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#184 涅槃デマツ++
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加賀錦鯉文左衛門アキラは、カート・コバーン率いるニルヴァーナが死ぬほど好きだった
アキラは容姿も普通であり、特に何か人よりも秀でたものもなく、ごくごく普通の、いわゆるモブキャラだった
ただしかし、カート・コバーン信者である彼は、やがて必然的に27clubの存在を知ることになり、それに触発されることによって、それからの人生が大きく変わってしまうような大それたことを考えることになる
アキラの取るに足らないような人生を劇的に変えてくれたカート・コバーン
彼の歌と演奏を聴いている時だけは、アキラは自分を肯定でき、ちからが漲って何でも出来るような万能感に打ち震えた
眼前に立ちはだかる黒々とした拒絶の壁も、水底に沈んだような冷たい虚無感も鋭利な刃物のような差別も消え去って、世界がキラキラと輝いて見えた
だからアキラは、四六時中イヤホンでニルヴァーナを聴いていた
脳内が沸騰し蕩け出そうな、酷暑でも、耳や指先が千切れそうな厳寒な冬でも、そんな辛さが半減するほどの高揚感にアキラは包まれた
その、アキラがやろうと密かに考えていたことは、カート・コバーンみたいに27歳で自死しようということだった
彼自身にしては、すごくシャープな思い付きだと自分を褒めたくなった
どんなやり方でもいいので、やり方はとりあえず後で考えることにして、先ず日にちは、自分の誕生日で決まりであり、後はミステリを書くように、その日から逆算していろんな事を決めていこうと思った
そんなアキラは、通勤で都内から神奈川の鶴見区の端の方まで通っていたが、その仕事がイヤでイヤで仕方なかった
職場は、瀬能美くんというかなり大柄な男子と、ナミちゃんとミキちゃんという若い女子ふたり、そして上司がひとりのそんな感じのブルーカラーの部署で働いていた
ちなみに瀬能美くんは、まったくアキラなんかの知らない地下アイドルを待受にしていて、その携帯の画面をたまたま見たアキラが、誰なの? と訊くと瀬能美くんはいままで見たことがないような、満面の笑みを浮かべて、その地下アイドルの名前を教えてくれたのだった
アキラは、愛はほんとうに人を幸せにするんだなと瀬能美くんの会心の笑みを見て思った
それから、アキラは瀬能美くんに対して親近感を覚えて、いいやつだなと思った
そんな仕事の現場は、真夏でも窓は開けっ放しであり、クーラーなどという冷房設備は一切ない、ただただだだっ広いだけの天井の低いフロアで、いつ終わるとも知れない作業を絶望しながらもひとつひとつ、こなしていくしかなかった
窓の外は、すぐ川であり、真夏も確かに倒れそうなほど危険な暑さにはなったが、川面を渡ってくる風は気持ちよかった
実は夏よりも極寒の厳しい真冬こそが、恐ろしい現場だと、アキラは冬になってからわかったのだった
ある日のこと、いつものように仕事が始まったが、その日は、ちょっと違っていて、ミキちゃんというコが突然泣きだしてしまった
いったい誰が泣かしたんだろう?
