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ナルミ
ウテナちゃん?
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結局、金属アレルギーが原因で、マシンオペレータを辞めたナルミは、次に国際救助隊サンダーバードの秘密基地みたいなところにやっとのことで入社できたのだが、その際もまたかなりきつかった。
さすがに今回は、ラーメン屋は面接から除外したが、地元で一軒だけ覗きに行ったりしたのだった。なぜまたラーメンに拘泥しているのかというと、単にお金がよかったからだが、いまにして思えば飲食系の仕事に就かなくてよかったと思った。
仕事が変わりまくっているので、前職か前々職かもうはっきりしないが、地下基地みたいな気の遠くなるほどだだっ広いドーム状の地下プラントで、主に保守点検の仕事に従事していたこともあった。
その際、フィールドオペレータと呼ばれる作業員は、ウェアラブル・デバイスと称されるヘッドセットを装着していた。
これにより、日常的保守・点検作業において中央制御室と現場での情報の共有化を図ると共に、すべての作業情報を自動的にデータベースに蓄積するのだ。
蓄積した作業情報、ことに熟練作業員の作業情報は、作業行動解析を行われ、教育コンテンツ作成に用いられるというわけらしい。
作業内容を映像と音声で切れ目なく記録して残しておかれ、データベースから検索抽出されるわけだから、たまったものではない。
逐一、行動を監視されているようなもので、作業者の姿勢や、注視点すら事細かく記録されてしまうのだ。
たとえば、現場に女性の作業員がいたとして、その後ろ姿を見つめていいケツしてるなぁ、なんてことまで記録として残されてしまうというわけなのだ。ナルミには興味がないが。
視線まで管理されているわけではないが、管理されているような気がして気持ちが悪かった。それに比べれば、現在の仕事は、いろいろな面でだいぶゆるいといえるのだが、1年経った今でもいったい何をやっているのか、自分でもよくわかっていないというのが、結構気に入っていた。
以前勤めていた中古パソコンの販売会社では、ジョブチェンジと称して、半年ごとに担当部署が目まぐるしく変わり、そのたんびにマニュアルだのノウハウだのを憶えなければならなかったが、現在の勤め先では、作業のノウハウの蓄積ということを一切しない。
というか、ノウハウというのはないのだ。作業は、各個人の感性的及び感覚的なアプローチにゆだねられている。いわゆる科学的、理性的でない目には見えず計測もできない主観的なクオリアによるアプローチの仕方は、短期的には失敗も多く、ある程度の成果というものが結実するようになるには、やはり十年、二十年を要するらしい。
◇
そんなクオリアなある日、ナルミは何か今までにないウキウキした気分になっている自分を発見し、自分のことながら驚いた。
なぜまたこんな風に雲の上を歩いているような、恋の予感めいたときめきを覚えるのだろうと、少しだけ訝しんだ。しかし、その湧き上がってくるようなワクワクする感情は、訝しむくらいでは止めようもなかった。
いや、むしろ何か特別な事象が待ち構えているのがあたかも別次元にいるナルミにはっきりとわかり、それがリアルに移写して、気持ちが華やぐような気がしてむしろ敢えて訝しむようなマネをして、その自家撞着を愉しんでいるのかもしれなかった。
とにかくウキウキする気持ちは隠しようもなく、そのどこから湧き上がってくるのかわからない得体の知れないsomething else に突き上げられるようにして、歩くことひとつとっても、以前のようにレイドバックと自堕落を取り違えているような踵だけが擦り減るような重心が後ろにある歩き方ではなく、前のめりに歩いていた。
それは、蝋燭の炎が消え入る直前に渾身の情熱を込め一瞬だけ閃光のような光を放ち燃え上がるみたいな、最期のパッションの輝きなのかもしれなかった。
ナルミは、薬物とか大麻をやったことはないので、知らないが、想像してみるにこんな風にヤバイ感じになるのではないかとシロウトながらも推測できた。それくらいヤバイ。
なんなら背中にある折り畳み式の翼を広げて大空へと楽勝で飛んでいけそうな気がしていた。マンションの窓から飛び降りるなんて正気の沙汰ではないが、たしかに今ならわかるし、やりたい気もするのだった。
薬物に頼らずともこれだけハイになって世界の果てどころか、宇宙の果てまで飛んでいけそうな気持ちになるのは、いわゆるHくらいなものだが、たしかにこの万能感はヤバイ。
