パスティーシュ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
76 / 82
メルカリ編

ダライ粉

しおりを挟む

 もうナルミのことをみなさん、お忘れになっているかもしれないのですが、ここからはナルミが事故ってアストラル体となりタロウに合体浸潤した後のお話です



◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆



 ある日、タロウはナルミの記憶に色濃く残っている仕事の影響から町工場で働きはじめた。その町工場は、いわゆる板金屋で、新人のタロウがまず任されたのは、ドリルで小さなプレートに穴をあける作業だった。

 バケツのなかに山のように入っている鉄のプレートに三箇所、ひたすら穴を穿つ。なぜか自分でも不思議なほどに手慣れた感じでつぎつぎとセンターポンチが穿たれた箇所を目印にドリルで穴をあけてくタロウ。

「一気に穴をあけるんじゃないんだ。まずさ、下穴といって小さな穴をあけて、それからじょじょに大きくしていくんだよ」

 教育係のオオハラは、ドリルを鉄のプレートに突き立てながら、タロウにそう説明してくれた。

 そしてさらに「切れ味が悪くならないように、潤滑油をドリルにぬるのを忘れずに」ともいった。

 潤滑油の紅いとろりとした液体の入ったブリキ缶の中に切粉が飛んで煙を上げる。

 削り出されたばかりの切粉は、ドリルの摩擦熱によって異常なほど熱くなるからだ。

「紅い半透明の油のなかで、くるくると螺旋状となった切粉が、うねるように身を捩じらせ蠢いているような気がして、俺はいつも視線を奪われてしまうんだ。その蠢くさまが、切粉が喜んでいるからなのか、あるいは苦しんでいるからなのか、そんなことを想像するのは楽しいよ」

 そういいながらもブリキ缶に視線をやるのは、ほんの一瞬のことに過ぎず、オオハラは、また黙々と作業に打ち込む。

「たださ、穴を穿つスピードに留意することと、位置を間違えないように集中しつつも、頭のなかでは何を考えていようが一向に構わないわけだから、いろんなことを想像しては愉しんでやればいいのよ。初めてやることばかりだろうから、そこまでの余裕はないだろうけれど」

 タロウは曖昧に頷く。

「あれ? でも高校のとき、ボール盤やったはずだよね?」とオオハラ。

 タロウが工業高校の機械科であったことを面接をした社長から聞いているらしい。

「そう。でももう忘れたかな。いやな思い出は忘れることにしてるから」

「厭な思い出?」オオハラは、鸚鵡返しに云う。

 タロウは、ええとか、まあとか生返事を返す。するとオオハラは、

「鼻歌まじりで作業できたのならばどれだけたやすい仕事だろうなどと思うんだけど、緊張感をもってのぞまないと、いつなんどき怪我をするかわからないといった作業なんだ」

 その通りだとタロウも思った。

 相手は機械なのであり、自分の手がドリルに巻き込まれても機械が回転を緩めてくれるなどということは一切ないのだから。

「はい。じゃ、やってみて」

 オオハラは、そういってボール盤の前から身を退いた。

 タロウは、赤くて円いグリップをふんわりと握って、ドリルを上げ下げしてみた。バッターボックスに立つ前に、軽くスウィングする、あれみたいに。

 そして、孔を穿つプレートを盤上に置き、ポンチされているポイント目がけてゆっくりとドリルを下ろしてゆく。

 気づけば、オオハラは傍にもう立っていなかった。大丈夫だと思ったのだろうか。しかし、この作業が出来ないやつなんているのだろうか。

 しっかりとプレートを押さえていないと、ドリルにもっていかれるなと思いながら、ほんの上面だけ削って小さな穴を掘る。プレートにはポンチが三箇所打たれてあったから、真ん中、左、右という順序でドリルをあててゆく。楽勝だった。鼻歌でも出そうな感じだ。

 バケツに入った百枚はあるだろうか、それらのプレートに対して同じことを繰り返してゆく。

 ほんの少し掘るだけから、切り粉は、ほとんど出ない。たしか切り粉のことをダライ粉とも呼ぶことをタロウは思い出した。いや、正確にはタロウの想い出ではない。ナルミの記憶にあるのだろうが、もう今となってはタロウとナルミの記憶がマーブル状に混ざり合い、渾然一体となってしまって、どれが誰の何の記憶なのかわけがわからなくなっていた。

 なので、タロウはもうどちらの記憶なのかなどというバカらしいことで悩むことはとうにアホらしくなってやめた。

 やがて、バケツ一杯のプレートに小さな穴を掘り終えると、次は本番だ。一枚一枚慎重に孔を穿ってゆく。

 当然ながら、ふんわりと軽く握っていただけのグリップに今度は力を込めていかないと、孔は穿てない。

 慎重にドリルの先を削った穴に下ろしてゆく。ドリルは、きゅるきゅるきゅると、うねりながら吸い込まれるようにプレートと一瞬同化して、すとんと突き抜ける感覚が心地よかった。

 そのきゅるきゅるきゅるは、ドリルがあげた呻き声なのか、或いはダライ粉の悦びの声なのか判断はつかない。

 そのプレートのアルミがダライ粉へと変わる過程で、いったい何が起こっているのだろうか。

 ドリルの鋭い刃先に削り取られてゆくアルミは、大根のカツラ剥きのように、螺旋状になりながらダライ粉としてこの世に姿を現わすのだ。

 タロウにも掘削熱によってドリルの刃先が微妙に膨らみ、切れ味が鈍るのが実際に手応えとしてわかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちでのサンタさん

うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】  僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。 それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。 その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。 そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。 今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。 僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…  僕と、一人の男の子の クリスマスストーリー。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

長谷川さんへ

神奈川雪枝
ライト文芸
不倫シリーズ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...