瞳から、涙が一粒零れ落ちる。
 それは、「生きたい」と願う少女の無言の抵抗――。

 その瞬間。

 エフェルローンの呪文が意図せずに発動した。

「しまっ……」

[紫電のいかづち]は吸い込まれるように、台座目掛けて垂直に落ちていく。

 そして、案の定。

 雷は台座を外れ、魔法陣の一部を破壊し、消えた。

 それを見た瞬間。

 女魔術師アデラは舌打ちし、直ぐに呪文を唱え始めた。
 それに呼応するかのように。
 アデラの周りの空間がゆっくりと歪み始める。

([瞬間移動テレポート]か!)

 そんなエフェルローンの予想を肯定するかのように、アデラの姿が次第におぼろげになっていく。

「ディーン! [瞬間移動テレポート]だ!」

 叫ぶエフェルローンにディーンが素早く反応する。

「させるかよ!」

 彼は、女魔術師の正面に迫ると、その懐に一気に飛び込んだ。

「ダニー、アデラに[気絶スタン]!」
「は、はい!」

 エフェルローンの指示に、ダニーが素早く反応する。

 唱えられる呪文。
 そして、懐に飛び込んだディーンがアデラ目掛け長剣を振り下ろしたその瞬間――。

 女魔術師の呪文は完成し、アデラは異空間に消えて居なくなった。

「逃がしたか……」

 周りを注意深く見まわすエフェルローン。

「……いないな」

 苦々しくそう呟くディーンに、ダニーも辺りをびくびくと見渡しながらこう言った。

「け、気配を感じません」

 呆然ぼうぜんと立ち尽くす三人の憲兵。

 今までの喧騒が嘘のように。
 地下空洞は、まるで水を打ったかのようにしんと静まり返っている。

 と、そんな異様な静けさを早々に打ち破ったのは、憲兵騎士のディーンであった。
 彼は、若干疑いを孕んだ瞳でエフェルローンを見遣ると、皮肉混じりにこう言った。

「それにしても、台座の破壊の失敗だと? お前にしては珍しいな、エフェル」

 ディーンの、意地の悪いその物言いに。
 エフェルローンは素直に頭を下げるとこう言った。

「済まない、集中力が乱れた」
「ったく、しょうがないな。それにしても」

 そう言って、アデラの消えた空間を見つめながら、ディーンは悔しそうにこう言った。

「アデラの奴、上手く逃げやがって……くそが」

 正義感の強いディーンは苦々しくそう呟くと、酷く悔しそうに舌打ちする。
 
 アデラがどこに逃げたのかは定かではないが、なぜアデラが逃げたのかは、エフェルローンには分かっていた。
 統制を失いつつある禍々しい気配をじっと見据えながら。
 エフェルローンはディーンに向かってこう言った。

「ディーン、今すぐここから撤退しろ」

 呪文の破壊の失敗――それは、魔術の暴走を意味する。

 爆発するか、呪われるか……何が起こるかわからない非常事態。
 アデラが逃げるもの当然、といったところだろう。

 となれば、もうここに留まる理由は無い。

「あ? どういうことだ、おい……」

 台座の呪文の破壊を失敗させたこともあるだろう。
 ディーンが射殺すような眼差しでエフェルローンを据える。
 腹の底から響くようなその声音は低く、ディーンの並々ならぬ憤りがひしひしと感じられた。

