パスティーシュ

トリヤマケイ

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ナルミ

因果律

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   ナルミ自身はもちろん知る由もないが、ずっと以前から、といっても生半可な以前ではなく、前世からナルミとアリサ(タロウ)は、恋人同士だったのだ。

   なので、アリサの中にナルミはずっと棲んでいた。そのため、アリサは自分を多重人格だと思っていたというわけなのだった。アリサにはそんなことがわかるはずもなかったし、わかったとしても信じられないだろう。

   アリサ(タロウ)は、カメラが趣味だがそのカメラ自体や写真が好きというのも多分にナルミの影響なのだった。それに、タロウが女性専用車両にぎっしりと乗った女性たちを見て恐怖におののいたわけも、そこら辺にありそうだと憶測できる。

   ただ、なぜまたナルミが女性専用車両に恐怖を覚えたのか。そして、それはすし詰めのようになった女性たちに恐怖しているのか、女性専用車両自体に恐怖しているのか、はっきりとわからないのだった。

   幼い子が電車に手を振るのは、よく見かけるシーンだけれど、あれも電車自体に手を振っているのか、運転士さんとその中の乗客に向けて手を振っているのか、よくわからない。その両方かもしれない。

   仮にピテカントロプスみたいないわゆる原始人が、はじめて走る電車や自動車をみたならば、当然動いているので生きていると思うわけで、つまり硬そうな見たこともない殻に覆われた動物と思うのではないか。

   なので、幼い子どもも生き物として電車や自動車を認識していて、さらにその生き物の中にヒトが乗っているというそんな認識ではないか。

   まあ、それはともかくタロウの恐怖のみなもとは、ナルミにあるというのは妥当なはずだが、それではナルミはなぜまた女性専用車両とそこに乗る女性たちに恐れおののいたのだろうか。

   ここで大切なのは、やはり単に女性の集団に恐怖したのか、或いはあくまでも女性専用車両に乗った女性たちに恐怖したのか。

   今はリモートワークなどで以前よりは朝の通勤ラッシュ時の混み具合は緩和されていると思うが、以前の身動きひとつできないすし詰め状態は、冷静に考えてみると正気の沙汰ではなかった。

   ナルミにとってトラウマとなるような事件にかつて遭遇したことがあるのだろうか?   たとえば満員電車の身動きのとれない車両の中で痴漢に間違われたとか?

   或いは、女装しているため女性専用車両に乗ったが、モノホンの女性に即座に見破られ、つまはじきにされたとか?

   女性の嗅覚というか、第六感というか何やら得体のしれない男にはない鋭い感覚は、夫の浮気を即見破るし、ヅラのおっちゃんなど一瞥でわかってしまう。

   しかし。そんなことではないだろう。実際は狭い匣の中に立錐の余地なく佇んでいるのが女性だけという、あまりにも偏っている異常な光景に恐怖したのではないだろうか。

   そしてさらには、女性になりたかった自分は確か存在するのだが、だからといってホンモノの女性に対してジェラシーを感じるなんてことは微塵もなく、いや、綺麗な人には嫉妬するかもしれないが、事実男なのだけれど女性のようなウィッグをつけスカートをはく、そのめくるめくような倒錯がたまらないのだ。

   なので、ニュートラルな位置は人それぞれだから、一概には言えないけれど、ナルミの場合は性転換して女性になりたいというケースではなく、男性なのに女性の格好をしている、その倒錯感が楽しいのであり、むろん女装は男にしかできないのだった。

   つまり。女性性と男性性の性比が概ね1:1と安定しているからいいが、向後どうなるのか。女性性のみという女性の集団の偏重に違和感を感じて恐怖を覚えたというのは、大袈裟かもしれないが人類の未来をみせられたように思えたからかもしれなかった。

   それは、単に女性社会となるということではなく、或いは男性社会になるやもしれず、とにかくどちらかに偏ってしまうのは危険だという暗示ではなかったか。

   これから少子化はさらに進み、日本では長期の人口減少過程に入り2048年には1億人を割り、2060年には8,674万人となると推計されているらしい。(内閣府HP)

   まあ、ナルミがどう足掻いたところで趨勢は変えられない。しかし、自分の気持ちのいいところ、居心地の良い場所は見つけられるはず。

   日常のオンオフをきっちりさせ、土日は思い切り女装を楽しむ。そしていま与えられている仕事を精一杯楽しみながらやる。

   ぶっちゃけ、自殺もひとつの生き方ではあると思う。屋上から飛び降りてアスファルトに激突するまでの数秒間、駅のホームからダイブして轢かれるまでの数秒間に、人生でいちばん濃厚な生きた!   という最高の充実感を感じるのではないだろうか。だが、人生の素晴らしさを瞬時に悟ったその一瞬後には凄まじい衝撃と苦痛と共にもう取り返しがつかないことになる。

   だから、実は自死は生きたい!   という表現にほかならない。死にたいと思うことは、絶対に生きたい、生きていたいという心の痛切な叫びだろう。

   なんか変な話になってしまった。でもナルミは、以前に比べたら穏やかな日々を過ごしている。有り体に言えば、妄想の中ではなく実際にアリサと一緒に生活できることがナルミの夢だけれど、そんなアリサとの甘い生活を夢見ている今こそが、いちばんもしかしたら幸せなのかもしれない、と思うのだった。
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