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あゆみとあゆむ5

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ψ08

「じゃあ、先ずレイコちゃんから」
 と、ナツメがアナウンスすると、レイコが野太いだみ声でいう。

「えー! あたしからなの、何も考えてないわよ」

「だから、面白いんじゃない」とサナエちゃんが、ぼそっと呟く。

 レイコはサナエちゃんを振り返り、キッと睨むと飲み残しのウイスキーのロックを一気に乾して、「よし、やってやる」と言い残し、ステージに向かう。

「えっと。それでは物語ごっこを始めさせていただきます」

 ステージ中央に立ち、ドスの効いた声でレイコがそう言うと、ケンさんがすかさず店内の照明を落とした。

 暗闇のなかでピンスポに浮かび上がるレイコ。その厳ついた肩を、酔っているからか、あるいは既に物語の中に入っているためなのか、前後に揺らしながら、レイコは物語りはじめる。

「それは、どしゃぶりの雨の日のことでした」

 青白いフットライトが灯り、レイコの足元をスモークが包み込む。いやがうえにも高まる幻想的な雰囲気に、客席のみんなも飲む手を止めて身構えた。

「じゃ、次、あゆみちゃんお願いね」

 一斉に罵声が飛び交う。ポップコーンがばら撒かれる。

「なにそれ! たった一言だけじゃん」

「インチキ!」

「ふん。なんとでもお言い」と開き直るレイコ。

 ステージを降りながら、中指を突き立ててみせるレイコ。

「何よ、それ。そんなもん自分の穴に突っ込みなさいよ」とサナエちゃんも負けてはいない。

「バッキャロー、ざけんなチビデブ!」

 ふたりは、たちまち掴み合いの喧嘩になったけれど、誰もとめたりなどしない。

 再び、ナツメのアナウンス。

「それでは、あゆみさん、お願い致します」

 ステージに上がったあゆみは、にこりともせずに話しはじめた。

「これは、物語ではなく、事実として聞いていただけたならと思います。実は私、この頃、自分が誰かの願望によって作り出されたキャラクターではないのかと思っているんです」

 皆、一様に驚いて、あゆみを振り仰ぎ見る。

「いったい、なによそれ、どういうこと?」
とミナミがグラスのビールをグイっと一気に飲み乾していった。

「つまり、私だけに限ったことでなく、私のいるこの環境、皆さんをすべて含めたこの現実が、実はすべて虚構なのではないのか、ということなんです。そんな風に思ったことありませんか?」

「ま、思考遊戯としては面白いかもね」と再びミナミが片方の眉を吊り上げたしたり顔で言う。そして、煙草に火を点け、煙を吐き出すと

「でもねぇ。まあ百歩譲って今ここにいる私たちの世界が、そのあんたのいうように誰かさんの作った世界だと仮定すると、今、こう喋っているあたしの台詞も、あんたの今までの台詞も、すべてはその誰かさんの考え出したものなんじゃないの? ねぇ、そうなるわけよね?」

「そういうことになりますね。でも、まさか自分の考えた世界の人物に自分を殺させようとすると思います?」

「なに、それ。つまり……」

「ええ。私この作られた世界を破壊しようと思っているんです。作者を殺すというのは、言葉のアヤですけれど、とにかくもう作者の意のままに動く人形ではいたくないんです」

 サナエちゃんは、いったいぜんたいなんのことやらさっぱりわけがわからぬまま、ただひたすらスナック菓子をパクついているが、本人はまったく食べているという感覚のないご様子。まさに無念無想。忘我の境地。

 再び、ミナミが言う。

「そうねえ。そういうことならばあんたの言い分もわからないではないけれど、さっきも言ったように、そういったあんたの思考というか、意思すらその作者に委ねられたものでしょ」

「その通りです。だからこそこんな風に私に考えさせ、語らせるその理由はなんなのか、ねらいはどこにあるのか、それをつきとめたいと思いませんか?」

 とまり木に座っているママは、ケンさんに言うとでもなく「なんかすごいことになってきたわねぇ」と呟く。

「なるほどね。わかったわ。あんたの言わんとするところは。でもさ、どうするつもり? その誰かさんはいったいどこにいるのかしらね」

「そりゃそうだ」とグラスを磨く手を止めぬまま、ケンさんが呟いた。

「じゃちょっと、ここで休憩タイム」とナツメのアナウンス。

 ミナミとレイコがトイレの鏡の前で化粧を直している。

「だめよ、あのこ。完全にイカレテルわ」

「ほんと。変わってるとは思ってたけど、あそこまでとはねぇ」

 レイコとミナミがトイレから戻ってくると、今度はナツメが涙声で訴えているのが聞こえてきた。

「ごめんなさい。これってみんなあたしの夢の世界なんです」

「ちょっと、ちょっと。きょうはナツメちゃん迫真の演技ねぇ」とレイコ。

「ちがいます。そんなんじゃないんです。これはほんとうに私の夢なんです。昨夜、これとそっくりの夢を見たんです」

「あら、ナツメちゃん面白いこと言うのね。でもそれって、きょうのこの場面を夢で見たにすぎないでしょ? まさか、私たち全員がナツメちゃんの夢の中で作られた人物って訳じゃないでしょうに」