 そんな怒り心頭のディーンを前に、エフェルローンは淡々とした口調でこう言う。

「魔術が暴走してる。ここに居たら何が起こるか分からない」

 その言葉に、ディーンはサッと表情を硬くしながらこう尋ねた。

「おい、魔力の暴走って。それはどういう……」
「説明している暇はない。急げ」

 目を怒らせ、至極冷静にそう告げるエフェルローンに、さすがのディーンも気圧され気味にこう言った。

「……わ、分かった。分かったよエフェル。で、その暴発までの猶予は?」

 そう言って、辺りを抜け目無く警戒するディーンに、エフェルローンはきっぱりとこう言い切った。

「少なく見積もってあと十分強。急がないと命の保証は出来ない」

 まるで他人事のようにそう宣告するエフェルローンに、ディーンは不可解そうにこう言った。

「おい、ちょっと待て。逃げろって言ったってお前……俺たちにはお前の[瞬間移動テレポート]があるじゃないか! 今ならまだ全然余裕だろう?」

 そんなの腑に落ちない、と言わんばかりのディーンの言葉に。
 エフェルローンは意を決したようにこう言った。

「俺は、行けない」
「……は、何だって?」

 口をぽかんとあけて、呆気にとられるディーン。
 そんなディーンに、エフェルローンは至極真面目な顔でこう言い放った。

「俺は、お前たちとは一緒に行かない」
「おいおい、ちょっと待て。まさか、本気じゃないよなぁ、おい」

 口元は笑いながらも、エフェルローンの真意を深く探るように、鋭く双眸を光らせるディーン。
 そんなディーンの執拗な視線から逃れようとするかのように。
 エフェルローンはつと視線をそらすと、ディーンの心配を一蹴するように鼻で笑ってこう言った。

「本気だよ。どうしても、言われた命令を果たしたくてさ。上からの命令は、確か……アデラの捕獲もしくは殺害、魔法陣の破壊。そしてこの少女の保護、だろ? アデラを取り逃がした今、出来るだけ多くの成果を上げないと次の昇進の査定に響くってね。お前だって行きたいだろ、上に」

 そう言って口の端を吊り上げるエフェルローン。
 そのもっともらしい答えに。
 ディーンは一瞬、憮然とした顔で口を開きかけるも、すぐに諦めたようにこう言った。

「……理解できないとは言わないが、賛同は出来ない。でも、お前がそうと決めたんならしょうがない。ただ……姉君を、リアさんだけは悲しませるようなことはするなよ」

 真面目な顔でそう言うディーンに。

「ああ、分かってる」

 そう言って、エフェルローンはニヤリと笑ってみせる。
 そして、辺りをびくびくと警戒しているダニーを見と、エフェルローンは苦笑気味にこう言った。

「それと、ダニーを頼む」

 そんなエフェルローンに、ディーンは不敵に笑って見せるとこう言った。

「……ああ。任せろ」

 そして、無駄にきょろきょろしているダニーの細い肩をぐいと掴むとこう怒鳴る。

「ほら、行くぞダニー!」
 
 しかし――。

「……で、出来ません! そんなこと……」

 何を思ったか、小心者のダニーがこの危機的状況に及んで急に自我を発揮し始めた。

「先輩を、クェンビー先輩を置いて行くなんて!」

 その言葉に、ディーンの表情がみるみる険しくなっていく。

「あのなあ、ダニー。状況を冷静に考えろ。俺たちは今、ここから逃げるのが先決だ。行くぞ」

 だが、ダニーは一向にその場を動く気配がない。
 ディーンはチッと舌打ちし、怒鳴って言った。

「いいから、行くんだよ!」

 そう苛立たしげにダニーの腕を掴み、ぐいと引っ張るディーンに。
 ダニーは必死の抵抗をしながらこう言った。

「でも先輩、クェンビー先輩を残していくなんてやっぱり僕には――!」

 そう言って、ディーンの手を跳ね除けようとするダニーを、ディーンは鋭く睨むとこう言った。

「じゃあ聞くが。お前に何が出来る? 子供みたいな安っぽい正義感なんざ、生きるか死ぬかのこの場にゃ邪魔なだけだ。そんなもの捨てちまえ。俺の言ってることの意味、わかるよな……分かるなら、とっとといてこい」

 その、凄みの効いたディーンの言葉に。
 ダニーの両肩が病的にびくりと跳ね上がる。
 そして、唇をふるふると震わせると、ダニーはがっくりと肩を落としながらこう言った。

「……はい、先輩」

 こうして。

 ディーンとダニーは、それ以上言葉を交わすことも後ろを振り返ることもなく、無言でこの場を後にするのだった。
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