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川崎市夜光編

サイボーグおじさんとロボトミー

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   やがて、その偉容を競っているかの如く巨大な橋桁とでもいうべきものが両車線を跨いで中央にずらりと鎮座ましまし、そのせいで見通しが悪く更なる圧迫感を覚える。だが、道路工事などというものは、規模が違えども日常的に見慣れているものでもあるし、先ず全く問題はない。

   先程の橋の上でのように見晴らしが良くとも怖いものは怖い。考えてみると、道路工事は土建屋の仕事なのだ。土木・建築など全く怖くはない、などと大口は叩けないが、自分のイメージのなかではそんな感じだ。電子も大丈夫だが、電気は怖い。火力発電所。殊に水力発電所など考えるだに恐ろしい。

 ……と、左手前方に石油精製所だろうか、物凄いロケーションが広がっている。全くもってこの世のものとは思われない眺め。前門の虎後門の狼といった状況のなかで、さらに屋上屋を重ねるが如きインダストリアルてんこ盛りのこの光景にもう満腹状態。

   自ら虎と狼を求めてやって来たのだから、よくわからない話しだが、しかし、さしずめ眼前に広がる光景は、とぐろを巻いた龍といったところか。

   それも腰が抜けるほどの巨大さだ。受付には、しっかりと警備員の格好をしたおじさん型サイボーグが一点を見つめたまま、微動だにせず着座している。

   ぐんと寄って、広角で狙いたかったが仕方ない。サイボーグおじさんに見つからない程度の位置で甘んずるより外はない。

   少し後退した位置よりカメラを構え、現前する戦慄を記憶とフィルムに焼き付ける。しかし、眼前に横たわる途方もない怪物の荒唐無稽さに、カット数はまるで伸びない。

   圧倒的な存在感の前に、写真など全くの無力だと無意識の内に賢くも理解したのだろうか。

 茫然と立ち尽くしていると、不意にタンクローリー車が道を折れて轟然と前に立ち塞がり、驚いて後ずさるオレを嘲笑うかのように威風堂々と「存在」に向かって進んでゆく。

   やがてある地点で長い車体を翻らせてこちらを向くと、ごろんと横になるようにして停まった。まるで主人と、その主人を護る番犬の図そのものではないか。

   だとしたなら、こちらの存在を危険分子と既に認識した上での行動と考えるのが、妥当だろうか。

   カメラを構えたのがまずかったのか。いったい、何トンだろう。どでかいタンクローリーの下敷きにされてはたまらない。

   が、そうなると俄然撮らねばという気が起こり、ズームの70ミリ側で全体を一発、210ミリで聳え立つ怪物の尖塔部分を素早く一発切り撮った

   何の化身やら知らないが、たとえどんなにでかかろうが、動けない存在なのだから狙い撃ちされるのを最も忌み嫌う筈で、その為の番犬という訳だろうか。

   長居は禁物と早々に通用口前を通り過ぎるや、思い出したようにどっと、発汗する。

 道路を隔てた右手前方にもガスタンクらしきものがちらほら見える。どうやらここら辺一帯は、石油精製工場が多いようだ。立ち止まっては、それらを撮る。

   殊に近未来風な煙突から白煙がたちのぼっている図には、そそられるものがある。だが、がんがんとひきもきらずに往き交うサイボーグ・トラックに邪魔され、何カットも失敗を繰り返す。

   しかし、怪我の功名で動体ブレも却って迫力があって面白いかもと思い直し、敢えてスローシャッターに設定し、ブラして撮りまくる。

   とはいっても、別段これだというカットがあるわけでもなく、単にひっきりなしに後ろからがんがんやって来られると、強迫的に思わずレリーズしてしまう、というのが本当のところだ。

   しかし、無論真に強迫観念を生じさせるのは、この場全体のアトモスフィアであって、自ら禁断の場に足を踏み入れておきながら、一刻も早くこの場から立ち去りたいと思いながらも逃げかえらないのは、単にもう戻るにしては奥へと入り込み過ぎてしまったからに過ぎない。

 とにかく進むしかないのだ。額から汗が滴り落ちてくる。汚れたハンカチを取り出すのももどかしく、右手の甲で拭う。

   ド派手なプリントシャツの襟首も、べとついている。もうどれくらい歩いただろうか。頭がぼうっとしてくる。

   またぞろ、何の為にここにこうしているのか、などと考えている。目的は何だったのか。いや、はなから目的などなかったのではないか。

   いつも行き当たりばったりなのは、いつでも戻れるという安心感があるからではないか。だが、いつも必ず戻ることが出来るとは限らないのではないか。

   日常にもう戻れないとしたら。だが、そんなことがあるだろうか。それこそ恐ろしいことではないか。いつでも現実に立ち返れるという想いは、甘えではないか。

   それでもまだ進むつもりなのか。今ならまだ間に合うかもしれない。そんなことを考えながらも、何者かに引きずられるようにして足を運ぶ。

 頭上からバリバリとリベットを打つような音が降って来る。もうそこには、剥き出しの巨大な橋桁の姿はなく、等間隔に置かれた橋桁は長い筒状の構造物によって繋ぎ合わされ、そのチューブの中から音が降って来るのだった。きっとこの中で、ロボトミーが行われているに違いない。

 すると、そのリベットを打つような音に紛れて何か有機的な音が聴こえてくる。いや、音というよりも単にリズムだ。

   蒸気機関のシリンダのピストン音と、スチームの吹き出る音だろうか。それが、まるでリズムを刻むドラムのようにあるパターンを繰り返している。

 シューシュポ、シューシュポ、シューシュポ、シューシュポ

 ポンシュ、ポンシュ、ポポンシュ、ポンシュ

 シュポッポッポポー、シュポポポ、シュポポン


   やがてそれらの明るい調子が一変し、複雑なのか単調なのかわからないような、パルス音が聞こえ出すや、オレは不意に眩暈を覚えた。

   それでもなぜかそれに抗うようにして、パルス音を視覚で捕えようとでもするかのようにファインダーを覗く。

   すると、矩形の枠の中で、波打際にぽつんとたたずむ自分の姿が見えた。


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