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第零章 すべての始まり
望まぬ戦い
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幼くして両親を失い、たった一人の姉と共に孤児院で途方に暮れていたエフェルローン。
そんなエフェルローンと姉のリアを。
当時、弟子を取らない事で有名だったアデラは、何の心境の変化か、姉もろとも養子として受け入れた。
アデラがエフェルローン姉弟を引き取った理由がなんであるにせよ。
エフェルローンにとって、自分と姉を引き取ってくれた彼女は何にも代えがたい恩人であり、偉大な師であり、何より大切な家族であった。
何でも話せ、何でも相談できる[家族]。
それが一体、どういうことであろうか。
家族だと思っていた彼女は、エフェルローンたちに何の相談もなく、突如、悪魔が手招く[禁忌の道]へとその手を染めたのである。
(師匠、なぜ――)
考えれば考えるほど心は痛み、訳が分からなくなる。
誰もがうらやむ権力。
身に余るほどの栄光。
溢れんばかりの富。
それらをすべて手にしていながら、なぜ。
(なぜ[禁忌]なんかに手を染めたんです?)
エフェルローンのその心の声に呼応するかのように、女魔術師アデラ・クロウリーはエフェルローンを見た。
その双眸に宿るのは、狂おしいまでの狂気と狂喜。
だが、その瞳の奥には恐ろしいまでの冷静さが、二つの狂った感情の狭間に見え隠れしている。
かつてエフェルローンが師として尊敬し、憧れていた理性と知性と思慮に満ち溢れていた彼女は、もう何処にも居ない。
(そこまでして、あなたは……あなたは一体、何を手に入れたかったんです?)
幸せだった幼い頃の記憶が、エフェルローンの脳裏を過ぎる。
認めたくない現実に、エフェルローンは目頭に熱いものを感じながら口元を歪めた。
と、そんなエフェルローンとアデラの視線が一瞬絡み合う。
そして、次の瞬間。
アデラは口の端でにやりと嗤うと、口先で囁くように呪文を唱えた。
そんな彼女の短い囁きを合図に、エフェルローンたちの前に立ちはだかっていた大岩が砕け散る。
「……っ!」
その、砕け散る欠片を避けるため、顔を背けたその一瞬の間に。
それは、意志を持った生き物のように空中に展開し、その切っ先全てはエフェルローンたちの方を向いていた。
「[遠隔操作]に鋭い無数の岩の欠片……状況は絶望的、か」
そして、それらは急速に上昇すると、そのまま地面目掛けて一斉に降り注いだ。
(ちっ、間に合うか――?)
とっさに[風の盾]の呪文を唱え、その場を凌ごうと試みるエフェルローン。
「……くっ」
しかし、呪文が不完全だったのか、盾の隙間から入り込んだ鋭い岩の群れは、容赦なくエフェルローンたちの頬や剥き出しの手の甲、そして制服に覆われた肩や背中、太腿などを縦横無尽に切り裂いていく。
腕の肉を引き裂かれ、背中を抉られる痛みに、エフェルローンは口元を歪めた。
見ると、ダニーの太腿や背中にも、切り割かれた細かな傷の他、いくつかの岩の破片が致命傷ではないにしろ突き刺さっており、ディーンに至っては、上腕と背中に深い傷を負ったらしく、岩が刺さっている傷口から滲みだす血が、憲兵の制服を赤黒く染めていた。
その状況に、ディーンが皮肉な笑みを浮かべてこう言う。
「……一方的か、笑えるな」
その言葉を合図に。
さらに大きな岩が宙に浮きあがり、またもフェルローンたちに襲い掛かって来る。
その容赦ない攻撃に、さすがのディーンは片ひざを折り、ダニーは力尽きたのだろう、両膝を折ると、そのまま地面に這いつくばってしまう。
「はっ、やっぱ笑えねぇ……」
そう言って、渋い顔で舌打ちするディーンを前に。
エフェルローンは、よろめきながらもアデラをキッと見据える。
(……このままじゃ、アデラ確保どころか命が持たない)
侮っていたわけではないが、ここまでとは思っていなかった。
その現実に、エフェルローンは悔しさと共に、アデラに更なる畏怖の念を覚える。
(さすがは禁忌魔法の守護者……そう簡単には捕まってくれないよな)
エフェルローンはこの劣勢を打開するため、魔法解除の呪文を唱えようとするも、息もつかせぬ岩の破片の応酬で、まともに呪文を詠唱出来ない。
ダニーに至っては、背中で攻撃を受け続けるという有り様。
と、そうやって、防戦一方に回るしかないこの状況を好奇と捉えたのだろう。
アデラはとどめとばかりに、鋭い岩の大群を思うがままに操ると、それを空間の最も高い所にまで上昇させると、それらを容赦なく地面に叩き込んだ。
だが、エフェルローンも負けてはいない。
反射的に[風の盾]の呪文を唱えると、岩の雨の切っ先を絶妙なタイミングで逸らしていく。
だが、やはり防ぎきれなかった鋭い岩の塊は、致命傷ではないものの制服をやすやすと切り裂き、体の至る所に更なる深い傷を刻み、抉っていった。
(くっ、岩場にさえ隠れられれば……そうすれば、起死回生の一手が打てるかもしれないのに……!)