アキラは、呆気にとられるとともに、向っ腹が立った
それは、女子ふたりのうちの大人しい方の美人、ミキちゃんだったが、彼女はなぜか朝礼の後、泣き出してその場に座り込んでしまったのだった
そして、翌日になってからなぜか、もうひとりの女子であるナミちゃんが、ミキからと言ってアキラに手紙をくれたのけれども、それはアキラにはおよそ理解不可能な全然意味がわからない内容だった
なぜまた、アキラに宛てた手紙をミキちゃんは書いたのか、確かにアキラ宛てなのだから、何かをアキラに伝えたかったのだろうが、
手紙はわけのわからない短い文章にすぎなかった
『急に泣き出してしまって、ほんとうにごめんなさい』
そう手紙には記されてあった
あの涙がまさか自分のためだなんて思うほどアキラは自惚れも強くないし、おめでたくもないけれど、ほんとうにどういうことなのか、まったくわからなかった
なぜまた、ミキちゃんはオレに謝るのだろうか? アキラは仕事が手につかないほどだった
それから、ほどなくして彼女たちはふたりとも仕事に来なくなり、数日後に仕事を辞めたと聞かされた
あのときのミキちゃんが流した涙のほんとうの意味はなんだったのだろうと、アキラはずっと不思議でならなかった
それから1週間ほど経った頃、ミキちゃんは、実は未婚のママであることをアキラは知った
たぶんミキちゃんは、まだ10代のはずだったけれど、一児の母親だったのだ
そして、27歳のアキラの誕生日は、遅くもなく、また早くもなく、しかし着実に近づいてきていた
カート・コバーンは遺書を遺したのかどうか、よくは知らないが、アキラは書いた方がいいのかなと思っていた
そしてそこには、ミステリによくあるような、摩訶不思議なダイイングメッセージみたく、常人には理解不能な謎を提示するのだ
その後、お相撲さんみたいな大きな身体の瀬能美くんも辞めてしまい、職場はほんとうにさみしくなった
こういう現場は、連絡もなく不意に辞めてしまう事例は、珍しくもない
アキラも春を待たずに辞めようと思っていたが、ある日、最寄りの駅の改札で、あのナミちゃんとばったり会った
それ以来、直接会うことはなかったけれど、なんだかんだ関係は途切れることなく続いていた
そしてある時、ナミちゃんが妊娠したことをアキラは告げられた
アキラの子だという
実は再会したあの晩に、酔った勢いで、ナミちゃんを抱いてしまったのだった
アキラは、妊娠の告知を聞いてアタマが真っ白になったが、実のところ何かずっと引っかかるものがあった
あの時、お互い酔っていたことは確かだけれど、ナミちゃんは抱かれることを虎視眈々と狙っていたのではないだろうか
アキラは、そんな気がして仕方ないのだった、酔った勢いでというキッカケは、キッカケなどではなく、それを口実にしてナミちゃんは、抱かれる算段をしていたのではないか
すべてナミちゃんの予定通りに物事は進み、見事に妊娠したというわけだ
そんなアキラの憶測を間違いないと肯定してくれたのは、ミキちゃんだった
妊娠を知らされた後で、アキラは、どうしようかと懊悩していたが、ミキちゃんからインスタにDMが来たのだった
アキラは本名でインスタをやっていて、以前からミキちゃんはアキラのインスタを見ていたらしい
そこで、とりあえず会おうということになり、ミキちゃんのあの時の突然の涙のわけや、手紙の真意をアキラははじめて知った
そのミキちゃんの言動の理由を知っているナミちゃんは、ミキちゃんを妬んで、今回の作戦を企てたのだろうとミキちゃんはいった
だから、妊娠して彼女はほくそ笑んでいるはずと言うのだった
つまり、平たく言うならば自分よりも綺麗なミキちゃんという存在を否定したくて、マウントを取りにきたというわけであり、アキラはうまく利用されたのだ
そのことに気づいたアキラは、どうしたものかと悩みに悩んだ
ナミちゃんは、既に堕胎が許さないタイミングで妊娠を告げてきたのだろうし、とにかく責任を取れと、つまり結婚を迫ってくるのはミエミエだった
ぶっちゃけ、もうどうにでもなれ、というのがアキラの正直な気持ちだった、どうせ次の誕生日が来れば、寝逃げならぬ、死に逃げ出来るのだ
そう思っていた
◽️◇◻︎◆▫︎◽︎◎◁
しかし結局、アキラは27歳の誕生日に死ななかった
ミキちゃんと、あれから頻繁に会うようになり、さほど時間をかけずに深い関係をもった
アキラは、自分では気づいてはいなかったが、ずっとミキちゃんのことが好きだったらしい
それから、しばらくしてミキちゃんも妊娠した
生きていると、いろいろあるみたいだった
やがて、アキラの27回目の誕生日が来たが、予定通りにアキラは自死出来なくなってしまった
いや、to be or not to be
生きるべきか、死すべきか悩みに悩んだ
事ここに至って、アキラが気づいたことは、自死するつもりでいた自分が無意識のうちに死を回避するための行動を取っていたということだった
アキラは、まるでスケコマシみたいに、ふたりの女性を次々にたらしこみ、妊娠させてしまった
その行動は、女好きの遊び人としか思われないが、普段のアキラは、けっしてそんな自堕落で放蕩な人物ではなかった
しかし、今回アキラはまるで名うてのプレイボーイのように女性を思うまま操って、我が物にしてしまった
実のところそれは、無意識に自己防衛反応として反射的に取った行動ではないだろうか
◎これから我が子がふたりも生まれてくる→親となる
◎結婚をどうするのか→男としてどう責任を取るのか
このことが、楔《くさび》となってアキラを彼岸へと旅立たせないようにガッチリと羽交締めしているのだった、あるいは、リアネイキッドチョークか?