もしかしたら命が燃え尽きる直前の、最後の命のほとばしりなのかもしれない。それくらいのヤバさだった。
そして、ナルミは自分の第六感は外れてはいないと確信していた。気分が高揚し華やぐその原因となっている、ある人物なのかある事象なのかわからないが、ナルミとのそれらの邂逅が間近に迫ってきていることをビンビンに感じるのだ。
◇
ナルミは以前、大須観音近くにあるコンカフェで、ほんの少しだけ給仕したことがあった。
そこで、綺麗なアリサという気になる子と出会えたのだが、その時にはまさかその子に自分が一目惚れしてしまうなんて思いもしなかった。
その恋心が、もしかしたらナルミの転向を後押ししてくれたのかもしれない。それからいろいろ人生のことで悩んだナルミは、そのコンカフェにウテナという名前でスポットで入ったのを最後に、女装はやめ男として生きていくことにしたのだった。
それまでの思想を捨て去る転向とでもいうべきシフトチェンジは、不退転な決意でナルミにより為されたが、ナルミ自身もはじめは不安で仕方なかった。しかし、どう考えてもやはり女装の男では仕事が限られてしまう。それは火を見るよりも明らかだった。
多様性の時代なんてカッコつけて掲げているだけで、女装してる男が内閣総理大臣になれるわけもない。ていうか、都議会議員センセにもなれないだろう。なる気はさらさらないが。
TVで顔を見ない日はないくらい有名な女装のおっさんもいるけれど、絶対数が少ないイロモノだから生き残っていられてはいるが、MCやらタレントのほとんどが女装だとかゲイのおっさんだったら、すぐ飽きられてしまうだろう。
あるいは、やはり日陰者は日陰者らしく、夜の帳が下りてから、いそいそと出勤しお水系で働いていくしかないが、好きな女装をやめて角刈りや五厘刈りにでもして、男達と一緒に汗を流すのもいいんじゃないかとナルミはある日、ある意味覚醒したのだった。
とにかくダメ元でやってみようと、次から次へと様々な職種に就きながら、自分の居場所を見つけはじめたというわけなのだ。
そして、そのいつ抜けられるかわからない長く暗いトンネルの中で、ナルミを照らしてくれていたのは、あのコンカフェで知り合ったアリサという子だった。
実のところナルミには、いつの日にかまたアリサに会えるのではないかと漠然とだが予感があって、今回のウキウキと踊り出したいほどのこの気持ちは、いよいよアリサに会える時がやってきたのではと、期待がいや増して興奮がさめやらないのだった。
さすがに今回は、ラーメン屋は面接から除外したが、地元で一軒だけ覗きに行ったりしたのだった。なぜまたラーメンに拘泥しているのかというと、単にお金がよかったからだが、いまにして思えば飲食系の仕事に就かなくてよかったと思った。
仕事が変わりまくっているので、前職か前々職かもうはっきりしないが、地下基地みたいな気の遠くなるほどだだっ広いドーム状の地下プラントで、主に保守点検の仕事に従事していたこともあった。
その際、フィールドオペレータと呼ばれる作業員は、ウェアラブル・デバイスと称されるヘッドセットを装着していた。
これにより、日常的保守・点検作業において中央制御室と現場での情報の共有化を図ると共に、すべての作業情報を自動的にデータベースに蓄積するのだ。
蓄積した作業情報、ことに熟練作業員の作業情報は、作業行動解析を行われ、教育コンテンツ作成に用いられるというわけらしい。
作業内容を映像と音声で切れ目なく記録して残しておかれ、データベースから検索抽出されるわけだから、たまったものではない。
逐一、行動を監視されているようなもので、作業者の姿勢や、注視点すら事細かく記録されてしまうのだ。
たとえば、現場に女性の作業員がいたとして、その後ろ姿を見つめていいケツしてるなぁ、なんてことまで記録として残されてしまうというわけなのだ。ナルミには興味がないが。
視線まで管理されているわけではないが、管理されているような気がして気持ちが悪かった。それに比べれば、現在の仕事は、いろいろな面でだいぶゆるいといえるのだが、1年経った今でもいったい何をやっているのか、自分でもよくわかっていないというのが、結構気に入っていた。
以前勤めていた中古パソコンの販売会社では、ジョブチェンジと称して、半年ごとに担当部署が目まぐるしく変わり、そのたんびにマニュアルだのノウハウだのを憶えなければならなかったが、現在の勤め先では、作業のノウハウの蓄積ということを一切しない。