「そうですけど。なんか全部……この世界すべてが現在私が見ている夢なんじゃないかなって思えちゃって……」

「すごいわ、ナツメちゃん。そんな風に考えられるなんて、並みの発想力じゃないわね!」

「そんなぁ……」

「ねえ、ポンさんもそう思わない?」とレイコは長い髪をかきあげシナを作って同意を求めるように流し目を送る。

「う~ん。いや実に愉快愉快。きょうはうんとご祝儀をはずまなくっちゃな。ワッハッハ」とポンさんはツルピカの頭頂部を撫でさする。

「やったあ!」と手を打ち鳴らし、レイコとミナミはポンさんのそのザビエル禿げめがけて交互にキスの雨を降らせる。

 ポンさんは、立ち上がり「よーし。今夜はおれの奢りだ。いや、いつもそうか。ハハ。さあ、飲もう、飲もう」

 ということで、ステージ上のミラーボールが燦然と輝きながら回転しはじめるや、待っていましたとばかりにサナエちゃんが、カラオケをセットして歌いはじめる。

   曲は、サナエちゃんが大好きなシャンソンだ。本人以外には誰にもわからないがサナエちゃんは、コーちゃん(越路吹雪)になりきってドラ声を張り上げる。

 オーソーレミーヨォ~♪

 ポンさんを挟むようにしてソファに座っているレイコとミナミは、それを見て足をバタつかせながら「ハゲー! それが歌かよ」
「浪花節じゃねえか」などとわめき散らして笑いころげている。

 そんな騒ぎを横目で窺いながら、ナツメはあゆみがひっそりと座っているボックスシートへと近づいてゆくと、あゆみの横に浅く腰掛けた。

「あの。あゆみさんはどう思います?」

 あゆみはその言葉に我に返った様子で、キョトンとした表情を浮かべ、「え、サナエちゃんの歌のこと?」といった。

「え?」ナツメが今度はキョトンとした。

「あ、ごめんなさい。私、ぼおっとしちゃって……(ナツメの眸をまっすぐ見つめ)……そう。ナツメちゃんには、きっと予知能力があるのね。それで予知夢を見たのよ。……それにもしかしたら、ナツメちゃんの言うように、この世界の支配者は、あなたなのかもしれない。そうであるとは、完全に言い切れないかもしれないけれど、逆にそうではないと誰にも否定できないと思うの。F・K・ディックという人の小説にもそんな特殊な能力を持った女性が出てきたわ。その女性はみんなに共同幻想を見せるのよ」

 ナツメは眸を輝かせる。

「そうなんですか。やっぱりそういうことってありえますよね。みんなに……その、共同幻想を見せてしまうっていうようなことも……」

 あゆみは、こくりと頷く。

「でもね、私の言ったこともほんとうなの。ポンさんを愉しませるために、わざわざわけのわからないことを言い出したわけじゃないのよ。今の自分が本来の自分じゃないって気がするの。誰かにむりやり捻じ曲げられているような……なんかとっても落ち着かない気分なの。でも……そうかあ。そうねえ。やっぱりナツメちゃんが、この世界を作っているのかなあ。私には別な存在がいるような気もするんだけれど……」とあゆみはテーブルに視線を落とす。

「別の……存在ですかぁ……」そういってナツメは、遠くの方を見遣るように目を細めた。

 その視線の先では、ステージ上のサナエちゃんが、半裸になって必死の形相で歌っていた。

 やがて、あゆみが顔を上げ「そうだ、こういう風にも考えられるわ。私の感じている『ある存在』が、この世界を設定したんだけど、それはあくまでも設定しただけであって、あとはナツメちゃんが世界を動かしている———そんな風に考えるのも愉しいわね」

「え~! あたしそんな意識全然ありませんよぅ」

「もちろん、そうよ。もしそういうことならば、これはナツメちゃんの意識下に潜在している何かがやっている仕業———ということだもの」

 そこへレイコがグラス片手に千鳥足でやってくる。

「ちょっとちょっと、ふたりでなにぶつぶつ言ってるのよ。辛気くさいわよ。さ、なにか歌って歌って」 

 立ち上がりかけたナツメを制して、あゆみがステージへ向かう。

 カラオケの機械の前に大仏のように陣取って微動だにしないサナエちゃんに、あゆみは一言告げると、即座にイントロが流れはじめた。

 あゆみが歌いはじめる。

♪あなたに、あいたくて、あいたくてぇ、眠れぬ夜に~
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