パスティーシュ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
28 / 82
ナルミ

ダイバーシティ

しおりを挟む
   唯一の話し相手であったダイキも居なくなってしまうのかと思ったが、ひと月後くらいには復活した。まだ、包帯は取れていなかったが、なんとか作業は出来るようだった。

   とにかく骨を折るとかの大怪我でなくて良かった。それ以降ナルミとダイキの会話はいつも早く辞めたいという話ばかりだった。ダイキは、休んでいる間に色々考えていたようで、次には住み込みで働く仕事にするかもしれないと言っていた。

   ゲーセンにいた時のオーナーが、パチンコ店をやっていて、やらないかと言われたらしい。ダイキは、ゲーセンの店長だったのだから、幹部候補生で入店しゆくゆくは店長というコースなのだろうとナルミは思った。

   久しぶりに仕事終わりに一緒に夕飯を食べた時、話してくれたのだが、ダイキのお母さんはダイキの実父と別れた後、お寿司屋さんのところに嫁いで何不自由なく暮らしていたようでよかったけれど、旦那がどうやら相当な女好きらしく、浮気が酷かったらしい。それで、浮気の度ごとに喧嘩するという状況になって、ついに浮気している当人である旦那がブチ切れて、貴様出て行け!   ということになってしまったらしい。

   まあ、浮気をなんとか黙認して寿司屋の女将さんの地位を維持するという選択もなきにしもあらずだが、自分の気持ちを押し殺して、好色な寿司屋の旦那にすがりついて生きていくよりは、生活するだけでも精一杯の暮らしを選んだダイキのお母さんは、偉いとナルミは思った。

   ナルミの母はもう他界していた。だからナルミは「お母さん、大切にしてあげなよ」とたまらずダイキにいってしまったのだが、確かに生きているといろいろな事がある。

   千篇一律のなんら変わりばえしない毎日のようであっても、変わるべき時には人の思惑など一切関係なく有無を言わせず容赦なく大きな変化が訪れることもある。

   ダイキのお母さんにも思わぬ変化が訪れたわけだ。大変だなとナルミは思った。ナルミの方は、母の心配をしたくてももう出来ないのだが、しかし、いろいろ考えるべきことはたくさんあった。

   まず仕事を辞めるか否か。金属アレルギーで皮膚が腐ったような状態のまま、治るか治らないかわからない治療を受けつつ仕事を続けるよりは、原因がわかっているのだからその因果関係を絶ってしまえばいいだけの話なのだ。

   そうなると仕事を失ってしまうが、身体の異変というメッセージを放っておいていいわけがない。金属アレルギーを乗り越えられるか否か、自分の身体で人体実験するつもりはない。

   しかし、金属イオンが溶け出す夏場は特に注意して手袋着用で金属には直接触れないようにすれば、なんとかなるのかもしれない。

   とりあえず三ヶ月ほどで、腐敗したような手の患部はきれいに消えていたが、鼠蹊部の茶色い染みみたいなものは未だに消えてなくならない。

   そんな悩みを抱えるナルミだったが、心ときめくような素敵なことが起こるのではないかという、漠然とした予感めいたものがあった。

   人は何かひとつでも心に引っかかっているものがあると、自由を束縛されてしまったようで、俯き加減になり晴れやかな気分になれない。

   そうなると笑顔も出なくなってしまうし、いい考えも浮かばない。そんな風にひとつでも気がかりなことが起こると、くよくよといろいろ後悔したり、逆に取り越し苦労をしたりして、さらに気分は落ち込んでいく。

「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」は、パンセからの引用だが、葦は、実は弱くはない。枯れて折れた葦をイメージすると弱々しく思えるかもしれないが、丈も高いし決して弱い植物などではない。

   だから、自然のうちで最も弱いの部分は、葦にかかっているのではなく、文頭の人間にかかっているとナルミは思うのだった。だから正しくは、「自然のうちで最も弱い人間は、一本の葦にすぎない」だと思った。

   確かに人間は、天変地異を前にしては為すすべもない。しかし、弱くもありまた強くもある、それが人間であり、0か1しかない単純な機械のようには割り切れる存在ではない。

   ナルミは、人生に絶望しているわけではないが、いろいろとノーマルではないらしい人生に困難を感じるのだった。

   草木は雨に晒され風に吹かれることにより、根をしっかりと大地に張っていくのだから、役に立たないナマクラ刀にならないように厳しく鍛えるための困難であるのは頭ではわかるのだけれど、やはりまだまだノーマルでない者には優しくない世界なのだった。

   男性と女性の真ん中あたりにいる、あるいは、自分でも男性なのか女性なのか決められないし、敢えて決めたくはない、であるとか、男性でも女性でもないと思っているとか、男性でもあり女性でもあると思うとか、身体の性と心の性が一致していないことで苦しんでいる人は、かなりいるのだ。

   多様性の時代は、多様な性の時代でもある。金子みすゞさんが書いたように「みんなちがって みんないい」他と異なることは、決して悪などではないのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちでのサンタさん

うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】  僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。 それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。 その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。 そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。 今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。 僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…  僕と、一人の男の子の クリスマスストーリー。

長谷川さんへ

神奈川雪枝
ライト文芸
不倫シリーズ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタの教えてくれたこと

いっき
ライト文芸
サンタは……今の僕を、見てくれているだろうか? 僕達がサンタに与えた苦痛を……その上の死を、許してくれているだろうか? 僕には分からない。だけれども、僕が獣医として働く限り……生きている限り。決して、一時もサンタのことを忘れることはないだろう。

処理中です...