なので、アキラのいつもの思考や行動のパターンにはない、女たらしやら色事師、ドンファン、好きもの、色基地外、エロオヤジ、好色家的な、女性を巧みな話術でたらし込む手練手管を繰り出したのは、明らかにアキラが反射的に取った自己防衛反応だと思うのだったった
逆に言えば、アキラの自死するという決意は、軽口や冗談ではなく本気だったことがわかるが、この現実を前にして、とにかく、ひとつひとつ難問を解決していくほかはない
先ず、結婚するのならばミキちゃん以外に考えられないけれど、実際問題まだまだ結婚なんてしたくないというのがアキラの本音だった
しかし、今はとりあえず結婚は置いといて、目前の焦眉であるナミとのことはどうするか、である
選択肢としては、無責任にすべてを放擲して、アジアにでもトンズラする、フィリピンとかに行って現地妻を娶り、外こもりする
というか、いったん逃避行を実行したなら愛する祖国日本に戻りたくなったとしても、旅費が工面出来ずに見知らぬ地に死ぬまで留まるほかないのだ
その逃避行でいうならば、駆け落ちという手もある、とアキラは思った
いや、しかしロミオとジュリエットみたいに親が敵対し合っているわけでもないのだから、駆け落ちする意味がわからない
ただアキラは、なんとなく駆け落ちという言葉の響きに萌えているだけに過ぎなかった
あと考えられることは、某作家先生の小説のように、ふたりの女性を同時に愛してしまった哀しい運命をケジメとして自死によって終わらせるか
このケースでは世間様から叩かれることは、最小限に抑えられる
不倫を許さない世間様は、溜飲を下げるというか、ある程度は納得するわけだが、当事者は誰も幸せにならないのだった
SNSは、これ見よがしに好きなだけ叩きに叩きまくるが、ほんとうに困った事態に陥ってしまった時、SNSは黙ってしまう
何らかの事件やスキャンダルが起こると、正義を翳して、あるいはたんにヒマで、面白半分にただ呟いているだけなのだから、SNSは、誹謗中傷する人のための最高のツールとなっている
あたりまえの話だが、道具はすべて使う人間次第だ
なんの話なのかわからなくなってきたが、とにかく問題は自分で解決するのは当然のことであり、自分の幸せも自分で掴み取るほかはない
だからといって、あまりにも社会の規範やら一般的な常識、通念からかけ離れた言動は慎まなければならない
これ以上ない最悪のパターンとしては、三人で心中する、まあ、無理心中というやつだろうか
アキラは、すべてがウソであったならどれだけいいだろうと思った、或いは夢であったならと
『世界は、私の表象である』とショーペン・ハウアーは言ったが、
自分が地獄ならば世界は地獄そのものに見えるだろう
アキラは、誰も幸せにしない最低のシチュエーションを知ることで、何を指針、若しくは目標にしたらいいのかが、見えてきたような気がした
それは、誹謗中傷のツールに成り下がったSNSではまずないだろうし、時代の傾向や風潮が現われた世相でもないだろう
要は、何が幸せなのか、だろう
三人が一緒に幸せになれる方法
むろん、世間様に迷惑をかけてはいけない
ただ、世間様は三人を幸せにはしてくれないことは明白だった
しかし、よくよく考えてみたならば、本能的に自己防衛心が働き、性急に子づくりをしたということは、もうアキラ自身は端的にいうならば用無しなのだった
つまり、子孫は残したのだ
アキラはそれがわかるとストンとなにか肩から荷が降りた気がした
◽️◇◻︎◆▫︎◽︎◎◁
愛するふたりの女性、ナミとミキの赤ちゃんは、東京が連日40℃という厳しい酷暑に見舞われた真夏にそれぞれ生まれた
ナミは女の子で、マリア
ミキは男の子で、ルカと名付けられた
アキラは、産院でふたりの子どもたちの愛らしい顔に対面し、もみじのような手を握ると、感極まってはらはらと静かに泣いた
それからしばらくして、アキラは夏の終わりに風邪をこじらせ、ほんとうに呆気なく、逝ってしまった
烈日の夏を乗り越え、金木犀が香る美しい季節になって、ホッと安堵の溜め息を漏らすように、アキラは旅立っていった
アキラは容姿も普通であり、特に何か人よりも秀でたものもなく、ごくごく普通の、いわゆるモブキャラだった