というか、ノウハウというのはないのだ。作業は、各個人の感性的及び感覚的なアプローチにゆだねられている。いわゆる科学的、理性的でない目には見えず計測もできない主観的なクオリアによるアプローチの仕方は、短期的には失敗も多く、ある程度の成果というものが結実するようになるには、やはり十年、二十年を要するらしい。
◇
そんなクオリアなある日、ナルミは何か今までにないウキウキした気分になっている自分を発見し、自分のことながら驚いた。
なぜまたこんな風に雲の上を歩いているような、恋の予感めいたときめきを覚えるのだろうと、少しだけ訝しんだ。しかし、その湧き上がってくるようなワクワクする感情は、訝しむくらいでは止めようもなかった。
いや、むしろ何か特別な事象が待ち構えているのがあたかも別次元にいるナルミにはっきりとわかり、それがリアルに移写して、気持ちが華やぐような気がしてむしろ敢えて訝しむようなマネをして、その自家撞着を愉しんでいるのかもしれなかった。
とにかくウキウキする気持ちは隠しようもなく、そのどこから湧き上がってくるのかわからない得体の知れないsomething else に突き上げられるようにして、歩くことひとつとっても、以前のようにレイドバックと自堕落を取り違えているような踵だけが擦り減るような重心が後ろにある歩き方ではなく、前のめりに歩いていた。
それは、蝋燭の炎が消え入る直前に渾身の情熱を込め一瞬だけ閃光のような光を放ち燃え上がるみたいな、最期のパッションの輝きなのかもしれなかった。
ナルミは、薬物とか大麻をやったことはないので、知らないが、想像してみるにこんな風にヤバイ感じになるのではないかとシロウトながらも推測できた。それくらいヤバイ。
なんなら背中にある折り畳み式の翼を広げて大空へと楽勝で飛んでいけそうな気がしていた。マンションの窓から飛び降りるなんて正気の沙汰ではないが、たしかに今ならわかるし、やりたい気もするのだった。
薬物に頼らずともこれだけハイになって世界の果てどころか、宇宙の果てまで飛んでいけそうな気持ちになるのは、いわゆるHくらいなものだが、たしかにこの万能感はヤバイ。
もしかしたら命が燃え尽きる直前の、最後の命のほとばしりなのかもしれない。それくらいのヤバさだった。
そして、ナルミは自分の第六感は外れてはいないと確信していた。気分が高揚し華やぐその原因となっている、ある人物なのかある事象なのかわからないが、ナルミとのそれらの邂逅が間近に迫ってきていることをビンビンに感じるのだ。
◇
ナルミは以前、大須観音近くにあるコンカフェで、ほんの少しだけ給仕したことがあった。
そこで、綺麗なアリサという気になる子と出会えたのだが、その時にはまさかその子に自分が一目惚れしてしまうなんて思いもしなかった。
その恋心が、もしかしたらナルミの転向を後押ししてくれたのかもしれない。それからいろいろ人生のことで悩んだナルミは、そのコンカフェにウテナという名前でスポットで入ったのを最後に、女装はやめ男として生きていくことにしたのだった。
それまでの思想を捨て去る転向とでもいうべきシフトチェンジは、不退転な決意でナルミにより為されたが、ナルミ自身もはじめは不安で仕方なかった。しかし、どう考えてもやはり女装の男では仕事が限られてしまう。それは火を見るよりも明らかだった。
多様性の時代なんてカッコつけて掲げているだけで、女装してる男が内閣総理大臣になれるわけもない。ていうか、都議会議員センセにもなれないだろう。なる気はさらさらないが。
TVで顔を見ない日はないくらい有名な女装のおっさんもいるけれど、絶対数が少ないイロモノだから生き残っていられてはいるが、MCやらタレントのほとんどが女装だとかゲイのおっさんだったら、すぐ飽きられてしまうだろう。
あるいは、やはり日陰者は日陰者らしく、夜の帳が下りてから、いそいそと出勤しお水系で働いていくしかないが、好きな女装をやめて角刈りや五厘刈りにでもして、男達と一緒に汗を流すのもいいんじゃないかとナルミはある日、ある意味覚醒したのだった。
とにかくダメ元でやってみようと、次から次へと様々な職種に就きながら、自分の居場所を見つけはじめたというわけなのだ。
そして、そのいつ抜けられるかわからない長く暗いトンネルの中で、ナルミを照らしてくれていたのは、あのコンカフェで知り合ったアリサという子だった。
実のところナルミには、いつの日にかまたアリサに会えるのではないかと漠然とだが予感があって、今回のウキウキと踊り出したいほどのこの気持ちは、いよいよアリサに会える時がやってきたのではと、期待がいや増して興奮がさめやらないのだった。
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