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#182 マリア天ぷら寿司櫃まぶし
しおりを挟むオレはメンバーのみんなにタカハシPとか、たんにタカピーと呼ばれている。
親しみを込めてなのか、バカにされてなのかはよくわからない。
*
『カヲルが目の前で炎に包まれていた』
カヲルというのは、いま咄嗟につけた名前だった。
網の上でカヲルは、いままさに美味しそうな匂いと煙をあげながら、炎に包まれていた。
焼肉の上カルビだ。
もしかしたら、ジュージューと焼かれながらカヲルは、声なき声の断末魔の悲鳴をあげていたのかもしれない。
ただ、それが悲しいかな常人には聞こえないのだ。
そんなアホな妄想をしながら、眼前で気持ちいいくらいの勢いで焼肉をガンガン食べまくっている、現役アイドルにオレは目を細めた。
地下アイドルをプロデュースしたくて、やってはみたものの、うまくはいかなかった。
オリジナルの楽曲は、どこにも負けないという自負があったが、売れなきゃまったく意味はなかった。
アレアやアール・ゾイ、アトール、PFM、セバスチャン・ハーディ、エルドン、アネクドテン、ヘンリーカウ、グレン・ブランカ、美狂乱、四人囃子なんかを好きなオレの作る楽曲は、まあ、いわゆるプログレだった。
それでも、ファンもそこそこ付きはじめ、活動も軌道に乗ったかと思われた頃、ソイツは現場に現われた。
ソイツは、ただのどこにでもいるリーマンだったし、いつも壁際でねっとりとした視線を推しに送っているくらいで、特に目立った存在ではなかった。
だが、彼が現場に現れた頃から、カヲルは、おかしくなっていった。
歌詞が、部分部分トビはじめ、メロディも忘れてしまうということが起きはじめた。
普段のメンバーとの会話も、成り立たなくなりはじめ、不意に泣き出したり、激昂したりと情緒不安定となり、奇矯な言動が目立ちはじめた。
そして案の定、彼女は仕事をドタキャンしはじめた。
いったいどうしたものかと手をこまねいている場合では最早なかった、彼女が崩壊してしまう前に、地獄から救いだしてあげなければならない。
奇矯な言動は、助けてくれという、そのサインなのだ。
そしてある日オレは、意を決して彼女のマンションを訪ねた。
すると、どうだろう、あのリーマンと手を繋ぎながら部屋から出てくる彼女と遭遇したのだった。
それから、考えるよりも早く手が出てしまった、頭が真っ白になったオレは気づくとリーマンを殴り倒し、馬乗りになって、何やらわけのわからないことを喚き散らしながら、タコ殴りしていた。
短気であるとか、喧嘩っ早いなどということは一切ない自分の取った咄嗟の行動が、我ながら信じられなかった。
しかし、話はそれで終わりではなかった。
彼女が通路にあった消火器だろうか、それをまっすぐ後ろからオレの頭に振り下ろしたのだった。
血しぶきこそ飛ばなかっが、じんわりと頬を伝う生温かいものを感じながら、オレはゆっくりと床に倒れていった。
それから、入院、グループ解散と、慌ただしく時は過ぎていった。
**
側頭部は頭蓋骨が薄く、太い血管が通っているため、骨折で脳を圧迫するような出血を起こす危険があるそうで、俺の場合は頭頂部だったためと、石頭のせいかもしれないが、骨折はせず外傷だけだったから、まだよかったのかもしれない。
ただ、頭部のダメージゆえに後遺症が怖かった、未だに後遺症と思われる兆候は見られないが、頭痛、めまい、倦怠感、性欲減退、不整脈等いつ発症するかわからないのだ。
そんな不安を抱えながら、いや、不安だからこそ、後遺症にずっと悩まされていくといった最悪な事態を考えて鬱にならないように、敢えて何か建設的なことを考えなければと、新しいグループを構想しはじめた。
とは言っても、現実的な話ではなく、こんなグループがあったらおもしろいだろうな程度の思考遊戯にすぎない。
それにしても懲りずに新しいグループのコンセプトを考えている自分が信じられなかったが、とにかく何かを新しく始めたかった。
生き甲斐なんてことを考えたこともなかったけれど、自分が育てて、自分で消してしまったグループ。
失くしてはじめてその存在の大きさに気づいたことは確かなことだった。
解散を残念がってくれたヲタクたちも少なからずいたのだから、グループ名はそのまま、メンバーを入れ替えるか、まったく新しいコンセプトで新規にグループを作るか、結構悩んだ。
しかし、そんな単なる脳内での思考実験だったはずなのに、いったん考えだしたら止まらなくなり、いつしか夢を現実としてカタチにしたくなってきたのだった。
いずれにせよ、メンツを集めなければ何もはじまらなかった、たとえ見切り発車でもいい、運営にまつわる様々なトラブルやメンバーのメンタルケアに忙殺されるような日々にまた戻りたかった。
退院したら原宿や渋谷、代官山に繰り出し、表裏印刷100枚500円の音楽プロデューサーなる名刺でスカウトしまくろうと思った。
