111 / 206
#110 カヲル
しおりを挟む
そこまで書いて、お腹が空いたので何か作ってよと、リビングでワイドショーだかを観ていたカヲルに云いにいった。
カヲルはもう二十後半になるけれども、なお美しい肢体の持ち主だった。
ローライズの腰から膝にかけてのラインなんか生唾ものだし……。とにかく脚がとってもきれいだった。
きのう、カヲルに膝枕してもらい、うとうととまどろみながら、彼女が死んでしまった夢を見た。ぼくは涙を流しながら、カヲルの冷たい頬に頬擦りし、口づけした。
なんでカヲルが死んでしまったかといえば、別にぼくが私淑するあまりバロウズという作家を真似たわけじゃない。でも、ぼくが殺してしまったみたいな、とりかえしのつかない後悔が烈しく心の中に渦巻いていた。
バロウズは誤ってピストルで奥さんの頭を打ち抜いてしまった。
思うにたぶん遊びでロシアンルーレットでもやってたんじゃないだろうか。バロウズも大きな十字架を背負って生きていたんだなぁと、改めて思った。
ぼくにもそんなことができるだろうか、恋人をこの手で殺めてしまったという重い十字架を背負ってなおこれからも何食わぬ顔で、のほほんと生きていけるものだろうか。
もし仮に……
「ちょっとちょっと膝小僧抱えてさっきから何ぶつぶついってんのよ」
カヲルの能天気な声にぼくは一瞬たじろいだ。
カヲルは死んだのだけれども、その遺体はまるで生きているかのように喋ったりケーキを食べたり、お風呂に入ったりする。
この信じ難いけれども動かし難い現実をもう一度認識しなおさなければならない。現前こそすべてなのだ。
「ね、なによ。なんなのよ、その目は。人のこと亡霊みたいに見ないでよね」
そういわれてくだらない妄想を断ち切った。そうだった、腹が空いてたんだっけ。
「ねー、つまんない。どこかいこーよ」
ぼくは、頷く。
「そうだね。お昼はモスにしよう。じゃ、特急でメェル書くから着替えて待っててね」
メインのメールボックスを覗いてみると、ちょっと気になるメールが来ていた。
「ブログ凍結のお知らせ」ふざけんじゃないよ。こつこつと作った百のブログが全滅とのこと。笑いがこみあげてくる。怒る気には一切なれない。ただ、へらへら笑いながら担当者を滅多刺しにする自分を空想してみた。
それから、競作のこと絡みで酒井氏にメェルを書き始めた。羊みたいに。
あのさ、ベアトリーチェさんの「風来坊」読んだ?久々に感想かこうかと思ったけれど、やめときました。
まず、タイトル。今気づいたことだけど、これだけでもうテーマが絞りきられていないことがよくわかりますが。
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、気になることがあって。作品に作者のカラーなり、個性なりが自然に出てくるのは当然なんだけれど、なんていうのかな、彼女は、まあ、キャラは立っているんだけれども、それ以前に作者の貌が見えて仕方ないような気がする。
だから、ストーリーは異なるのに、何を読んでも同じような。ま、気のせいかもしれないんだけど。でね、酒井氏はこれどうよってことなんだけれど。
つまり、自己言及とかしているわけでもないのに、物語の背景に隠れていなければならないはずの作者の貌が、やたら見えてしまうという、件。
この現象は、なんによるものなのか? 自分もそうなのかと思うと怖い。あ、それから、競作の件だけれども……
「ちょっと、いつまでやってんのよ! メールなんて、スマホでやれっつーの」
カヲルの怒声が矢のように飛んでくる。
「はは。ただいま。ただいま参ります」
◯
ぼくらは、のんびり歩きながら、モスへと向った。
ちょうどお昼時で、席があるかなって心配だったけれど、杞憂にすぎなかった。
ラッキー!