ただしかし、カート・コバーン信者である彼は、やがて必然的に27clubの存在を知ることになり、それに触発されることによって、それからの人生が大きく変わってしまうような大それたことを考えることになる
アキラの取るに足らないような人生を劇的に変えてくれたカート・コバーン
彼の歌と演奏を聴いている時だけは、アキラは自分を肯定でき、ちからが漲って何でも出来るような万能感に打ち震えた
眼前に立ちはだかる黒々とした拒絶の壁も、水底に沈んだような冷たい虚無感も鋭利な刃物のような差別も消え去って、世界がキラキラと輝いて見えた
だからアキラは、四六時中イヤホンでニルヴァーナを聴いていた
脳内が沸騰し蕩け出そうな、酷暑でも、耳や指先が千切れそうな厳寒な冬でも、そんな辛さが半減するほどの高揚感にアキラは包まれた
その、アキラがやろうと密かに考えていたことは、カート・コバーンみたいに27歳で自死しようということだった
彼自身にしては、すごくシャープな思い付きだと自分を褒めたくなった
どんなやり方でもいいので、やり方はとりあえず後で考えることにして、先ず日にちは、自分の誕生日で決まりであり、後はミステリを書くように、その日から逆算していろんな事を決めていこうと思った
そんなアキラは、通勤で都内から神奈川の鶴見区の端の方まで通っていたが、その仕事がイヤでイヤで仕方なかった
職場は、瀬能美くんというかなり大柄な男子と、ナミちゃんとミキちゃんという若い女子ふたり、そして上司がひとりのそんな感じのブルーカラーの部署で働いていた
ちなみに瀬能美くんは、まったくアキラなんかの知らない地下アイドルを待受にしていて、その携帯の画面をたまたま見たアキラが、誰なの? と訊くと瀬能美くんはいままで見たことがないような、満面の笑みを浮かべて、その地下アイドルの名前を教えてくれたのだった
アキラは、愛はほんとうに人を幸せにするんだなと瀬能美くんの会心の笑みを見て思った
それから、アキラは瀬能美くんに対して親近感を覚えて、いいやつだなと思った
そんな仕事の現場は、真夏でも窓は開けっ放しであり、クーラーなどという冷房設備は一切ない、ただただだだっ広いだけの天井の低いフロアで、いつ終わるとも知れない作業を絶望しながらもひとつひとつ、こなしていくしかなかった
窓の外は、すぐ川であり、真夏も確かに倒れそうなほど危険な暑さにはなったが、川面を渡ってくる風は気持ちよかった
実は夏よりも極寒の厳しい真冬こそが、恐ろしい現場だと、アキラは冬になってからわかったのだった
ある日のこと、いつものように仕事が始まったが、その日は、ちょっと違っていて、ミキちゃんというコが突然泣きだしてしまった
いったい誰が泣かしたんだろう?
アキラは、呆気にとられるとともに、向っ腹が立った
それは、女子ふたりのうちの大人しい方の美人、ミキちゃんだったが、彼女はなぜか朝礼の後、泣き出してその場に座り込んでしまったのだった
そして、翌日になってからなぜか、もうひとりの女子であるナミちゃんが、ミキからと言ってアキラに手紙をくれたのけれども、それはアキラにはおよそ理解不可能な全然意味がわからない内容だった
なぜまた、アキラに宛てた手紙をミキちゃんは書いたのか、確かにアキラ宛てなのだから、何かをアキラに伝えたかったのだろうが、
手紙はわけのわからない短い文章にすぎなかった
『急に泣き出してしまって、ほんとうにごめんなさい』
そう手紙には記されてあった
あの涙がまさか自分のためだなんて思うほどアキラは自惚れも強くないし、おめでたくもないけれど、ほんとうにどういうことなのか、まったくわからなかった
なぜまた、ミキちゃんはオレに謝るのだろうか? アキラは仕事が手につかないほどだった
それから、ほどなくして彼女たちはふたりとも仕事に来なくなり、数日後に仕事を辞めたと聞かされた
あのときのミキちゃんが流した涙のほんとうの意味はなんだったのだろうと、アキラはずっと不思議でならなかった
それから1週間ほど経った頃、ミキちゃんは、実は未婚のママであることをアキラは知った
たぶんミキちゃんは、まだ10代のはずだったけれど、一児の母親だったのだ
