パスティーシュ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
59 / 81
川崎市夜光編

食虫植物

しおりを挟む
   気がつくと、電子を剥ぎ取られた裸の原子核が飛びまわっている。無重力状態? 浮遊感。漂いつづけていく。

   黎明の内より静々と立ち上がってきたものは、この世でいっとう美しいと、いみじくも誰かが言ってのけた女性性器そのものだった。

   それは、エボナイト棒も熊ん子も、節くれだった太い指も何ものも挿入されていない。あるがままのその静かなたたずまい。

   いつもじめじめとした暗い場所で日の目を見ない隠花植物のようにひっそりと息衝いている毛だらけの食中植物。

   開かれた花びらの向こうにはピンクのやわ襞が覗き見え、直径1メートルのラフレシアのように肉厚な花弁の奥から、とめどなく蜜を垂れ流しつづけている。風が吹いて来た。潮の香りがする。生命の源の海。

「どうしたらいいずらね」

「ふんとうに、どうしたらいいらか」

「何が?」

「え、このミウバシラサカ」

「どうやって始末しっか」

「なんでぇ、ほんなこん心配しちょしねぇ、つまらんこんじゃん」

「だって、ほっとくわけにゃあいかんずら」

「いいさよう、俺んとうの知ったこんじゃねえさ」

「ほうけぇ? ふんだって、こんなもんほったらかしにしといたら、犬ん食って死んだりしんらか」

「死ぎゃあしんさよう」

「そうけぇ。……そうだったらいいけんど、でも、死がんでもね、狂犬病にでもなったらことずらよ」

「なんでぇ、なんで狂犬病になるなんて考えるずらか。不思議なこん言っちょしねぇ」

「なんでずら? ちっとも不思議なこんじゃねえさよう。狂犬病だって、狂牛病だって原因はウィルスって言ってるけんど、じゃあ、なんでそのウィルスが出てくるのか、いっさらわからんじゃんけ。ウィルスはね、うじとおんなじもんさ。便所がきたねえと、その汚物を食うためにうじが湧くだよ。それとおんなじこんで、きたねえ処にウィルスが湧くっちゅうこんさ」

「へぇ、そうけぇ。そういうもんけ」

「ほうだよ。ほれにね、ほのウィルスを殺すために色々と薬を飲んだり、注射を打ったりするら? それんまた問題さぁ。薬が効いてるうちゃあ、まだいいけんどもね、もうちっとしたらぜんぜん効かんくなるずらよ」

「何を言うでぇ。でたらめこくじゃん、このばばあは」

「ふんとに。薬ん効かなくなっても次から次へと新薬が出てくるじゃんけ。知らんのけ、ほんなこん常識ずらぁ」

「ああ、ほうさ、ほうさ。だけんどね、あたしの言いたいこんは、薬が毒だってこんだよ。ただ毒を以って毒を制しているにすぎんだよ。つまり、今の医学はまだまだ幼稚ちゅうこんさ」

「ってぇ!! すごいこと言うじゃんけ。今の医学は幼稚だってよ、聞いたけ?」

「ふんとふんと。よくもまぁ、いけしゃあしゃあとでたらめこくばばあだよぉ、このばばあは」

「何言ってるでぇ。嘘じゃないさ、おまんのいつも撒いてる農薬だってそうずら、撒いても撒いても虫ん湧くじゃんけ。新しい農薬に替えた後はしばらくいいけんど、今度はその新しい農薬を食う虫が出てきて、いつまでもイタチごっこじゃんけ。ちがうのけ?いちばんあんたが知ってるら」

「ほりゃあ、ほうだけんどもよ、ほんなこん今さら言ったってしかたねえずら。消費者は虫のついていんくて、土もついていんニスを塗ったような、ぴかぴかの野菜や果物を求めているずら。だから、そういう市場にただ合わせてるっちゅうこんさ」

「じゃ、なんでぇ、自分さえよけりゃお他人さんはどうでもいいっちゅうこんけ?」

「そうとは言っちゃあいんさ。そうとは言わんけんども、こっちもボランティアじゃねえだからさ、……ね、ちっとは大人になれし、いつまでもほんな青いこんゆってるようじゃ、だめさよお」
 
 と、そこでオレは、彼女の姿が見当たらないことに気付いた。まったくおめでたい人間だ。何か、方言の持つ土着の力強さみたいなものに惹かれ、つい聴き入ってしまったのだ。それは、まるでアーシーなブルースを聴いているようなといったら誉め過ぎだろうか。

   とまれ、ブルースは力強い。チョーキング一発でキメてしまう。その一音に己の全存在をかけて、弦を弾く。半音が一切なく、全音が5つ並んだペンタトニック・スケールを用いる装飾性をまったく欠いた、これ以上ないほどにシンプルな表現様式。

   これほど力強い音階もないと思うが、その力強さを得るためには、メロディを捨て去らねばならなかった。逆に言えば、甘ったるいメロディなんかいらない、という訳だ。

   固よりブルースは哀しみを表現するのだから、いや、絶望を表現するのだから甘いメロディで徒に感傷に耽るなどというものとは、対局的な位置に在るわけで、悠長にメロディなど奏でている余裕なんてまったくないからだ。

   ほんとうに絶望している人間は、むろん音楽などやるわけもないが、心理的にも経済的にも抜き差しならない状況の人間は、《悲しくて胸が張り裂けそうだ》と、叫ぶ外ない。

   ブルースは、叫び以外のなにものでもないのだ。こんなエピソードをきいたことがある。ある有名なギタリストが、ほんとうのブルースが出来るのは黒人以外にはありえないと知って、人生に絶望したという。

   ブルースを人生の至高の目的とする求道者である彼が、『色が白いおまえには、ほんとうのブルースなんか出来るはずもない』などと言われたなら、身も世もなく絶望し慟哭するのも当然だろう。しかし、その慟哭こそがブルースそのものなのだ。

 と、彼女のひんやりした手がオレの手のひらの中に滑り込んできた。「何が見えたの?」という言葉は発声される寸前に宇宙の深淵へと吸い込まれ、ふたたび前に向き直ったときには、オレたちはモスのカウンターの前に立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...