パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#88 髪の長いマスクをしたネコ

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*月*日
 松井は泊まりの仕事明けにマン喫に行くことにしたが電車の中は全員がマスクをした髪の長い女ばかりだった。

 松井が電車を降りるとまるで松井についてくるようにぞろぞろと女たちも降車してその車輌は空っぽになってしまった。

 松井が足を止めて発車する電車を見ていると同じ様に女たちも電車を眺めている。何か薄気味悪く、悪寒みたいに松井はブルッと震えてしまった。

 あるいはウイルスに既にやられているのかもしれないと思った。発熱したせいで、きっと幻想を見ているのだ。

 それを裏付けるように女たちは2列縦隊で松井にぴたりとついてくる。マスクの下はどうなっているのか、みんな華やかで美しかったが、マスクを取るとどうなんだろう。

 松井は、どうせ幻想なのだから、このシチュエーションを楽しまなきゃ損だななんて事を考えながらマン喫に入った。

 狭いロビーは女たちで溢れかえり香水やらコロンやらの匂いでむせ返るようだった。マスクをしていなかったらかなりヤバい。

 しかしこの女の人たちはまさか個室に入り切るつもりなのだろうか?   
   

    全然大丈夫だった。

    彼女たちは伸縮自在なのだ。確かに幻想の世界まで物理法則に従う必要もない。

 それに松井にしか見えないのだからなんの問題もない。Youtubeを一緒に見て笑ったりスマホを眺めたり居眠りしたりといつも孤独だった松井には夢のようだった。

 だがふと浮かんできたある考えが松井をとらえて離さなかった。それは、もしかしたならこの彼女たちは、確かな存在ではないにしても発熱によるマボロシなどではなく、実はずっと以前から自分と一緒だったのではないか。

 何度か自死を考えた事があった自分をその度に彼女たちが救ってくれたのでないのか、そう思えてならないのだった。

    今回は、熱のせいで幽界に生きながらも松井にいつもひっそりと寄り添ってくれている彼女たちが見えたのかもしれない。
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