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# 125 ブースカ
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*月*日
ゆらゆらと揺れる花陰の向こうに男が独り、うつむき加減にたたずんでいる。濃紺のスーツを着ている彼の後方には、ぼろぼろに腐蝕したドラム缶(を半分に横から切断したもの)があり、雨水が溜まっているのだろう、その上で気忙しげに蚊柱が震えている。
戸板の隙間や節穴から洩れさす光の紗幕のなかで、埃の粒子たちはダイアモンドの輝きにも似て、きらめきながらうねるように対流している。
少年はその節穴のひとつから、外を飽かずに覗き見ているのだが、男は相も変わらずうつむき加減のままひっそりとたたずんでいる。
動きのあるものといえば、蚊柱ぐらいなものだが、少年はこれから起こるであろうことを心待ちにするかのように、まんじりともせずに節穴を覗き込んでいて、やがてお約束のようにドラマがはじまるのか、と思った刹那、上手からドラム缶をよけてブースカの着ぐるみを着た人物が登場して来ると、件の男はおもむろに右の掌を手鏡を覗くように顔の前にかかげると、指折りながら、なにやら数えはじめる。
ブースカの着ぐるみの人物は、音もなくその彼の背後に忍び寄り、そっと肩に手を置く。
と、彼は飛び上がるほど驚いて——そのあまりにも不自然な演技に赤面しかけたが、実のところそれが狙いなのかもしれず、となると、当然そこにあざとさが要求されるわけであって、そのあざとさが一服の清涼剤とは全く逆の豚の背油のようなギトギトしたあだっぽさを放っていて、調和と不調和あっての大調和とすれば、それはそれでたいへん結構なことに違いないが——ゆっくりとそれこそ五分ほどかけて後ろを振り返るものだからほとんど動いていないように思われた。
それは、首のひねりがいよいよ限界に達すると、次いで腰を軸に上半身の回転がはじるといったもので、ついにすべての動きが終了したときには、着ぐるみの人物は、既にブースカの被りものをとって うまそうに紫煙をくゆらせながら、あらぬ方向を見つめていた。
ゆらゆらと揺れる花陰の向こうに男が独り、うつむき加減にたたずんでいる。濃紺のスーツを着ている彼の後方には、ぼろぼろに腐蝕したドラム缶(を半分に横から切断したもの)があり、雨水が溜まっているのだろう、その上で気忙しげに蚊柱が震えている。
戸板の隙間や節穴から洩れさす光の紗幕のなかで、埃の粒子たちはダイアモンドの輝きにも似て、きらめきながらうねるように対流している。
少年はその節穴のひとつから、外を飽かずに覗き見ているのだが、男は相も変わらずうつむき加減のままひっそりとたたずんでいる。
動きのあるものといえば、蚊柱ぐらいなものだが、少年はこれから起こるであろうことを心待ちにするかのように、まんじりともせずに節穴を覗き込んでいて、やがてお約束のようにドラマがはじまるのか、と思った刹那、上手からドラム缶をよけてブースカの着ぐるみを着た人物が登場して来ると、件の男はおもむろに右の掌を手鏡を覗くように顔の前にかかげると、指折りながら、なにやら数えはじめる。
ブースカの着ぐるみの人物は、音もなくその彼の背後に忍び寄り、そっと肩に手を置く。
と、彼は飛び上がるほど驚いて——そのあまりにも不自然な演技に赤面しかけたが、実のところそれが狙いなのかもしれず、となると、当然そこにあざとさが要求されるわけであって、そのあざとさが一服の清涼剤とは全く逆の豚の背油のようなギトギトしたあだっぽさを放っていて、調和と不調和あっての大調和とすれば、それはそれでたいへん結構なことに違いないが——ゆっくりとそれこそ五分ほどかけて後ろを振り返るものだからほとんど動いていないように思われた。
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