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#190 お笑い芸人 鹿児島・ボーンスプレマシー・ジョージ
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『カモメのジョナサン』をもう一度読みたいと思っています。自己紹介の時、鹿児島・ボーンスプレマシー・ジョージが必ずいうセリフだった。
なにやら唐突で場違いな空気を読めない奴的な烙印を押されてしまおうとも構わない。
ジョージは敢えて自己紹介では、カモメのジョナサンを持ち出すことをルーティンにしていた。
まったく意味がなくもないのだろうけれど、どうなのだろう。自分でもよくわからない。どんないきさつでその本を選んだのだったか。
それどころか、どんな話だったのかすら正直もう憶えてはいない。読んで感動したという記憶だけはかすかに心の底に残滓のようにしてある。
だとしたら『醜女の日記』や『赤と黒』或いは『椿姫』でもいいはずなのだ。もしくは『月と6ペンス』でも『車輪の下』あるいは『フェビアの初恋』でもよかったはずなのだ。
そんなジョージは、アシュタンガヨガだか、エアリアルヨガだか、クンダリーニヨガだか、なんだかよくわからないのですが、とにかくヨガの体験レッスンを受けたいと漁師であるはずの彼が、なぜか山からおりて東京に来たことがあった。
ジョージは、大学の先輩のところに暫く厄介になることになっていた。
ちなみに、ジョージはあくまでも山に住む漁師であり猟師ではない。彼は川や湖沼で魚をとって生活していた。
まあ、お金持ちの漁師なんて大間のカツオ一本釣り漁師くらいなもので、それも最近はカツオがいなくて大変らしいけれど、ジョージも食べていくのが精一杯のカツカツの生活を送っていた。
彼は漁師の一方で釣り船屋の手伝いもしていたが、例のパンデミック以来、客足が遠のいたまま戻らないため、一念発起して漁師をやめて東京でなんとか一旗揚げようと考えたらしい。
ところでなぜまた、ヨガの体験レッスンをやりたいのかと先輩が聞いてみると、特にヨガをやりたいわけではないとジョージは答えた。
「実は、特段ヨガに興味があるわけじゃないんですよね、漫才とかコントのネタのために少し体験してみたくて」
「それは、つまり?」
「そう。お笑い芸人になるために東京にやってきたんですよ」
「マジかよ?」
「マジです、自分絶対お笑いのセンスあるし、やるっきゃないかなって」
「ほな、NSCだっけ? KGB? そういうとこ入るつもりなんや」
「いや、そういう誰もが考えるような当たり前なのはいやなんで、自分は劇団に入って勉強したいと思うんですよ」
「はい? おまえ、お笑い芸人目指してんでしょ? なぜまた演劇なん?」
「いや、これ言っちゃうと嫌な奴って思われちゃうかもだけど、やっぱり凡人が考えてるようなフツウなことやっててもダメって常に思ってるんですよね」
「あ、つまりそれは、自分は天才だから?」
「あ、さすがにそれは思ってても言えませんけれど」
「はいはい、で、一発東京で当ててそれを見事に証明してやろうってことやんな」
「まぁ、そんな感じですかね」
「ほな聞くけど、キミから見てどうなんやろ、TVに出てる芸人さんとか」
「まぁ、ぶっちゃけ、あんまり面白くないかな」
「ははは、そうなんや、おもんないってか、でも、誰か好きな人おるんちゃうの」
「そうだな、強いて言えばデッカチャンとか?」
「自分、それなかなか渋い趣味やな」
「いや、実は芸人さんよりもミュージシャンとか映画監督の方が好きで」
「ほう、わけわからん。ちなみに誰がすきやねん」
「そうですね、監督なら川島雄三ですかね、幕末太陽伝なんか最高ですよ」
「知らんなぁ、誰それ? で、ミュージシャンは?」
「いっぱいいますけど、ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズ知ってますか?」
「知らんがな。で、結局なにがやりたいねん」
「だから、お笑いですよ」
そんなわけで、ジョージはお笑いの養成所とかには見向きもせず、黒木プロみたいな役者志望の集まるタレント事務所の面接を受けに行ったのだった。