そして、27歳のアキラの誕生日は、遅くもなく、また早くもなく、しかし着実に近づいてきていた
カート・コバーンは遺書を遺したのかどうか、よくは知らないが、アキラは書いた方がいいのかなと思っていた
そしてそこには、ミステリによくあるような、摩訶不思議なダイイングメッセージみたく、常人には理解不能な謎を提示するのだ
その後、お相撲さんみたいな大きな身体の瀬能美くんも辞めてしまい、職場はほんとうにさみしくなった
こういう現場は、連絡もなく不意に辞めてしまう事例は、珍しくもない
アキラも春を待たずに辞めようと思っていたが、ある日、最寄りの駅の改札で、あのナミちゃんとばったり会った
それ以来、直接会うことはなかったけれど、なんだかんだ関係は途切れることなく続いていた
そしてある時、ナミちゃんが妊娠したことをアキラは告げられた
アキラの子だという
実は再会したあの晩に、酔った勢いで、ナミちゃんを抱いてしまったのだった
アキラは、妊娠の告知を聞いてアタマが真っ白になったが、実のところ何かずっと引っかかるものがあった
あの時、お互い酔っていたことは確かだけれど、ナミちゃんは抱かれることを虎視眈々と狙っていたのではないだろうか
アキラは、そんな気がして仕方ないのだった、酔った勢いでというキッカケは、キッカケなどではなく、それを口実にしてナミちゃんは、抱かれる算段をしていたのではないか
すべてナミちゃんの予定通りに物事は進み、見事に妊娠したというわけだ
そんなアキラの憶測を間違いないと肯定してくれたのは、ミキちゃんだった
妊娠を知らされた後で、アキラは、どうしようかと懊悩していたが、ミキちゃんからインスタにDMが来たのだった
アキラは本名でインスタをやっていて、以前からミキちゃんはアキラのインスタを見ていたらしい
そこで、とりあえず会おうということになり、ミキちゃんのあの時の突然の涙のわけや、手紙の真意をアキラははじめて知った
そのミキちゃんの言動の理由を知っているナミちゃんは、ミキちゃんを妬んで、今回の作戦を企てたのだろうとミキちゃんはいった
だから、妊娠して彼女はほくそ笑んでいるはずと言うのだった
つまり、平たく言うならば自分よりも綺麗なミキちゃんという存在を否定したくて、マウントを取りにきたというわけであり、アキラはうまく利用されたのだ
そのことに気づいたアキラは、どうしたものかと悩みに悩んだ
ナミちゃんは、既に堕胎が許さないタイミングで妊娠を告げてきたのだろうし、とにかく責任を取れと、つまり結婚を迫ってくるのはミエミエだった
ぶっちゃけ、もうどうにでもなれ、というのがアキラの正直な気持ちだった、どうせ次の誕生日が来れば、寝逃げならぬ、死に逃げ出来るのだ
そう思っていた
◽️◇◻︎◆▫︎◽︎◎◁
しかし結局、アキラは27歳の誕生日に死ななかった
ミキちゃんと、あれから頻繁に会うようになり、さほど時間をかけずに深い関係をもった
アキラは、自分では気づいてはいなかったが、ずっとミキちゃんのことが好きだったらしい
それから、しばらくしてミキちゃんも妊娠した
生きていると、いろいろあるみたいだった
やがて、アキラの27回目の誕生日が来たが、予定通りにアキラは自死出来なくなってしまった
いや、to be or not to be
生きるべきか、死すべきか悩みに悩んだ
事ここに至って、アキラが気づいたことは、自死するつもりでいた自分が無意識のうちに死を回避するための行動を取っていたということだった
アキラは、まるでスケコマシみたいに、ふたりの女性を次々にたらしこみ、妊娠させてしまった
その行動は、女好きの遊び人としか思われないが、普段のアキラは、けっしてそんな自堕落で放蕩な人物ではなかった
しかし、今回アキラはまるで名うてのプレイボーイのように女性を思うまま操って、我が物にしてしまった
実のところそれは、無意識に自己防衛反応として反射的に取った行動ではないだろうか
◎これから我が子がふたりも生まれてくる→親となる
◎結婚をどうするのか→男としてどう責任を取るのか
このことが、楔《くさび》となってアキラを彼岸へと旅立たせないようにガッチリと羽交締めしているのだった、あるいは、リアネイキッドチョークか?