カヲルがオーダーにいく。
ここは以前入ったときにもスティービー・ワンダーがかかっていたな、なんて思いながらトイレへ。
ちょうどそこらへんで曲がかわり、大好きな『Isn't She Lovely』が流れはじめたにもかかわらず、トイレのなかにはスピーカーが設置されてなくてドアを閉めた途端に音は切断――正しくは遮断だけれども、ブチッと切られたようで――されてしまい、まるで異世界に飛ばされたような感じ。
席に戻ってみると、空いていた隣のテーブルにはひとりの女性がもう座っていた。
『I Just Called To Say I Love You』だろうか、曲に合わせて唄っている自分。ボクの前には、むろんカヲルがいて涼しげな眼差しでサトにミルクをあげている。
隣のテーブルの女性に何気なく視線を移すと、なんとノートPCを覗きこんでいる。結構、でかくてそそられる。とにかくメーカーを知りたくて仕方なかった。ぼくは死ぬほどPCが好きなんだ。
と、ありがたいことに注文の品が運ばれてくると彼女は急いでそれを閉じ、ぼくに近いテーブル側に置いて、ハンバーガーをパクつきはじめた。
ヤッホー! 確認完了。
HPだった。やたらでかい。十七インチはありそうだ。
曲は、『You are the Sunshine of my Life 』
サトは、ミルクをあまり飲まなかったので、カヲルがライスバーガーのお米を食べさせている。
とうに食べ終えてしまったぼくは、ペットボトルのミネラルウォーターをちびりちびり。
で、お隣の彼女は時間に追われていたのか、食べ終わるとやたら急いでトレイをもって席をたった。
それを横目で窺っていたぼく。
当然、愛するHPちゃんは、忘れるはずもなくひったくられるようにしてテーブル上からその存在は消え去っていた。
しかし……
しかしである。
彼女は忘れ物をしていった。
バッグは忘れなかったけれど、どこかのお店で買ったのだろうカワイイ手さげ紙袋。
こんなのいらねーから、HPおいてけYO!
どうしようか? とカヲルに視線を送る。
するとカヲルがカウンターに忘れ物を届けにいった。
さてと、お腹もいっぱいになったことだし、雑貨でも見にいくとするか。
ツクモでちょっとHPのノートのスペックを調べてみる。
店には置いてないとのことで、ぐぐることにした。スマートフォンの検索画面を見ながらふと、モスにたいへんな忘れ物をしてきたことに気づいた。
サトとカヲル。
だが、ここに至って、まだなおくだらんゲームをしている自分が虚しかった。
サト? いったいそれは誰やねん!
カヲル? そんなやつとっくのとんまに自殺してるやん!
みよちゃんに寄って駄菓子を買ってから帰ろうと思った。
誰も待っていないアパートに……。
夜空を見上げると、メロンのような新月の下で、金星がひときわ輝いていた。
そしてぼくは、きみのことを想った。
愛してる、愛してる、いまもまだきみのこと、心底愛してるんだ。
カヲルはもう二十後半になるけれども、なお美しい肢体の持ち主だった。
ローライズの腰から膝にかけてのラインなんか生唾ものだし……。とにかく脚がとってもきれいだった。
きのう、カヲルに膝枕してもらい、うとうととまどろみながら、彼女が死んでしまった夢を見た。ぼくは涙を流しながら、カヲルの冷たい頬に頬擦りし、口づけした。
なんでカヲルが死んでしまったかといえば、別にぼくが私淑するあまりバロウズという作家を真似たわけじゃない。でも、ぼくが殺してしまったみたいな、とりかえしのつかない後悔が烈しく心の中に渦巻いていた。
バロウズは誤ってピストルで奥さんの頭を打ち抜いてしまった。
思うにたぶん遊びでロシアンルーレットでもやってたんじゃないだろうか。バロウズも大きな十字架を背負って生きていたんだなぁと、改めて思った。
ぼくにもそんなことができるだろうか、恋人をこの手で殺めてしまったという重い十字架を背負ってなおこれからも何食わぬ顔で、のほほんと生きていけるものだろうか。
もし仮に……
「ちょっとちょっと膝小僧抱えてさっきから何ぶつぶついってんのよ」
カヲルの能天気な声にぼくは一瞬たじろいだ。
カヲルは死んだのだけれども、その遺体はまるで生きているかのように喋ったりケーキを食べたり、お風呂に入ったりする。
この信じ難いけれども動かし難い現実をもう一度認識しなおさなければならない。現前こそすべてなのだ。
「ね、なによ。なんなのよ、その目は。人のこと亡霊みたいに見ないでよね」
そういわれてくだらない妄想を断ち切った。そうだった、腹が空いてたんだっけ。
「ねー、つまんない。どこかいこーよ」
ぼくは、頷く。
「そうだね。お昼はモスにしよう。じゃ、特急でメェル書くから着替えて待っててね」
メインのメールボックスを覗いてみると、ちょっと気になるメールが来ていた。
「ブログ凍結のお知らせ」ふざけんじゃないよ。こつこつと作った百のブログが全滅とのこと。笑いがこみあげてくる。怒る気には一切なれない。ただ、へらへら笑いながら担当者を滅多刺しにする自分を空想してみた。
