パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#39 マロニエ

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*月*日


 木漏れ日が、カーテンを揺らす微風の金の糸に生命を宿すように、夢のなかで虹彩が光の粒子を直接とらえたとき、ザザはぎくっとして目覚めた。

  彼は、時計を見て、そこに午前六時四十五分という時刻を見い出し、大切な残りの人生をそれに費やすことが、自分の人生にとってどれだけ重要なことかどうかをもう一度値踏みしていた。それとは、今の結婚生活のことだ。

 結局、その選択が彼の人生というキャリアのなかで最も大きな損失になるわけだが、むろんそんなことが彼にわかるわけもない。

 朝食の後に、彼はビジネスのパートナーであるスミスに電話をして、新しいプロジェクトの戦略をはじめから立て直すことにする旨を伝えた。

   彼らは完全なパートナーシップとかけがえのない友情に支えられていた。スミスには、すばらしい商才があり、ザザは最高のエンジニアだった。

 多数の投資家が、彼らの技術力に興味を抱いていることは明白で、いよいよ会社も軌道に乗ってきていたが、今の大きなプロジェクトが最終的に実を結ぶ五年後には、ザザは会社を去ることに決めていた。そして、妻のもとからも。

 だから彼は、美しい妻、テレーザを見る度に胸が締め付けられるように痛んだ。彼らは幼少期からいいなずけられた者同士であり、大学の一年生のときに結婚していた。

   彼らはかなり貧弱なセックスを週に何度か行っていたが、それはそれで素晴らしいことだった。

 テレーザのその美しさといったらたとえようもないほどで、道往く男たちを振り返らせずにはおかなかった。

 だが、彼は、未だに元カノのことが忘れられず、長い赤毛の娘の、赤い巻き毛の束を今も密かにクローゼットに隠しもっていた。

 ある日、ザザは、テレーザに髪を赤く染めてくれないかと云った。

 テレーザは、自分の栗毛色の髪をとても気に入っていたので、悩みに悩んだのだが、結局はザザの希望を容れて、髪を赤く染めることにした。

 美容院でテレーザが髪を真っ赤に染めている頃、ザザはホテルの一室で出会ったばかりの赤毛の女を抱いていた。

 家へと戻る前に立ち寄ったデパートのパウダールームで、テレーザは鏡のなかの燃えるように赤い髪の見知らぬ女に、にこりと微笑みかける。

 窓外に見えるマロニエの樹が、降りはじめた夏の終わりの雨に濡れそぼってゆく。



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