そんなエフェルローンの僅かな視界に映るのは、前線で耐え続けるディーンの傷だらけの背中のみ。
だがその時。
(そうか、ディーンを盾にすれば……)
思ったが早いが、エフェルローンは一気にディーンの背後に駆け込んだ。
そして間を入れず、ディーンの背中に背を向けると、短い古代魔法語を歌うように囁いた。
それは、全ての魔法を無力化する[魔法解除]の魔法——。
すると、魔力の流れを妨害されたアデラが操る岩の塊は、減速と加速を繰り返し制御が効かなくなり始める。
(……占めた。だが、勝負はこれからだ)
エフェルローンは更に自らの魔力を込め、アデラの魔法を少しづつ追い込んでいく。
(アデラは、召喚に多大な魔力を使い切ってるはず。ならば、俺が最悪の手を打たない限り、勝てる――たぶん)
そう自分に言い聞かせ、自らの精神力を無制限に削り、相手の魔力を打ち消していくエフェルローン。
だが、アデラの精神力に合わせて削られていく精神力は、あまりに大きかった。
エフェルローンの脳裏に不安が過ぎる。
(……さすがは大魔術師。長年培った精神力は底なしってか……ちっ、甘く見すぎたかな)
そう皮肉な笑みを浮かべた次の瞬間。
アデラの精神力に対しての精神力の減りが、がくんと弱まった。
それは、エフェルローンの精神力がアデラの精神力を上回った証――。
それに呼応するかのように。
次第に制御を失う岩たちの動きに、エフェルローンは自らの魔術の勝利を確信する。
それから数秒もしない内に、荒れ狂っていた空気は水を打ったように静まり返った。
エフェルローンの[解呪]の勝利である。
(これなら勝てる!)
エフェルローンがそう確信したと同時に。
ディーンも息を吹き返し、不適に笑うとこう言った。
「一気に畳み掛けるぞ!」
そう言って、アデラ目掛けて突撃していくディーン。
そんなディーンの援護に[氷の矢]を乱射するエフェルローン。
そんなエフェルローンに。
魔術戦に敗したアデラは一瞬、なぜか満足そうに微笑んだ。
それはまるで、赤ん坊が立ち上がったことを喜ぶ母親のように。
「…………」
しかし、そんなディーンとエフェルローンの強力な連係攻撃も空しく。
アデラはその攻撃を難なく往なすと、涼し気な笑みを浮かべた。
と、その時。
戦場の真ん中に俯せていたダニーが、何を思ったかよろよろと立ち上がると、魂の抜けた面持ちでその場に立ち尽くした。
そんな、我を忘れたダニーの奇行を前に、エフェルローンの背筋が凍る。
「ダニー、止まるな! 動け!」
そんなエフェルローンの指示も虚しく。
今や動かぬ的と化したダニーに繰り出される、容赦ないアデラの魔法攻撃――。
「う、あ……」
その場で凍り付くダニーの顔から、サッと血の気が引く。
と同時に、アデラの背後で蠢いていた薄青色の光が徐々に複数の矢の形を取り始める。
([氷の矢]か、ならば……)
額に吹き出す汗を感じながら、エフェルローンも負けじと呪文を唱える。
人間には発音の難しい言葉を一字一句間違うこと無く謳い上げていく。
――火よ、炎の源よ。我が声を聞け。その身を盾にして我らを守れ。
だが、アデラの呪文の方が一瞬早く完成する。
必死に喰らい付くエフェルローンに、アデラの瞳が無慈悲に笑った。
(まだだ!)
勢いよく放たれる[氷の矢]。
(まだ終わってない!)