面接には、スーツ、ネクタイ着用の縛りがあり、ジョージは以前、六本木のとある店でドレスコードにひっかかり入店を断られたことを思い出した。
その面接では、志望の動機とかお決まりのことを聞かれるのかと思いきや、いきなり、エチュードをやらされた。
喫茶店の店員と客を交互に演じろと命じられ、台詞はアドリブで好きなようにやってください、そう言われたのだった。
ジョージは、とりあえずエチュードがあるかもしれないと予想はしていたのだが、少なくとも簡単な台詞が用意されているのではないかと、たかを括っていた。
にもかかわらず、すべてアドリブだという、先ずはジョージがお客の設定でエチュードは始まった。
カウンターの向こうに店員。
客「マスター、冷コーひとつ。あーぁ、外回りきっついわぁ、しっかし、暑さ寒さも彼岸までゆーけど、ほんまに律儀なもんやな、キッチリ涼しなってきたわ」
「そんなことより、お客さん、冷コーってよう知ってはりますな」
「せやねん、わし死語をわざわざ使うの好きやねん」
「ほう、お客さん、周りから嫌われてますやろ?」
「ははは、マスターきっついわぁ、ホンマのこと言わんといてや」
アイスコーヒーが出てくる。
ガムシロを入れながら、「な、マスター、確かここらへんにストリップ小屋ある聞いてんけど」
「あー、それも死語ですやん、今はそんな小屋ありませんよ、劇場ね、劇場」
「そうなんや、で、それどこ?」
「残念やな、半年前に潰れましたわ」
「それホンマ?」
「ウソついてどないしまんねん、なかなか盛況だったんやけど、若い踊り子さんがいっぺんに引き抜かれ、五十路や還暦の婆さんばかりになってもうてね、惜しまれながら閉店しましたわ」
「ふーん、そうなんや、残念やなぁ、ストリップ観て暑気払いしよ思っててん」
「ほな、お客さん、いい店ありますよ」
「闇ポーカーとかカジノやないやろね」
「ちゃいまんがな、エンカウタゆう屋号の店なんやけど、そこにええこがぎょうさんおるんですわ」
「キャバクラ?」
「ま、表向きはキャバクラなんやけど、色んなサービスありますよって、なんならボックス席で本番okなんですわ」
「は! 本番! それはスルーできない情報ですね、しかし、自分、たとえ非モテ男子と世界から蔑まされバカにされようとも、決して童貞を捨てるつもりはありませんから!」
「ハーイ、カットォォォ」
面接官のひとりであるディレクターにより、エチュードはそこで中断された。
なにやら唐突で場違いな空気を読めない奴的な烙印を押されてしまおうとも構わない。
ジョージは敢えて自己紹介では、カモメのジョナサンを持ち出すことをルーティンにしていた。
まったく意味がなくもないのだろうけれど、どうなのだろう。自分でもよくわからない。どんないきさつでその本を選んだのだったか。
それどころか、どんな話だったのかすら正直もう憶えてはいない。読んで感動したという記憶だけはかすかに心の底に残滓のようにしてある。
だとしたら『醜女の日記』や『赤と黒』或いは『椿姫』でもいいはずなのだ。もしくは『月と6ペンス』でも『車輪の下』あるいは『フェビアの初恋』でもよかったはずなのだ。
そんなジョージは、アシュタンガヨガだか、エアリアルヨガだか、クンダリーニヨガだか、なんだかよくわからないのですが、とにかくヨガの体験レッスンを受けたいと漁師であるはずの彼が、なぜか山からおりて東京に来たことがあった。
ジョージは、大学の先輩のところに暫く厄介になることになっていた。
ちなみに、ジョージはあくまでも山に住む漁師であり猟師ではない。彼は川や湖沼で魚をとって生活していた。
まあ、お金持ちの漁師なんて大間のカツオ一本釣り漁師くらいなもので、それも最近はカツオがいなくて大変らしいけれど、ジョージも食べていくのが精一杯のカツカツの生活を送っていた。
彼は漁師の一方で釣り船屋の手伝いもしていたが、例のパンデミック以来、客足が遠のいたまま戻らないため、一念発起して漁師をやめて東京でなんとか一旗揚げようと考えたらしい。
ところでなぜまた、ヨガの体験レッスンをやりたいのかと先輩が聞いてみると、特にヨガをやりたいわけではないとジョージは答えた。
「実は、特段ヨガに興味があるわけじゃないんですよね、漫才とかコントのネタのために少し体験してみたくて」
「それは、つまり?」
「そう。お笑い芸人になるために東京にやってきたんですよ」
