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ナルミ
等価交換
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聞いたことがあるかもしれないが、自分の死を自覚しないまま亡くなったケースでは、つまり突発的な事故によるために死を受け容れる余裕もないまま、いわゆる即死といった場合は、本人はむろん自分はまだ生きているとしか思えないので、ずいぶんと変な感覚になる、らしい。
ここでは、死の世界であるとかいわゆるオカルト方面へと話は向かわず、トラ転界隈の話になっていくが、まさにナルミはトラ転のそれであり、スーパーカブに乗って自由が丘の駅に向かっている際に、交差点で信号無視してそのまま突っ込んできた巨大な白いハマーにはねられて、リアルの世界からいったんは消滅し、異世界へと飛ばされた。
しかし。あまりにもアリサへの思慕の情が強かったのかもしれない、アストラル体となったナルミは転移先のどこだかわからない異世界の大草原の真っ只中に新しい肉体だけ残して瞬時にリアルな世界へと舞い戻ってきたのだった。
ナルミ本人は、交差点でハマーH2のデカい車体が猛スピードで突っ込んでくるのを横目に捉えたまではなんとなく憶えているが、そこからの記憶が途切れている。
なので、そのブラックアウトだかホワイトアウトした記憶のブチ切れ方から、もしかしたら自分は死んだのかもしれないと死を自覚したものの、霧がかかったように意識が朦朧としていて視点すら定まらない状況だった。
ただ、何度か線香花火みたいに富良野みたいな大草原がチカチカと脳裏にフラッシュバックした。記憶が遮断された後の新しい記憶かもしれないと思った。
自分がどこにいるのか、ほんとうに死んでいるのか、はっきりとした揺るぎない確かなものがない、何もかもが霞みを掴むような不確かなものばかりだった。
現実世界では、肉体という牢獄に押し込められて容姿に悩み、見てくれとジェンダーの差異に苦しみ、差別や偏見に怒りを覚えていたが、肉体を失ってしまったらしい今、拠り所となるものがないという喪失感は、恐怖するほど心もとないものだった。
大海に浮かぶ朽ちた一本の幹であろうとも、一葉の病葉であろうとも、掴まるものが何もないということはこれほど不安で心細く頼りないものなのかと、ナルミは痛切に実感した。
そして、ナルミは物理法則を無視して中空にポカリと浮かんでいるルネ・マグリットの岩みたいに自分が浮いてることに今さらながら気がついた。
そういえば、最初から地に足がついていなかった。浮かんでいながら自分では意識していないけれど、恣意的に右へ左へとゆなゆなと中空をたゆたっていた。
当然のことながら、人間技ではない。もとの自分の肉体はごく薄くではあるけれど確認できるものの、街角の赤いポストや道往く人の背中に手で触れても、なんの手ごたえもなかった。ことごとく手や腕が突き抜けてしまうのだ。むろん、声をあげても誰も見向きもしない。
にわかには信じられなかったが完璧に自分は死んだのだとナルミは自覚した。それもたぶん、即死だっだのだろうと思った。しかし、コギトエルゴスムだったか「我思うゆえに我あり」なのだから、ナルミの自我はあるらしい。
そして、過去の記憶も漠然としてはいるけれども何も思い出せないような、真っ白な状態ではない。ただしかし、このわけのわからない状況から鑑みるに、何か理由があってこんな中途半端な状況になっているのだろうが、その肝心の理由がわからないのだ。
一説によると成仏できない霊は、行きどころを求めて現界を彷徨っている、みたいなことを聞くがどうなんだろう。ナルミには目的もなく行きどころがないので、仕方なく彷徨っているという感じはしないのだった。
行く先は決まっている。しかし、それがどこなのかわからない。そんな状態のまま、何日経ったのか何ヶ月経ったのかさえ、わからない。
だが、やがて昼も夜もないほど愛しい人がいたことを思い出した。宝石のようなそんな愛する存在がいたことを思い出した。その面影は未だ思い浮かべられないが、確かにその人はいる。だからその人を忘れられなくて、逢いにきたのではないか。
ナルミは、答えについに到達したように思えた。愛する人に再びめぐり逢うために、この世界にまたやってきたのではないかということ。
ほんの一瞬だが富良野みたいな果てしなく続く大草原の真っ只中にいたはずの自分の記憶は、夢だったり妄想ではなく、実際に自分がハマーH2にはねられて飛んでいった異世界だったのではないかとナルミは思った。
ただ、なんでもありの異世界の話でも、その転移先からまたトンボ返りするには、それ相応の条件があったのかもしれないと思ったのだが、たぶん一度どこでもいいから仕切り直しに転移させただけだったのではないだろうか。
それで思い出したのは、ピトーとの闘いでゴンが己れの成長と残りの寿命を前借りすることによって急激に成長してピトーを倒したというエピソードで、もしかしたならナルミは、そんなことからヒントを得て自分の寿命を投げ出して、アリサ(タロウ)と一緒になりたいと思っていたのかもしれない。
そこには、肩身の狭い同性同士のカップルで世間様から白い目で見られるよりは、ほんとうにアリサと一体になってしまいたいという想いがあったのではないだろうか。