『発動!』
「うくっ!」
歯を食いしばり、ぎゅっと目を瞑るダニー。
「ダニー!」
叫ぶディーン。
アデラの[氷の矢]が勢い良く降り注ぐと同時に。
ダニーの前に立ち塞がるように現れたのは、エフェルローンの[炎の壁]。
それは、アデラの放った[氷の矢]を瞬時にして蒸発させると、シューシューという蒸気と共に、その場から消え去った。
「ふぅ……焦ったぜ、ったく」
ディーンは額の汗を手の甲で軽く拭うと、そう言って剣を構えなおす。
エフェルローンも硬直するダニーの前に体を入れると、アデラをしっかりと捕捉した。
しばし訪れる、膠着状態――。
その間、ようやく正気を取り戻したダニーは、青白い顔を固くこわばらせながらこう言った。
「す、すみません先輩、こんな……」
そう言って顔色を青くしたまま涙ぐむダニーに、エフェルローンは怒鳴って言った。
「詫びは後だ、死にたくなければ集中しろ!」
「は、はい!」
ダニーは手の甲で涙を拭うと、体制を整えアデラに焦点を合わせる。
(さっきの[解呪]と、今の[炎の壁]で精神力を半分以上削っている。長期戦は無理だ。さて、どうする?)
そう自分に問いかけるエフェルローンに。
ディーンが冷静な口調でこう言った。
「お前の魔力もそろそろ限界だろう。アデラの捕縛は諦める。エフェル、悪いが全力で台座を狙ってくれ。魔法陣を破壊し、形勢を一気に逆転させるぞ!」
「……えっ」
思ってもみなかった提案に、エフェルローンは耳を疑った。
アデラ確保を諦めるのは良しとして。
台座を破壊する――それは、魔術の施された台座と一体化している少女の命を犠牲にすることを意味している。
ディーンのその、人道を逸した提案に。
エフェルローンの眉はみるみるつり上がり、その双眸は怒りに燃えた。
「無抵抗な庶民ひとりを犠牲に魔法陣を破壊しろって……お前、どうかしてるんじゃないか? それとも、神にでもなったつもりか、おい」
地を這うような低い声で、エフェルローンはそう皮肉る。
だが、ディーンは顔色ひとつ変えずこう言い放った。
「聞けよ、エフェル。あの少女は[爆弾娘]。二年前、魔力を暴走させ、街ひとつ跡形も無く消し去った[大量無差別殺人]の[容疑者]だ!」
そんなエフェルローンと姉のリアを。
当時、弟子を取らない事で有名だったアデラは、何の心境の変化か、姉もろとも養子として受け入れた。
アデラがエフェルローン姉弟を引き取った理由がなんであるにせよ。
エフェルローンにとって、自分と姉を引き取ってくれた彼女は何にも代えがたい恩人であり、偉大な師であり、何より大切な家族であった。
何でも話せ、何でも相談できる[家族]。
それが一体、どういうことであろうか。
家族だと思っていた彼女は、エフェルローンたちに何の相談もなく、突如、悪魔が手招く[禁忌の道]へとその手を染めたのである。
(師匠、なぜ――)
考えれば考えるほど心は痛み、訳が分からなくなる。
誰もがうらやむ権力。
身に余るほどの栄光。
溢れんばかりの富。
それらをすべて手にしていながら、なぜ。
(なぜ[禁忌]なんかに手を染めたんです?)
エフェルローンのその心の声に呼応するかのように、女魔術師アデラ・クロウリーはエフェルローンを見た。
その双眸に宿るのは、狂おしいまでの狂気と狂喜。
だが、その瞳の奥には恐ろしいまでの冷静さが、二つの狂った感情の狭間に見え隠れしている。
かつてエフェルローンが師として尊敬し、憧れていた理性と知性と思慮に満ち溢れていた彼女は、もう何処にも居ない。
(そこまでして、あなたは……あなたは一体、何を手に入れたかったんです?)
幸せだった幼い頃の記憶が、エフェルローンの脳裏を過ぎる。
認めたくない現実に、エフェルローンは目頭に熱いものを感じながら口元を歪めた。
と、そんなエフェルローンとアデラの視線が一瞬絡み合う。
そして、次の瞬間。
アデラは口の端でにやりと嗤うと、口先で囁くように呪文を唱えた。
そんな彼女の短い囁きを合図に、エフェルローンたちの前に立ちはだかっていた大岩が砕け散る。
「……っ!」
その、砕け散る欠片を避けるため、顔を背けたその一瞬の間に。
それは、意志を持った生き物のように空中に展開し、その切っ先全てはエフェルローンたちの方を向いていた。
「[遠隔操作]に鋭い無数の岩の欠片……状況は絶望的、か」
そして、それらは急速に上昇すると、そのまま地面目掛けて一斉に降り注いだ。
(ちっ、間に合うか――?)