「マジかよ?」
「マジです、自分絶対お笑いのセンスあるし、やるっきゃないかなって」
「ほな、NSCだっけ? KGB? そういうとこ入るつもりなんや」
「いや、そういう誰もが考えるような当たり前なのはいやなんで、自分は劇団に入って勉強したいと思うんですよ」
「はい? おまえ、お笑い芸人目指してんでしょ? なぜまた演劇なん?」
「いや、これ言っちゃうと嫌な奴って思われちゃうかもだけど、やっぱり凡人が考えてるようなフツウなことやっててもダメって常に思ってるんですよね」
「あ、つまりそれは、自分は天才だから?」
「あ、さすがにそれは思ってても言えませんけれど」
「はいはい、で、一発東京で当ててそれを見事に証明してやろうってことやんな」
「まぁ、そんな感じですかね」
「ほな聞くけど、キミから見てどうなんやろ、TVに出てる芸人さんとか」
「まぁ、ぶっちゃけ、あんまり面白くないかな」
「ははは、そうなんや、おもんないってか、でも、誰か好きな人おるんちゃうの」
「そうだな、強いて言えばデッカチャンとか?」
「自分、それなかなか渋い趣味やな」
「いや、実は芸人さんよりもミュージシャンとか映画監督の方が好きで」
「ほう、わけわからん。ちなみに誰がすきやねん」
「そうですね、監督なら川島雄三ですかね、幕末太陽伝なんか最高ですよ」
「知らんなぁ、誰それ? で、ミュージシャンは?」
「いっぱいいますけど、ジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズ知ってますか?」
「知らんがな。で、結局なにがやりたいねん」
「だから、お笑いですよ」
そんなわけで、ジョージはお笑いの養成所とかには見向きもせず、黒木プロみたいな役者志望の集まるタレント事務所の面接を受けに行ったのだった。
面接には、スーツ、ネクタイ着用の縛りがあり、ジョージは以前、六本木のとある店でドレスコードにひっかかり入店を断られたことを思い出した。
その面接では、志望の動機とかお決まりのことを聞かれるのかと思いきや、いきなり、エチュードをやらされた。
喫茶店の店員と客を交互に演じろと命じられ、台詞はアドリブで好きなようにやってください、そう言われたのだった。
ジョージは、とりあえずエチュードがあるかもしれないと予想はしていたのだが、少なくとも簡単な台詞が用意されているのではないかと、たかを括っていた。
にもかかわらず、すべてアドリブだという、先ずはジョージがお客の設定でエチュードは始まった。
カウンターの向こうに店員。
客「マスター、冷コーひとつ。あーぁ、外回りきっついわぁ、しっかし、暑さ寒さも彼岸までゆーけど、ほんまに律儀なもんやな、キッチリ涼しなってきたわ」
「そんなことより、お客さん、冷コーってよう知ってはりますな」
「せやねん、わし死語をわざわざ使うの好きやねん」
「ほう、お客さん、周りから嫌われてますやろ?」
「ははは、マスターきっついわぁ、ホンマのこと言わんといてや」
アイスコーヒーが出てくる。
ガムシロを入れながら、「な、マスター、確かここらへんにストリップ小屋ある聞いてんけど」
「あー、それも死語ですやん、今はそんな小屋ありませんよ、劇場ね、劇場」
「そうなんや、で、それどこ?」
「残念やな、半年前に潰れましたわ」
「それホンマ?」
「ウソついてどないしまんねん、なかなか盛況だったんやけど、若い踊り子さんがいっぺんに引き抜かれ、五十路や還暦の婆さんばかりになってもうてね、惜しまれながら閉店しましたわ」
「ふーん、そうなんや、残念やなぁ、ストリップ観て暑気払いしよ思っててん」
「ほな、お客さん、いい店ありますよ」
「闇ポーカーとかカジノやないやろね」
「ちゃいまんがな、エンカウタゆう屋号の店なんやけど、そこにええこがぎょうさんおるんですわ」
「キャバクラ?」
「ま、表向きはキャバクラなんやけど、色んなサービスありますよって、なんならボックス席で本番okなんですわ」
「は! 本番! それはスルーできない情報ですね、しかし、自分、たとえ非モテ男子と世界から蔑まされバカにされようとも、決して童貞を捨てるつもりはありませんから!」
「ハーイ、カットォォォ」
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