パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#81 幸せ

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*月*日

 私は、天井を見つめながら、いまのいままで見ていた夢を反芻していた。愛なき世界。それはまさに地獄絵図のようだ。

 じょじょに覚醒してくると、私はベッドに横になっていて、となりにはパンダが寝ていることがわかってくる。

   なんでまた私は、パンダなんかと一緒に寝ているんだろう。その顔を覗き込むようにすると、パンダは、寝返りを打ってこちらに背を向けた。

 ベッドを共にしているということは、このパンダが、私の奥さんなのだろうか……。

 頭のなかで、この雌パンダと愛し合っているサマを思い浮かべてしまい、私は頭を振ってそのおぞましい映像を彼方へと押しやった。

 しかし、よく考えてみると、雌パンダなどという認識がどこでなされたのだろうか。もとよりパンダの雌雄の識別法など知らない。

 だが、どうみても雌としか思えない女性的な雰囲気をまとっているからではないだろうか。なんかよくわからないが、そんな気がした。

 どうでもいいけれども、いや、どうでもよくはないが、これからどう展開するのかが愉しみではある……かもしれない。朝、目覚めたら、妻がパンダになっていた。笑えないジョークだ。

 それでも、日常はつづいていく。

 一時間後。私は、パンダと差し向かいで遅い朝食を摂り、朝刊にざっと目をとおした。やがて私は、自室に篭ってデスクトップのモニタに向かい、タイプしはじめる。

   そして私は、タイプしながらはまどろみはじめる。まるで、いぜん観た映画の主人公が患っていたナルコレプシーという眠り病に罹ったみたいに。

 やはり、昨夜遅くまで映画を観ていたせいだ。『ゴダールの探偵』である。むろん最後まで面白くは観れたのだけれども、結局なにがなにやらさっぱりわからず仕舞いだった。

   まあ、ゴダールてのはいつもこんなもんで、二度、三度観ていかないとわからない。くりかえし、くりかえし観ていくうちにハッと気付かされるものがあり、やっと映画のなかへと入ってゆける。

   そういったレヴェルの作品だから、もう一度観たいのだけれど頭痛が出るのが嫌で控えているのだった。

 毎日観るというように習慣づけてしまえば、目の方もそれに慣れてくるのだろうけれど、不意に観たりすると即、頭痛となって現われるのだ。 

 というところで。

 ふたたび私は、書きかけの小説に立ち向かい、タイプしはじめる。おっと。音楽を忘れていた。きょうは、パット・マルティーノにしよう。『How Insensitive』

   どのくらい没頭していたのか……。窓から見えるのは、暮れなずむ優しい夕景色だった。

 尿意を覚えた私は、トイレに向かいながらキッチンを覗いて、現前する光景にまったく凹んだ。

 事態は、まったくかわっていない。

 彼女はエプロン姿でシンクの前に立ち、何かを刻んでいる。どうやらこれが現実で、この現実を受け入れるほかないらしい。

 私は諦めて、かいがいしく立ち働く彼女の背に声をかける。

「ねぇ、きょうの晩ご飯なに?」

 彼女は、ちょうど盛り付けていた皿を無言で掲げてみせた。そうだった。パンダがしゃべるはずもない。 

 了解。私も手を上げて応える。

 どうやら、もうそろそろ夕飯のようだ。私は、ラップトップを抱えてきて、ダイニングテーブルに置き、パチパチと打ちはじめる。

 そのすぐ横に、心づくしの料理の器が並べられていく。

 揚げナスの煮びたし、ふろふき大根、ブリの照り焼き、スモークサーモンのカルパッチョ、蛸の唐揚げ……

 やがて、彼女はごはんをよそって自分もテーブルについた。それでも、ラップトップから顔を上げないない私に、彼女の視線が矢のように突き刺さる。

 ごめん、これだけ書いたら、やめるからと急いでタイプする。

 そして、電源を落とし、ラップトップをぱちりと閉じる。

 アペリティフは、白ワイン。

 まずは、くいっといく。

 そして、サーモンを一口食べて、思わずフリーズした。ん! うまい。そういって、彼女を見ると、うれしそうに眸を輝かせた。






 




 

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