とっさに[風の盾]の呪文を唱え、その場を凌ごうと試みるエフェルローン。
「……くっ」
しかし、呪文が不完全だったのか、盾の隙間から入り込んだ鋭い岩の群れは、容赦なくエフェルローンたちの頬や剥き出しの手の甲、そして制服に覆われた肩や背中、太腿などを縦横無尽に切り裂いていく。
腕の肉を引き裂かれ、背中を抉られる痛みに、エフェルローンは口元を歪めた。
見ると、ダニーの太腿や背中にも、切り割かれた細かな傷の他、いくつかの岩の破片が致命傷ではないにしろ突き刺さっており、ディーンに至っては、上腕と背中に深い傷を負ったらしく、岩が刺さっている傷口から滲みだす血が、憲兵の制服を赤黒く染めていた。
その状況に、ディーンが皮肉な笑みを浮かべてこう言う。
「……一方的か、笑えるな」
その言葉を合図に。
さらに大きな岩が宙に浮きあがり、またもフェルローンたちに襲い掛かって来る。
その容赦ない攻撃に、さすがのディーンは片ひざを折り、ダニーは力尽きたのだろう、両膝を折ると、そのまま地面に這いつくばってしまう。
「はっ、やっぱ笑えねぇ……」
そう言って、渋い顔で舌打ちするディーンを前に。
エフェルローンは、よろめきながらもアデラをキッと見据える。
(……このままじゃ、アデラ確保どころか命が持たない)
侮っていたわけではないが、ここまでとは思っていなかった。
その現実に、エフェルローンは悔しさと共に、アデラに更なる畏怖の念を覚える。
(さすがは禁忌魔法の守護者……そう簡単には捕まってくれないよな)
エフェルローンはこの劣勢を打開するため、魔法解除の呪文を唱えようとするも、息もつかせぬ岩の破片の応酬で、まともに呪文を詠唱出来ない。
ダニーに至っては、背中で攻撃を受け続けるという有り様。
と、そうやって、防戦一方に回るしかないこの状況を好奇と捉えたのだろう。
アデラはとどめとばかりに、鋭い岩の大群を思うがままに操ると、それを空間の最も高い所にまで上昇させると、それらを容赦なく地面に叩き込んだ。
だが、エフェルローンも負けてはいない。
反射的に[風の盾]の呪文を唱えると、岩の雨の切っ先を絶妙なタイミングで逸らしていく。
だが、やはり防ぎきれなかった鋭い岩の塊は、致命傷ではないものの制服をやすやすと切り裂き、体の至る所に更なる深い傷を刻み、抉っていった。
(くっ、岩場にさえ隠れられれば……そうすれば、起死回生の一手が打てるかもしれないのに……!)
そんなエフェルローンの僅かな視界に映るのは、前線で耐え続けるディーンの傷だらけの背中のみ。
だがその時。
(そうか、ディーンを盾にすれば……)
思ったが早いが、エフェルローンは一気にディーンの背後に駆け込んだ。
そして間を入れず、ディーンの背中に背を向けると、短い古代魔法語を歌うように囁いた。
それは、全ての魔法を無力化する[魔法解除]の魔法——。
すると、魔力の流れを妨害されたアデラが操る岩の塊は、減速と加速を繰り返し制御が効かなくなり始める。
(……占めた。だが、勝負はこれからだ)
エフェルローンは更に自らの魔力を込め、アデラの魔法を少しづつ追い込んでいく。
(アデラは、召喚に多大な魔力を使い切ってるはず。ならば、俺が最悪の手を打たない限り、勝てる――たぶん)
そう自分に言い聞かせ、自らの精神力を無制限に削り、相手の魔力を打ち消していくエフェルローン。
だが、アデラの精神力に合わせて削られていく精神力は、あまりに大きかった。
エフェルローンの脳裏に不安が過ぎる。
(……さすがは大魔術師。長年培った精神力は底なしってか……ちっ、甘く見すぎたかな)
そう皮肉な笑みを浮かべた次の瞬間。
アデラの精神力に対しての精神力の減りが、がくんと弱まった。
それは、エフェルローンの精神力がアデラの精神力を上回った証――。
それに呼応するかのように。
次第に制御を失う岩たちの動きに、エフェルローンは自らの魔術の勝利を確信する。
それから数秒もしない内に、荒れ狂っていた空気は水を打ったように静まり返った。
エフェルローンの[解呪]の勝利である。
(これなら勝てる!)