それから、競作のこと絡みで酒井氏にメェルを書き始めた。羊みたいに。
あのさ、ベアトリーチェさんの「風来坊」読んだ?久々に感想かこうかと思ったけれど、やめときました。
まず、タイトル。今気づいたことだけど、これだけでもうテーマが絞りきられていないことがよくわかりますが。
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、気になることがあって。作品に作者のカラーなり、個性なりが自然に出てくるのは当然なんだけれど、なんていうのかな、彼女は、まあ、キャラは立っているんだけれども、それ以前に作者の貌が見えて仕方ないような気がする。
だから、ストーリーは異なるのに、何を読んでも同じような。ま、気のせいかもしれないんだけど。でね、酒井氏はこれどうよってことなんだけれど。
つまり、自己言及とかしているわけでもないのに、物語の背景に隠れていなければならないはずの作者の貌が、やたら見えてしまうという、件。
この現象は、なんによるものなのか? 自分もそうなのかと思うと怖い。あ、それから、競作の件だけれども……
「ちょっと、いつまでやってんのよ! メールなんて、スマホでやれっつーの」
カヲルの怒声が矢のように飛んでくる。
「はは。ただいま。ただいま参ります」
◯
ぼくらは、のんびり歩きながら、モスへと向った。
ちょうどお昼時で、席があるかなって心配だったけれど、杞憂にすぎなかった。
ラッキー!
カヲルがオーダーにいく。
ここは以前入ったときにもスティービー・ワンダーがかかっていたな、なんて思いながらトイレへ。
ちょうどそこらへんで曲がかわり、大好きな『Isn't She Lovely』が流れはじめたにもかかわらず、トイレのなかにはスピーカーが設置されてなくてドアを閉めた途端に音は切断――正しくは遮断だけれども、ブチッと切られたようで――されてしまい、まるで異世界に飛ばされたような感じ。
席に戻ってみると、空いていた隣のテーブルにはひとりの女性がもう座っていた。
『I Just Called To Say I Love You』だろうか、曲に合わせて唄っている自分。ボクの前には、むろんカヲルがいて涼しげな眼差しでサトにミルクをあげている。
隣のテーブルの女性に何気なく視線を移すと、なんとノートPCを覗きこんでいる。結構、でかくてそそられる。とにかくメーカーを知りたくて仕方なかった。ぼくは死ぬほどPCが好きなんだ。
と、ありがたいことに注文の品が運ばれてくると彼女は急いでそれを閉じ、ぼくに近いテーブル側に置いて、ハンバーガーをパクつきはじめた。
ヤッホー! 確認完了。
HPだった。やたらでかい。十七インチはありそうだ。
曲は、『You are the Sunshine of my Life 』
サトは、ミルクをあまり飲まなかったので、カヲルがライスバーガーのお米を食べさせている。
とうに食べ終えてしまったぼくは、ペットボトルのミネラルウォーターをちびりちびり。
で、お隣の彼女は時間に追われていたのか、食べ終わるとやたら急いでトレイをもって席をたった。
それを横目で窺っていたぼく。
当然、愛するHPちゃんは、忘れるはずもなくひったくられるようにしてテーブル上からその存在は消え去っていた。
しかし……
しかしである。
彼女は忘れ物をしていった。
バッグは忘れなかったけれど、どこかのお店で買ったのだろうカワイイ手さげ紙袋。
こんなのいらねーから、HPおいてけYO!
どうしようか? とカヲルに視線を送る。
するとカヲルがカウンターに忘れ物を届けにいった。
さてと、お腹もいっぱいになったことだし、雑貨でも見にいくとするか。
ツクモでちょっとHPのノートのスペックを調べてみる。
店には置いてないとのことで、ぐぐることにした。スマートフォンの検索画面を見ながらふと、モスにたいへんな忘れ物をしてきたことに気づいた。
サトとカヲル。
だが、ここに至って、まだなおくだらんゲームをしている自分が虚しかった。
サト? いったいそれは誰やねん!
カヲル? そんなやつとっくのとんまに自殺してるやん!
みよちゃんに寄って駄菓子を買ってから帰ろうと思った。
誰も待っていないアパートに……。
夜空を見上げると、メロンのような新月の下で、金星がひときわ輝いていた。
そしてぼくは、きみのことを想った。
愛してる、愛してる、いまもまだきみのこと、心底愛してるんだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixabay並びにUnsplshの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名などはすべて仮称です。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる