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ナルミ
ルシフェル2
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この壮絶な光景にいちばん適切なオノマトペは、めりめりめり、だろうか。たぶん、ぬるぬるぬるではないだろう。
入るわけもないと思っていた、おねいさんの拳は、もうすでに半分くらいおねいさんのなかに入ってしまっているのだった。
しかし、考えてみれば、赤ちゃんの頭が通るはずなのだから、さほど驚くことでもないのかもしれない。
ちなみに、生まれたての赤ちゃんの脳は直径10センチくらいらしい。頭の鉢の周囲の長さは33センチほどのようだ。まあ、個体差はあるだろうが。
赤ちゃんの頭ほどもあるその拳は、いつのまにか星の王子さまに出てくるゾウを丸呑みするウワバミのようなそれに、文字通り丸呑みされてしまった。
そして、そうなってしまうと、拳は丸呑みされたのではなく、まるで大地の裂け目に根を張った一本の樹木のように見えてくるのだった。
股から樹を生やしたおねいさんは、いや、おねいさんの股に生えた樹は、またたくまに緑の若葉を繁らせる。
これならば炎天下であろうとも、常に木蔭と、光合成による出来たてほやほやの酸素を提供してくれるであろうことを約束されているようなものだ。
しかし、あくまでも貪欲なおねいさんは、それだけでは物足りないようで、右の手首を左手で掴み、ゆっくりと抜き挿ししはじめるのだった。
それは、ちょうど自分の身体を自分の手で持ち上げているような感じに見えた。
やがて、この遊びにも飽きたのか、ドサッという音とともに、ほんとうのユカがどこからか、落ちてきた。
いや、ユカははじめからここにいたのかもしれない。おねいさんは、ユカの身体を使っていたらしい。顔と胸は幻影だったのだ。
ユカは、覚醒するとちょっとしたパニックになった。
「なに、これ!!」
ユカがそういうのも、むりはない。驚くべきことに、自分の右手の拳が、ズボッと自分の股間に突き刺さっているのだから。
ユカは、必死に抜こうとするのだけれど、手首まで埋まってしまったものは、いっかな抜けないのだった。
「手の力を抜いてよ、拳を握りしめないで。握ってるから、出てこないんだから」そういって、ナルミは練馬大根を引き抜くようにして、ユカの腕をずるりと抜いた。
すると、それがたまらない快感だったようで、ユカは一気にのぼりつめ、まるで思い切り振った直後のビールの栓を抜いたときみたいに、或いはメントスコーラみたいな凄まじい勢いで潮を吹いた。
それはもう、すさまじい勢いだった。もしかしたら、シロナガスクジラなんかよりも凄かったかもしれない。
ところで、おねいさんは、どうしたのだろう。どこに消えたのか。いや、どうせこの光景を見ながら、腹を抱えて笑っているにちがいなかった。
あるいは、潮吹きの直撃を受けたかもしれない。そう思ったらナルミは、笑ってしまった。
だが、問題がまだあった。
「いい? いまからここにある男がやってくるの。そして、そいつは、君にある願い事をする。で、君はその願い事を叶えてあげてほしいの」
この件が、まだ終わっていないのだ。すると、果たして、またわけのわからないキャラクターが登場する。
今度のヤツは、白のツナギを着ていた。自動車修理工のお兄さん、みたいな設定らしい。手には、お約束のスパナが握られている。
そして、同じように遠慮会釈なく、いきなりナルミに話しかけてくるのだった。
「お待たせいたしました。さあ、それでは、早速ですがあなたにお聞きしたいことがあります。あなたは、刹那刹那において、ものごとを決めていくことができますか?
それが、ほんとうに適切な判断かどうかは、難しいところでしょうが、とにかくひとつひとつ、物事を決めていくことができるかどうか。
あるいは、それは取捨選択というものでも構いません。要は、決めていくことができますか? その決断力の有無を、まずはあなたにお聞きしたい」
なんなんだろう、この人はとナルミは思う。ああ。たぶんこの人は、ヒトではないのかもしれない。イソギンチャクとか? 数の子天井? あるいは、アメフラシの類いなのかもしれない。
海などないけれど。つまり、ナルミは、またぞろ例の彼ではないのかと疑っているわけだ。
お兄さんは、さらにいう。
「その決断力の有無をお聞きしたうえで、あなたにできると判断した場合には、あなたにお願いしたいことがあります」
ザーッという雨音にナルミは、後ろを振り返った。
ほぼ馬蹄形状にくり貫かれたような洞穴の黒い額縁の向こうで、滝のように雨が降っていた。
土砂降りという、語感がナルミはなぜか好きだった。そのなんというか、飾らない潔さみたいなところが。
その土砂降りの雨の幕で、洞穴はいままさに閉じられたかのようだった。
「いや、おどろいた。てか、おどらでく? 余談だけど、カフカの「父の気がかり」に出てくるオドラデクだけど、あれは、記憶のことだと私は考えています。自分でオドラデクと名乗るけったいなヤツだけど、ところであなたは、素晴らしい決断力をお持ちのようだ」
「あの。まだなんとも答えてないのですけれど」
「いや、そう判断させていただいても、まずまちがいないでしょう。いえ、当てずっぽうやら、当て推量でいっているわけではないのです。さきほどから、あなたの目を見ていて、わかったのです。あなたのその鳶色の眸。実に実に美しい。
きみの双眸は、一億万ボルト。つまり、片目で五千万ボルトですか。あの「ヴェニス死す」の美少年タジオのように、湖水の佇まいのような静けさと、憂いを含んだその眸に、ぼくは……ぼくは……ああ……失礼いたしました。私情をついついさし挿んでしまいました。
さて。本題に入ります。このわたしたちの地球で、毎日何人の尊い命が、失われているか、ご存じでしょうか?
飢えで五秒に一人の割合で子どもたちが死んでいるという紛れもない事実に、あなたは、震撼せずにいられますか?
一時的な義援金程度ではどうにもならない問題ですね。いったいどうしたら貧しいものと富めるものとの経済格差がなくなるのでしょうか。
付け焼刃的な政策などでは、是正されるわけもありません。そして、それだけではありません。資源・エネルギーの枯渇、地球温暖化による環境破壊。
確実に地球は、蝕まれているのです。今世紀中には人類の生存が脅かされる状況にまで至っているのです。今まさに人類は、未曾有の危機に瀕しているのですよ。
ですから、人類は安閑としていられるような状況ではまったくありません。小競り合いや、戦争などといったものは論外です。実は、もう後がないといった、もはや待ったなしの危機的状況なのですね。
この深刻な問題を解決するために専門分野の方たちが日夜研究を重ねているわけなのですが、私たちは、もっと抜本的な解決方法こそが必要だと考えているのです。
つまり。単刀直入に申しますと、かの有名なナザレの聖者のように世界の罪穢れを、贖っていただきたいのです。
そう。ご聡明なあなたさまなら、もうおわかりかと思いますが、つまりは、あなたさまの命と引き換えに、贖罪していただきたい。これが、わたしどものお願いです」
ナルミは、しばし絶句した。そして、やがてこういった。
入るわけもないと思っていた、おねいさんの拳は、もうすでに半分くらいおねいさんのなかに入ってしまっているのだった。
しかし、考えてみれば、赤ちゃんの頭が通るはずなのだから、さほど驚くことでもないのかもしれない。
ちなみに、生まれたての赤ちゃんの脳は直径10センチくらいらしい。頭の鉢の周囲の長さは33センチほどのようだ。まあ、個体差はあるだろうが。
赤ちゃんの頭ほどもあるその拳は、いつのまにか星の王子さまに出てくるゾウを丸呑みするウワバミのようなそれに、文字通り丸呑みされてしまった。
そして、そうなってしまうと、拳は丸呑みされたのではなく、まるで大地の裂け目に根を張った一本の樹木のように見えてくるのだった。
股から樹を生やしたおねいさんは、いや、おねいさんの股に生えた樹は、またたくまに緑の若葉を繁らせる。
これならば炎天下であろうとも、常に木蔭と、光合成による出来たてほやほやの酸素を提供してくれるであろうことを約束されているようなものだ。
しかし、あくまでも貪欲なおねいさんは、それだけでは物足りないようで、右の手首を左手で掴み、ゆっくりと抜き挿ししはじめるのだった。
それは、ちょうど自分の身体を自分の手で持ち上げているような感じに見えた。
やがて、この遊びにも飽きたのか、ドサッという音とともに、ほんとうのユカがどこからか、落ちてきた。
いや、ユカははじめからここにいたのかもしれない。おねいさんは、ユカの身体を使っていたらしい。顔と胸は幻影だったのだ。
ユカは、覚醒するとちょっとしたパニックになった。
「なに、これ!!」
ユカがそういうのも、むりはない。驚くべきことに、自分の右手の拳が、ズボッと自分の股間に突き刺さっているのだから。
ユカは、必死に抜こうとするのだけれど、手首まで埋まってしまったものは、いっかな抜けないのだった。
「手の力を抜いてよ、拳を握りしめないで。握ってるから、出てこないんだから」そういって、ナルミは練馬大根を引き抜くようにして、ユカの腕をずるりと抜いた。
すると、それがたまらない快感だったようで、ユカは一気にのぼりつめ、まるで思い切り振った直後のビールの栓を抜いたときみたいに、或いはメントスコーラみたいな凄まじい勢いで潮を吹いた。
それはもう、すさまじい勢いだった。もしかしたら、シロナガスクジラなんかよりも凄かったかもしれない。
ところで、おねいさんは、どうしたのだろう。どこに消えたのか。いや、どうせこの光景を見ながら、腹を抱えて笑っているにちがいなかった。
あるいは、潮吹きの直撃を受けたかもしれない。そう思ったらナルミは、笑ってしまった。
だが、問題がまだあった。
「いい? いまからここにある男がやってくるの。そして、そいつは、君にある願い事をする。で、君はその願い事を叶えてあげてほしいの」
この件が、まだ終わっていないのだ。すると、果たして、またわけのわからないキャラクターが登場する。
今度のヤツは、白のツナギを着ていた。自動車修理工のお兄さん、みたいな設定らしい。手には、お約束のスパナが握られている。
そして、同じように遠慮会釈なく、いきなりナルミに話しかけてくるのだった。
「お待たせいたしました。さあ、それでは、早速ですがあなたにお聞きしたいことがあります。あなたは、刹那刹那において、ものごとを決めていくことができますか?
それが、ほんとうに適切な判断かどうかは、難しいところでしょうが、とにかくひとつひとつ、物事を決めていくことができるかどうか。
あるいは、それは取捨選択というものでも構いません。要は、決めていくことができますか? その決断力の有無を、まずはあなたにお聞きしたい」
なんなんだろう、この人はとナルミは思う。ああ。たぶんこの人は、ヒトではないのかもしれない。イソギンチャクとか? 数の子天井? あるいは、アメフラシの類いなのかもしれない。
海などないけれど。つまり、ナルミは、またぞろ例の彼ではないのかと疑っているわけだ。
お兄さんは、さらにいう。
「その決断力の有無をお聞きしたうえで、あなたにできると判断した場合には、あなたにお願いしたいことがあります」
ザーッという雨音にナルミは、後ろを振り返った。
ほぼ馬蹄形状にくり貫かれたような洞穴の黒い額縁の向こうで、滝のように雨が降っていた。
土砂降りという、語感がナルミはなぜか好きだった。そのなんというか、飾らない潔さみたいなところが。
その土砂降りの雨の幕で、洞穴はいままさに閉じられたかのようだった。
「いや、おどろいた。てか、おどらでく? 余談だけど、カフカの「父の気がかり」に出てくるオドラデクだけど、あれは、記憶のことだと私は考えています。自分でオドラデクと名乗るけったいなヤツだけど、ところであなたは、素晴らしい決断力をお持ちのようだ」
「あの。まだなんとも答えてないのですけれど」
「いや、そう判断させていただいても、まずまちがいないでしょう。いえ、当てずっぽうやら、当て推量でいっているわけではないのです。さきほどから、あなたの目を見ていて、わかったのです。あなたのその鳶色の眸。実に実に美しい。
きみの双眸は、一億万ボルト。つまり、片目で五千万ボルトですか。あの「ヴェニス死す」の美少年タジオのように、湖水の佇まいのような静けさと、憂いを含んだその眸に、ぼくは……ぼくは……ああ……失礼いたしました。私情をついついさし挿んでしまいました。
さて。本題に入ります。このわたしたちの地球で、毎日何人の尊い命が、失われているか、ご存じでしょうか?
飢えで五秒に一人の割合で子どもたちが死んでいるという紛れもない事実に、あなたは、震撼せずにいられますか?
一時的な義援金程度ではどうにもならない問題ですね。いったいどうしたら貧しいものと富めるものとの経済格差がなくなるのでしょうか。
付け焼刃的な政策などでは、是正されるわけもありません。そして、それだけではありません。資源・エネルギーの枯渇、地球温暖化による環境破壊。
確実に地球は、蝕まれているのです。今世紀中には人類の生存が脅かされる状況にまで至っているのです。今まさに人類は、未曾有の危機に瀕しているのですよ。
ですから、人類は安閑としていられるような状況ではまったくありません。小競り合いや、戦争などといったものは論外です。実は、もう後がないといった、もはや待ったなしの危機的状況なのですね。
この深刻な問題を解決するために専門分野の方たちが日夜研究を重ねているわけなのですが、私たちは、もっと抜本的な解決方法こそが必要だと考えているのです。
つまり。単刀直入に申しますと、かの有名なナザレの聖者のように世界の罪穢れを、贖っていただきたいのです。
そう。ご聡明なあなたさまなら、もうおわかりかと思いますが、つまりは、あなたさまの命と引き換えに、贖罪していただきたい。これが、わたしどものお願いです」
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