エフェルローンがそう確信したと同時に。
ディーンも息を吹き返し、不適に笑うとこう言った。
「一気に畳み掛けるぞ!」
そう言って、アデラ目掛けて突撃していくディーン。
そんなディーンの援護に[氷の矢]を乱射するエフェルローン。
そんなエフェルローンに。
魔術戦に敗したアデラは一瞬、なぜか満足そうに微笑んだ。
それはまるで、赤ん坊が立ち上がったことを喜ぶ母親のように。
「…………」
しかし、そんなディーンとエフェルローンの強力な連係攻撃も空しく。
アデラはその攻撃を難なく往なすと、涼し気な笑みを浮かべた。
と、その時。
戦場の真ん中に俯せていたダニーが、何を思ったかよろよろと立ち上がると、魂の抜けた面持ちでその場に立ち尽くした。
そんな、我を忘れたダニーの奇行を前に、エフェルローンの背筋が凍る。
「ダニー、止まるな! 動け!」
そんなエフェルローンの指示も虚しく。
今や動かぬ的と化したダニーに繰り出される、容赦ないアデラの魔法攻撃――。
「う、あ……」
その場で凍り付くダニーの顔から、サッと血の気が引く。
と同時に、アデラの背後で蠢いていた薄青色の光が徐々に複数の矢の形を取り始める。
([氷の矢]か、ならば……)
額に吹き出す汗を感じながら、エフェルローンも負けじと呪文を唱える。
人間には発音の難しい言葉を一字一句間違うこと無く謳い上げていく。
――火よ、炎の源よ。我が声を聞け。その身を盾にして我らを守れ。
だが、アデラの呪文の方が一瞬早く完成する。
必死に喰らい付くエフェルローンに、アデラの瞳が無慈悲に笑った。
(まだだ!)
勢いよく放たれる[氷の矢]。
(まだ終わってない!)
『発動!』
「うくっ!」
歯を食いしばり、ぎゅっと目を瞑るダニー。
「ダニー!」
叫ぶディーン。
アデラの[氷の矢]が勢い良く降り注ぐと同時に。
ダニーの前に立ち塞がるように現れたのは、エフェルローンの[炎の壁]。
それは、アデラの放った[氷の矢]を瞬時にして蒸発させると、シューシューという蒸気と共に、その場から消え去った。
「ふぅ……焦ったぜ、ったく」
ディーンは額の汗を手の甲で軽く拭うと、そう言って剣を構えなおす。
エフェルローンも硬直するダニーの前に体を入れると、アデラをしっかりと捕捉した。
しばし訪れる、膠着状態――。
その間、ようやく正気を取り戻したダニーは、青白い顔を固くこわばらせながらこう言った。
「す、すみません先輩、こんな……」
そう言って顔色を青くしたまま涙ぐむダニーに、エフェルローンは怒鳴って言った。
「詫びは後だ、死にたくなければ集中しろ!」
「は、はい!」
ダニーは手の甲で涙を拭うと、体制を整えアデラに焦点を合わせる。
(さっきの[解呪]と、今の[炎の壁]で精神力を半分以上削っている。長期戦は無理だ。さて、どうする?)
そう自分に問いかけるエフェルローンに。
ディーンが冷静な口調でこう言った。
「お前の魔力もそろそろ限界だろう。アデラの捕縛は諦める。エフェル、悪いが全力で台座を狙ってくれ。魔法陣を破壊し、形勢を一気に逆転させるぞ!」
「……えっ」
思ってもみなかった提案に、エフェルローンは耳を疑った。
アデラ確保を諦めるのは良しとして。
台座を破壊する――それは、魔術の施された台座と一体化している少女の命を犠牲にすることを意味している。
ディーンのその、人道を逸した提案に。
エフェルローンの眉はみるみるつり上がり、その双眸は怒りに燃えた。
「無抵抗な庶民ひとりを犠牲に魔法陣を破壊しろって……お前、どうかしてるんじゃないか? それとも、神にでもなったつもりか、おい」
地を這うような低い声で、エフェルローンはそう皮肉る。
だが、ディーンは顔色ひとつ変えずこう言い放った。
「聞けよ、エフェル。あの少女は[爆弾娘]。二年前、魔力を暴走させ、街ひとつ跡形も無く消し去った[大量無差別殺人]の[容疑者]だ!」
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