パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#21 扉

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*月*日

   夏にリゾート地にバイトで行った時の話なんだけど、所謂旅館での業務というか雑用で配膳とか掃除とかやってて、そのうち「開かずの間」があることに気づいた。それで、いつか必ず覗いて見ようと思っていた。でも不幸があって急に東京に帰らなければならなくなった。だから「開かずの間」は結局見れないままだった。

   それから、時は流れそんな事も忘れていたんだけど、結婚して子どもが生まれ、上の子が小学校に上がった年の夏に長野方面に遊びに行くことになった。車だったんだけれど小海線に乗りたいと子どもたちが言い出して、仕方ないので自分は車で上高地に向かい、子どもたちは、ママと電車で上高地に向かうことにしたんだ。

   そして、それがもしかしたなら妻と子どもたちとの今生の別れとなってしまうことになっていたかもしれない。

   その日、天候が急変し、電車は無事上高地に着いたが、雨に濡れた路面でスリップした俺の車は交差点で左折してくるタンクローリーに突っ込んでしまい大破した。血まみれで病院に搬送された俺はそれでもなんとか一命を取り留めたが、その時、ほとんど棺桶に片足を入れたような状況で、夢のようなものを見た。

   そこになぜかあの時の「開かずの間」が出てきて、俺はなんかとても懐かしいような気がして、思わずノブに手をかけた。やっとあの時見れなかった世界が見れると思って内心ワクワクした。すると、その時聞こえてきたんだ、かすかだけど子どもたちの声が。

「パパ、だめ!   そこを開けたらもう二度と戻れなくなる」
 
   その声にハッとして目覚めた俺は、病院のベッドに横たわっていたというわけなんだよ。だから、あの時、「開かずの間」のドアを開けていたら、もう二度と目覚めることはなかったのかもしれない。いや、たぶんそれは間違いないと思う。あの「開かずの間」のドアは黄泉の国への入り口だったんだ。

   九死に一生を得て奇跡的に生き延びたが、しかし、二度あることは三度あるとよくいうように、「開かずの間」はもう一度現われるのだろうと俺は思っている。

   そして、それはたぶん今までのような「開かずの間」らしい重苦しい、まるで闇が滲み出てくるような扉ではないような気がしている。

   全然ポップでハッピーでカラフルなドアをそうとは知らず気軽に開けた途端にわかるのだろう、もう取り返しがつかないのだと...
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