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同化
バケモノ
しおりを挟む「ねえ、あなた、なにぶつぶついってるの? さっきからずっと独り言いってるわよ。自分じゃ、気づいてないでしょ?」と、だしぬけに彼女がいう。
ナルミは、驚いてしまう。
「え! そうなんですか。ぼくは、キーボード打ってませんよ、ぜんぜん。だとしたら、ちょっと怖くもありますね、これ。思いが、そのまま思考する早さで文字になっていくなんて」
「まあね」
「あなたのこころも、これで読み取れたらいいんですけど。なんて……」
暫しの沈黙のあと、
「OK、じゃあ、ほんとうのことを教えてあげる」と、彼女は、話しはじめた。
彼女が、タッチタイプしているのか、思考がそのままテキスト化されているのかは、わからない。
「実は、あなたこそ、私の捜していた詩人なの。わかってる。あなたは、詩人になりすましたつもりでいるんでしょうけど、まさにあなたが、その詩人本人なんだから、誰もあなたを疑ったりしないわよ」
「え! そういわれてもピントこないんですけど。どういうこと? ぼくが、詩人本人? ぼくがほんもののエルサルバドルさん?」
しかし、ナルミは、エルサルバドルなんて名で、詩を投稿したことなんてないし、そもそも詩作なんてしたこともないと訝しんだ。
高校の頃なら書いた記憶もあるが。でも、それが真実だとしたならば、自分で、自分になりすましていた、というどうにも笑えない喜劇なのだった。
「でもまたなぜ、あなたはぼくに接触してきたのでしょう? あなた、ぼくを特定してきたのですよね? いったい、あなたの目的はなんなのですか?」
「目的? まだ、わからないの? あなたは、わたしで、私は、あなたなの。私は、もうひとりのあなたなのよ。だから、あなたのいくところには、私もいるってわけ。当たり前の話でしょ? あなたは、とにかく周りに天才だと囃し立てられて、傲慢になってたのよ。
それで詩がだんだん腐ってきたの。慢心が腐臭を放つようになってきたってわけ。もうみていられなかった。だから、すべて消してやったのよ。一からやり直してほしかったの」
わけがわからなかった。
どこまでがほんとうで、どこからウソなのか。どこまでがウソで、どこからほんとうなのか。
「そうだ。あなたに聞きたかったことがあるんです。単刀直入に聞いていいでしょうか」
「どうぞ。わたしでわかることなら、なんなりと」
「ありがとうございます。じゃ、とっても不躾な質問で恐縮なんですが……あなたは……どうして……その……」
「バケモノと呼ばれているのか、でしょ?」
「あ、はい」
「それは。みんなと同じではないからよ」
「ぼくには、まったくフツーに見えますけど?」
「外見ではないの」
「じゃあ、なにが?」
「ほんとうのことしか言わないからじゃないかしら。みんなウソで塗り固めているのよね。ていうか、自分がウソをついているかどうかすら、わからない、ウソをつくことが当たり前だから。
そもそも存在の基盤にウソがあるんだろうから、仕方ないけど、その自分のウソに気づかない方が、しあわせなのかもね。なあんて、あたしは思わないのよ。
どうせ、いつかは精算しなくちゃならないのなら、早い方がいいでしょ?」
なにか、うまく受け流されてしまった。というか、わけがわからない。
あいつは、詩の素養のありそうなやつを見つけると、詩作をガンガンやらさせて、言葉を破壊させ、あげくの果てには、性の虜にして廃人同様にしてしまうらしい。
ターゲットは、若い男だけで、女性は歯牙にもかけないようだ。そんな噂が、まことしやかにネット上で囁くように呟かれていた。
それは、わかりやすく具体的な内容であり、あたかも信憑性のある事実のように語られているようだが、その敷衍されたことが逆に言えば疑わしくもあった。
リアルも実は虚々実々だが、バーチャルはさらに輪をかけて虚々実々、玉石混淆だけれど、結局それこそが実相なのだろう。
まあ、それはともかく、あいつとはむろん彼女のことだろう。
たしかに不思議だった。詩人の大ファンである彼女が、一遍の詩も保存してなかったとは。
あるいは、ハナからでたらめだったのか。ナルミは、自分はただ踊らされただけなのかと思った。
彼女は、ぼくのことを知っていたのか? だから、パートカラーを施したのか? あの赤は、化けものの危険度を表わしていたわけではなかったのか。
そんな詩人など、はじめから存在しなかった?
チャットでは、彼女の息がかかったやつが、詩人の話題を振るやつ、つまり、自分を待ち伏せしていた?
しかし、なぜ? なぜまた、彼女は、そんな手の込んだことをしたのだろう。彼女の言う通り、周りから天才だカリスマだとチヤホヤやされて奢ってしまい、手のつけられないモンスターになりかけていたのかもしれない。
そうだとしたら、そんな姿を見るに見かねて彼女は、思い切った手を打ったというのはかなり説得力のある話だ。しかし。
「私は、あなたで、あなたは、私なの」とは、なにかの符牒なのだろうか?
あるいは、彼女は自分の守護霊とかなのだろうか、とナルミは思った。
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