となると、ハマーが信号無視したのではなく真逆であり、ナルミが信号無視して一気に交差点にハマーめがけてフルスロットルで進入していったのかもしれない。信号無視しているのだから、ハマーが突っ込んでくるのは当たり前の話なのだ。
ここでは、死の世界であるとかいわゆるオカルト方面へと話は向かわず、トラ転界隈の話になっていくが、まさにナルミはトラ転のそれであり、スーパーカブに乗って自由が丘の駅に向かっている際に、交差点で信号無視してそのまま突っ込んできた巨大な白いハマーにはねられて、リアルの世界からいったんは消滅し、異世界へと飛ばされた。
しかし。あまりにもアリサへの思慕の情が強かったのかもしれない、アストラル体となったナルミは転移先のどこだかわからない異世界の大草原の真っ只中に新しい肉体だけ残して瞬時にリアルな世界へと舞い戻ってきたのだった。
ナルミ本人は、交差点でハマーH2のデカい車体が猛スピードで突っ込んでくるのを横目に捉えたまではなんとなく憶えているが、そこからの記憶が途切れている。
なので、そのブラックアウトだかホワイトアウトした記憶のブチ切れ方から、もしかしたら自分は死んだのかもしれないと死を自覚したものの、霧がかかったように意識が朦朧としていて視点すら定まらない状況だった。
ただ、何度か線香花火みたいに富良野みたいな大草原がチカチカと脳裏にフラッシュバックした。記憶が遮断された後の新しい記憶かもしれないと思った。
自分がどこにいるのか、ほんとうに死んでいるのか、はっきりとした揺るぎない確かなものがない、何もかもが霞みを掴むような不確かなものばかりだった。
現実世界では、肉体という牢獄に押し込められて容姿に悩み、見てくれとジェンダーの差異に苦しみ、差別や偏見に怒りを覚えていたが、肉体を失ってしまったらしい今、拠り所となるものがないという喪失感は、恐怖するほど心もとないものだった。
大海に浮かぶ朽ちた一本の幹であろうとも、一葉の病葉であろうとも、掴まるものが何もないということはこれほど不安で心細く頼りないものなのかと、ナルミは痛切に実感した。
そして、ナルミは物理法則を無視して中空にポカリと浮かんでいるルネ・マグリットの岩みたいに自分が浮いてることに今さらながら気がついた。
そういえば、最初から地に足がついていなかった。浮かんでいながら自分では意識していないけれど、恣意的に右へ左へとゆなゆなと中空をたゆたっていた。
当然のことながら、人間技ではない。もとの自分の肉体はごく薄くではあるけれど確認できるものの、街角の赤いポストや道往く人の背中に手で触れても、なんの手ごたえもなかった。ことごとく手や腕が突き抜けてしまうのだ。むろん、声をあげても誰も見向きもしない。
にわかには信じられなかったが完璧に自分は死んだのだとナルミは自覚した。それもたぶん、即死だっだのだろうと思った。しかし、コギトエルゴスムだったか「我思うゆえに我あり」なのだから、ナルミの自我はあるらしい。
そして、過去の記憶も漠然としてはいるけれども何も思い出せないような、真っ白な状態ではない。ただしかし、このわけのわからない状況から鑑みるに、何か理由があってこんな中途半端な状況になっているのだろうが、その肝心の理由がわからないのだ。
一説によると成仏できない霊は、行きどころを求めて現界を彷徨っている、みたいなことを聞くがどうなんだろう。ナルミには目的もなく行きどころがないので、仕方なく彷徨っているという感じはしないのだった。
行く先は決まっている。しかし、それがどこなのかわからない。そんな状態のまま、何日経ったのか何ヶ月経ったのかさえ、わからない。
だが、やがて昼も夜もないほど愛しい人がいたことを思い出した。宝石のようなそんな愛する存在がいたことを思い出した。その面影は未だ思い浮かべられないが、確かにその人はいる。だからその人を忘れられなくて、逢いにきたのではないか。
ナルミは、答えについに到達したように思えた。愛する人に再びめぐり逢うために、この世界にまたやってきたのではないかということ。
ほんの一瞬だが富良野みたいな果てしなく続く大草原の真っ只中にいたはずの自分の記憶は、夢だったり妄想ではなく、実際に自分がハマーH2にはねられて飛んでいった異世界だったのではないかとナルミは思った。
ただ、なんでもありの異世界の話でも、その転移先からまたトンボ返りするには、それ相応の条件があったのかもしれないと思ったのだが、たぶん一度どこでもいいから仕切り直しに転移させただけだったのではないだろうか。
それで思い出したのは、ピトーとの闘いでゴンが己れの成長と残りの寿命を前借りすることによって急激に成長してピトーを倒したというエピソードで、もしかしたならナルミは、そんなことからヒントを得て自分の寿命を投げ出して、アリサ(タロウ)と一緒になりたいと思っていたのかもしれない。
そこには、肩身の狭い同性同士のカップルで世間様から白い目で見られるよりは、ほんとうにアリサと一体になってしまいたいという想いがあったのではないだろうか。
となると、ハマーが信号無視したのではなく真逆であり、ナルミが信号無視して一気に交差点にハマーめがけてフルスロットルで進入していったのかもしれない。信号無視しているのだから、ハマーが突っ込んでくるのは当たり前の話なのだ。
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