パサディナ空港で

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
126 / 216

# 125 ブースカ

しおりを挟む
*月*日


   ゆらゆらと揺れる花陰の向こうに男が独り、うつむき加減にたたずんでいる。濃紺のスーツを着ている彼の後方には、ぼろぼろに腐蝕したドラム缶(を半分に横から切断したもの)があり、雨水が溜まっているのだろう、その上で気忙しげに蚊柱が震えている。

 戸板の隙間や節穴から洩れさす光の紗幕のなかで、埃の粒子たちはダイアモンドの輝きにも似て、きらめきながらうねるように対流している。

   少年はその節穴のひとつから、外を飽かずに覗き見ているのだが、男は相も変わらずうつむき加減のままひっそりとたたずんでいる。

 動きのあるものといえば、蚊柱ぐらいなものだが、少年はこれから起こるであろうことを心待ちにするかのように、まんじりともせずに節穴を覗き込んでいて、やがてお約束のようにドラマがはじまるのか、と思った刹那、上手からドラム缶をよけてブースカの着ぐるみを着た人物が登場して来ると、件の男はおもむろに右の掌を手鏡を覗くように顔の前にかかげると、指折りながら、なにやら数えはじめる。

 ブースカの着ぐるみの人物は、音もなくその彼の背後に忍び寄り、そっと肩に手を置く。

   と、彼は飛び上がるほど驚いて——そのあまりにも不自然な演技に赤面しかけたが、実のところそれが狙いなのかもしれず、となると、当然そこにあざとさが要求されるわけであって、そのあざとさが一服の清涼剤とは全く逆の豚の背油のようなギトギトしたあだっぽさを放っていて、調和と不調和あっての大調和とすれば、それはそれでたいへん結構なことに違いないが——ゆっくりとそれこそ五分ほどかけて後ろを振り返るものだからほとんど動いていないように思われた。

 それは、首のひねりがいよいよ限界に達すると、次いで腰を軸に上半身の回転がはじるといったもので、ついにすべての動きが終了したときには、着ぐるみの人物は、既にブースカの被りものをとって うまそうに紫煙をくゆらせながら、あらぬ方向を見つめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...