なので、アキラのいつもの思考や行動のパターンにはない、女たらしやら色事師、ドンファン、好きもの、色基地外、エロオヤジ、好色家的な、女性を巧みな話術でたらし込む手練手管を繰り出したのは、明らかにアキラが反射的に取った自己防衛反応だと思うのだったった
逆に言えば、アキラの自死するという決意は、軽口や冗談ではなく本気だったことがわかるが、この現実を前にして、とにかく、ひとつひとつ難問を解決していくほかはない
先ず、結婚するのならばミキちゃん以外に考えられないけれど、実際問題まだまだ結婚なんてしたくないというのがアキラの本音だった
しかし、今はとりあえず結婚は置いといて、目前の焦眉であるナミとのことはどうするか、である
選択肢としては、無責任にすべてを放擲して、アジアにでもトンズラする、フィリピンとかに行って現地妻を娶り、外こもりする
というか、いったん逃避行を実行したなら愛する祖国日本に戻りたくなったとしても、旅費が工面出来ずに見知らぬ地に死ぬまで留まるほかないのだ
その逃避行でいうならば、駆け落ちという手もある、とアキラは思った
いや、しかしロミオとジュリエットみたいに親が敵対し合っているわけでもないのだから、駆け落ちする意味がわからない
ただアキラは、なんとなく駆け落ちという言葉の響きに萌えているだけに過ぎなかった
あと考えられることは、某作家先生の小説のように、ふたりの女性を同時に愛してしまった哀しい運命をケジメとして自死によって終わらせるか
このケースでは世間様から叩かれることは、最小限に抑えられる
不倫を許さない世間様は、溜飲を下げるというか、ある程度は納得するわけだが、当事者は誰も幸せにならないのだった
SNSは、これ見よがしに好きなだけ叩きに叩きまくるが、ほんとうに困った事態に陥ってしまった時、SNSは黙ってしまう
何らかの事件やスキャンダルが起こると、正義を翳して、あるいはたんにヒマで、面白半分にただ呟いているだけなのだから、SNSは、誹謗中傷する人のための最高のツールとなっている
あたりまえの話だが、道具はすべて使う人間次第だ
なんの話なのかわからなくなってきたが、とにかく問題は自分で解決するのは当然のことであり、自分の幸せも自分で掴み取るほかはない
だからといって、あまりにも社会の規範やら一般的な常識、通念からかけ離れた言動は慎まなければならない
これ以上ない最悪のパターンとしては、三人で心中する、まあ、無理心中というやつだろうか
アキラは、すべてがウソであったならどれだけいいだろうと思った、或いは夢であったならと
『世界は、私の表象である』とショーペン・ハウアーは言ったが、
自分が地獄ならば世界は地獄そのものに見えるだろう
アキラは、誰も幸せにしない最低のシチュエーションを知ることで、何を指針、若しくは目標にしたらいいのかが、見えてきたような気がした
それは、誹謗中傷のツールに成り下がったSNSではまずないだろうし、時代の傾向や風潮が現われた世相でもないだろう
要は、何が幸せなのか、だろう
三人が一緒に幸せになれる方法
むろん、世間様に迷惑をかけてはいけない
ただ、世間様は三人を幸せにはしてくれないことは明白だった
しかし、よくよく考えてみたならば、本能的に自己防衛心が働き、性急に子づくりをしたということは、もうアキラ自身は端的にいうならば用無しなのだった
つまり、子孫は残したのだ
アキラはそれがわかるとストンとなにか肩から荷が降りた気がした
◽️◇◻︎◆▫︎◽︎◎◁
愛するふたりの女性、ナミとミキの赤ちゃんは、東京が連日40℃という厳しい酷暑に見舞われた真夏にそれぞれ生まれた
ナミは女の子で、マリア
ミキは男の子で、ルカと名付けられた
アキラは、産院でふたりの子どもたちの愛らしい顔に対面し、もみじのような手を握ると、感極まってはらはらと静かに泣いた
それからしばらくして、アキラは夏の終わりに風邪をこじらせ、ほんとうに呆気なく、逝ってしまった
烈日の夏を乗り越え、金木犀が香る美しい季節になって、ホッと安堵の溜め息を漏らすように、アキラは旅立っていった
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