三ヶ月後、俺は無事退院した。
ど素人の女子をスカウトすることはなかった。
結局は、アイドル経験があり、歌や踊りは出来るけれど、現在は活動していないフリーな子たちに声をかけた。
ルノアールや談話室滝沢で、こんなグループを作りたいんだよと、コンセプトを伝え、楽曲を聴いてもらった。
後からメンバーに聞いた話だが、喫茶店で新しいグループのコンセプトを説明している俺の目は、子どもみたいにキラキラしていたらしい。
それから、めまぐるしく時は過ぎていった。
肝心のレコーディングは、セルフで敢行、問題は、衣装だったが、やはり好きなので、ゴスロリを提案し、みんなの了承を得られたので、ゴシック・アンド・ロリータでいくことにした。
グループ名は、マリ天の名を知っていてくれているヲタクたちに期待して『マリア天ぷら寿司櫃まぶし』を存続した。
以前のツテで、ブッキングも決まり、あとは一週間後の復活ライブを待つのみとなった。
しかし、記念すべきマリ天復活ライブのその間際になって、とんでもない事が起こった。
トリオであるマリ天のうちのひとりであるケイが急に辞めると言い出したのだった。
理由を聞いてもケイは答えようとしなかった。
ケイは遅刻とかドタキャンなんてしたこともないし、分別のあるとてもしっかりした聡明な子であり、あと一週間というこのタイミングで辞退すると言い出した、その真意をはかりかねた。
理由も説明できないなんて、どういうことなんだろうと思った。
「オジサンには、若いコの考えがまったく理解できない、とにかく、理由だけは説明してくれよ」
そう言うと
普段の明るく朗らかなケイからは、想像もつかないくらいシリアスな表情で、「実は...」と話しはじめた。
「実は、わたしマリ天のお誘いを受けて、どうしようかと悩んだ末、尊敬してるじゅじゅのねうさんや友達の元アイドルのある人に相談したんです。
ねうさんも、おめでとう、やりなよって言ってくれたし、友達もよかったじゃないと喜んでくれたんです、絶対やった方がいいよって、でも、そういう彼女の目がすごく悲しそうな目をしていて
なんでって聞いたら、自分もやりたいって、でもタカハシさんには顔向けできないとんでもないことをしてしまって、謝罪もできないまま今日まできてしまってと彼女は泣いたんです」
俺は、驚いた。
「えー! 彼女ってカヲルのこと?」
「はい、それで、わたしは大丈夫だよ、タカハシさんは逆にカヲルの事とっても心配してたよって言ったんです」
「なるほど、それはわかったけど、それでなんでケイちゃんが辞めることになるの?」
「怒らないでくださいね、ほんとうはわたし、このお誘いにあまり乗り気ではなかったんです、もちろんアイドル好きですけれど、体力的にもう無理かなっていうのがあって」
「そうなんだ、でもOKしてくれたんだもんね」
「そうなんです、わたし思ったんです、カヲルはこのままじゃいけないって、タカハシさんにちゃんと謝罪しなければ、ずっと苦しみ続けるのがわかってるから、どうしようかなって考えて、
そうだ、わたしがやるってOKするけど、それはカヲルの代役で、本番にはカヲルに出てもらおうと思ったんです、タカハシさんにしっかりと謝罪してまたメンバーとしてやっていくチャンスだなって」
「なに、じゃあもしかしてカヲル、振り入れしてるってこと」
「はい、動画みせて一緒にやりました、歌も覚えてもらって」
「なるほど、歌も振りもOKね、完璧じゃん、よくわかった、じゃ、カヲルはメンバー復帰決定だね、でも、ケイちゃん辞めることないんじゃない?」
「え、でも」
「だってさ、レッスンも全然大丈夫だったじゃん、それともつらかった?」
「いえ、むしろ楽しかったですけど、気持ち的にアイドルもういいかなっていう」
「ははぁ、じゃあ無理強いはしないけど、楽しかったんならやったら? 新生マリ天は、4人でスタートすることに決定! ケイちゃんは、自分のタイミングで、また、その時相談してよ」
「わかりました」
「そうなると、すぐカヲル呼んで4人で合わせないとね、明日から特訓だなw」
そして、一週間後。
新生マリ天は、4人で華々しくデビューライブを飾った。
数は少ないけれど、あたたかいヲタクたちが、『おかえりなさい』のボードを掲げてくれた時には、一気に込み上げてきて泣いてしまった。
ありがとうマリ天。
ありがとうヲタクたち。
***
タカハシ・アラン・マサムネは、二度にわたる開頭手術もむなしく激しい頭部打撲による脳挫傷により、植物人間となった。
彼は目醒めることのない果てしない眠りの中で、自分がプロデュースしたマリ天の夢を繰り返し繰り返しずっと見ていた。
尚、遺族は、延命治療を2025年の彼の誕生日に終了するとの意向らしい。
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