パスティーシュ

トリヤマケイ

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同化

ノウゼンカズラ

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   その男は、物言わぬ壁に向かって、日がな一日何事がしゃべりつづけていた。

  そういえば、その男は多摩川の河川敷でたぶん大容量の機器やら制御盤の入った大型のキャビネットと対峙して、滔々と地球の危機に関してキャビネットに語っていた、その人と同じにおいがした。

  というか、同一人物かもしれない。

  その時は、強風に負けまいとして大声を張り上げていたためなのか、怒鳴っているように思えたが、今回は心の声をそのまま喋っているようなとても内省的なつぶやきみたいな感じなのであり、しゃべっているその声は聞こえはするが、何を言っているのか理解しがたかった。

    その、物言わぬそれこそ神のような存在のキャビネットに吐き捨てるように叩きつけていた聞きたくもなかった地球の危機とやらは、SDGsを声高に提唱しなければならないほどに現実的な危機を間近に控えている地球を救うためのものではなく、宇宙からの地球外生物の侵略に関してだったように記憶している。

    聞きたくもないものは、記憶されないなどということもないようだが、今眼下に見えている人の呟きは、何を喋っているのかわからないがゆえに何やら気になってしまうのだった。

    そんな事が今までに憶えているだけでも二度ほどあった。ひとつは、若い頃ヤンチャしすぎたおじさんの昔語り。

   どんな悪さをしていたのか、知りたくて仕方なかった。かなりの年配の人だったが、それはバイトの送迎バスでの中での話だ。東京リベンジャーズなんて真っ青なすごいエピソードが聞きたくてしょうがなかった。

   日給6,000円。9時5時でそれだけしかお金にならない、そんな最底辺のバイトだった。

   そのおじさんは、片目が潰れていて丹下団平みたいなパッチをすることもなく、仕事をしていた。きっと喧嘩でやってしまったのかもしれないと思った。

   あともうひとつは、新型のまったく未知な感染症の最初の爪が世界を襲った時に、まるで70年代のオイルショックの時みたいにスーパーに長蛇の列が出来た時のことだった。

   やっとスーパーの店内に入れたはいいけれど、店側も初めての事態にお客を的確に捌くことが出来ず、とんでもなく長い列と短い列が普通にあって、並んでいる人たちはそれにすら気づかなかったが、運悪く長い列に並んでしまった自分の前の女性客が危機的状況で恐怖を紛らわそうと口が軽くなり、見知らぬ人と喋り続けていたのだ。

  マダム風な女性が、2人の若い女性たちにこの危機的状況をどのようにして乗り越えていけばいいのか、たぶん、そんな話をしていたのだと思う。

  この時にもまたどんな事を話しているか知りたかったのだが、このマダム風な女性がさも危機管理に長けているみたいな感じで、会話ではなくまるでレクチャーしているかのように話していたので、聞いてみたかったのだ。


  話は戻る。

  ある日、その呟き男に仲間ができた。

   新人のそいつは、その男が詩人か、偉大なる預言者であるとの認識があるらしく、壁に向かって矢継ぎ早に放たれる男の言葉を、必死になって大学ノートにメモっていた。

  iphoneにでも録音すりゃ簡単だろうにと思うのだったが、天才の御言葉を筆記することに意義があるのかもしれない。まさに迷コンビといったところだ。

 ナルミは高みの見物よろしく彼らを四階の部屋から眺めているわけなのだが、きょうもまたふたりは律儀に自分たちの仕事をこなしている。

  そんなふたりを眺めているナルミも相当な暇人なわけなのであり、頬杖をつき、あるいはタバコを燻らせながら、いつもと同じ光景の一部となりきるアンニュイな午後のひとときが、たまらなくいとおしく思えた。

 しかし、ある日を境に彼らは、忽然と消えてしまうのだった。

 ナルミは、ソファに座りオニツカタイガーの虎の顔が大きくプリントされた唐草模様のバッグを開いて、読み止しの文庫本を取り出す。

 ジュリアン・ソレルとレナール婦人の物語。読みながら、向かいのキッチンの窓で矩形に切り取られた清掃工場の巨大な煙突やら、地平線に白く霞む石油コンビナートを目を細めてちらちらと窺い見る。

 海が青いのは、空が青いからだというが、哀しみが滲んでいるような東京の灰色の空は、やっぱり鉛色の街が反射しているからなのだろうか。

 そして、きょうもナルミは、エルサルバドルになりきって、詩作に耽けってゆく。

雨音に風が揺れ 
後れ毛がしんなりと香り立つ頃 
光りの器は罅割れた
鉄の味がするという 
古の昔より言い伝えられてきた
鳥の鎖骨の灰占い 
あるべきところにある性器のよう 
存在とは時間 
大地は揺れ動き 
舞い上がる炎の飛沫 
気付くと眸のなかにあなたはいない 
もっと燃えろ

白い雨が燃え上がる 
光りが笑ってる 
叫んでいる影 
命ある限り 
ああわかるという 
その気持ち 
あるべきところにない器官 
ゼロの行進 
夢を放ちつつ飛翔する
天使の目尻からこぼれおちる涙 

嬲る者と嬲られる者の設定 
鉄の味のする口蓋に
ノウゼンカヅラ 
いったい誰が感ずるのか 
あなたはいない
口いっぱいのノウゼンカヅラ 

山が泣く   


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