パスティーシュ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
27 / 81
ナルミ

お金という概念

しおりを挟む
   ナルミがいま働いている精密板金の仕事に就くまで三ヶ月あまりで二十社近く面接を受けたが、マジに厳しいこのご時勢である、アルバイトや派遣ですら危ない。徐々にランクを下げ、しまいには正社員ならばなんでもいいと思って受けたのが、今の職場というわけだった。


 転職の専門家にいわせると、目先のことだけに囚われた求職は、何年後かには必ず後悔するはめになるということだったが、そんな甘っちょろいことをいってられない状況にナルミはあった。

 飲食関係の製造業でもやろうかとも思った。ずっと以前にアルバイトをやったことがあったからだったが、とにかく仕事の内容、職種などといったものは、二の次でお金のいいものに飛びついた。

 ラーメン職人にすらなろうと思って、横浜にも面接にいった。ラーメン屋とはとても思えないような物々しいオフィスの会議室に通され、円卓っぽいハイカラな横長のテーブルで、お馴染みの個人情報なんたらかんたらの用紙と質問事項が列挙してある紙を事前に書けと命ぜられ、質問事項を埋めていくうちに、最後から二番目の質問でぴたりと書く手がとまった。

 それはこんな質問だった。
「あなたには、賞罰がありますか?」

 賞罰とは、辞書を引くと、ほめられること、罰せられることというほんとうにアホな当たり障りのないそのままの意味しか書いてないが、これはとどのつまり、オマエには、前科があるか? と訊いているとしか思われない。

 前科者だったのならどうだというのだろうか。また更にその質問と併記されていた質問に驚いた。

 あなたは何か新興宗教に入っていますか?こんな質問に答える謂れはないが、そんな外基地は入社させないとコンテクストから如実にアピールしてくるし素直に入っていませんと書いた。

 書いたけれども、なんかニュートラルではない、とっても偏った会社であるにちがいないと思うとともに、もうこのまま面接などせずに帰ってしまおうかとも思った。

 むろん、そんな大人げないことはできるはずもないけれども、その後の面接は、火を見るよりも明らかに今日は皆目坊主だった、というか、もうシドロモドロの返答の雨嵐、言葉に窮して同じ言語を有する者同士の会話とはとても思われない、文字通りお話にならない惨憺たる有様だった。

 というのも、なにやらアナクロでアフォなファシズムの臭いがあたりに立ち込め、思考停止状態を余儀なくされていたからである。それに、後から知ったが社長は同じ大学の後輩らしかった。

 でも、悪いことばかりではなかった。帰りの電車のなかで、これから書こうとしている小説の粗筋と、ひとつの着想を思いついたのだ。

 小説のタイトルは、「パスティーシュ」がいいかもとナルミは、思った。タロウの書いたものからの転化や、盗用など多数なので、パスティーシュがタイトルとして適切かもしれないので。

 そしてナルミは、急いでiphoneにあらすじを書き留めた。

 タロウは、自分がバイセクシャルではないのかと危惧していた。

 ある日、幻のなかにナルミという自分と姿形がそっくりな人物が出てきて、自分は、タロウのなかにあるもうひとつの人格だと告げる。

 タロウは、半信半疑だったが、パソコンのなかに自分の書いた記憶のない文章やら小説やらが書いてあるのを発見して驚愕し、自分のなかにもうひとつの人格があることを認めつつあったが、そのナルミの書いた文章をすべて鵜呑みにしてよいものやら判断がつきかねていた。

 というのも、それは、虚虚実実な内容であって、どこまで信用してよいのやらわからなかったのだ。そこでタロウは、真相を知るために女性専用車の撮影を敢行する。そして、タロウの撮ったそのカットには、驚くべき真実が写っていた。

   ナルミは、こんな感じにするつもりだった。

   



 いずれにせよ、労働者は搾取されていることには変わりはないのだから、雇われる側ではなく、雇う側にならなければ駄目なことは重々承知なのだけれども、そんなことが容易にできていたならば、これほど金に不自由することもなかったろうに、などと思うのだがさしあたり、人材派遣業などどうだろう。

 広告を打てば、いくらでも求職者が来るのだ。単発一日のみでもOK! といったスポット的な求人ならば、今からでも食い込めるのではないだろうか。

 スポット的な求人という点に絞ってクライアントを見つければいい。とまあ、職にありつけたからこそこんな余裕をぶっこいていられるというわけなのだが、金銭的な面から職を失ってしまうということがどれほど厳しいものであることかということは無論なのだが、それだけでなく、なんともいわれない不安感に苛まれるのは、たとえどんなにくだらない仕事であろうとも社会の一員として、ささやかながらも社会に貢献できているという認識が生ずるからなどではなく、単にヒトとは労働しなくてはダメなように初めから設定されているからなのだと思うのだった。

 たとえば、一文の稼ぎにもならないが、ボランティアに参加してみるなどすればよく理解できると思うが、ヒトはとにかくパンがなければ生きてはいけないように作られているので、そのためにはなんらかの仕事を為してその代価としてなにがしかのお金を得てパンを買うわけだが、しかし、ヒトはパンのみに生きる能わずなのであって、金=パンのためのみに働いているわけではない。

 労働する喜び、働く喜びというものが脳内に刷り込まれているのではないかと考えるのだけれど、とにもかくにもヒトという生き物は、ひたすらに弱いものであり、生来の怠け者であるから、他者とかかわるという社会の規則の厳しさ、つまり、何時までに出勤しろとか、残業しろとか、そういった規律が定められていないとどこまでも自堕落になってしまうという素敵な生き物なのである。  

 話がずれてしまったが、家族がいるというのにボランティア活動しかしていないとなると、家族から追放あるいは、吊るし上げを食らうことは必至なのだが、確かにボランティアで仕事をしている人も少なからず存在しているのだった。

   ずっと以前になるが、朝四時から八時までのアルバイトをやっていた際に、一切賃金を貰わないという人がいたのである。

 その事実を知った時には、ナルミはほんとうに驚いてしまったのだけれど、その人にはその人なりの考えや、理由があってのボランティアなのだろうと思った。

 この世知辛い世の中で、信用に足る唯一のものは、世の中を世知辛くさせている張本人の「お金」なのであって、このお金によってヒトは、昨日も今日も、そして明日も悲喜こもごものドラマを演じていくわけなのであり、極論かもしれないが、お金さえこの世になければ、殺人も自殺もないのではないか、なんて思ってしまうのだ。

 むろん、完全にはなくならないまでも、ある程度は減少することは確かだろう。

 このお金の存在によって、現在の人類の驚嘆に値すべき発展があったわけなのだが、どうだろう、物物交換より始まったこの貨幣制度といったものは、いや、紙幣や硬貨といったものが一切なくなってマイレージやポイントというものになっても、お金という概念は変わらず将来的にも存続していくものなのだろうか。

 働かざるもの食うべからず。とにかく、人生は厳しいのだ。しかしながら、お金という完全無欠な規則によって、等価交換される人生などというものは、どこにも存在しない。 

 人の生命や人生をお金で量り売りなどできはしない。何がいいたいのかというと、物質ではない人の生を物質であるお金が決めてしまうということ。

   平等ではない人生をお金という固定された価値で価値付けされてしまうこと。とどのつまり、世の中は実に不条理で理不尽であると思わざるをえないのだ。

   ちなみに、年収1億円を超えるとお金の概念がなくなるらしいが、その豊かな世界に世界中の人が住めないものだろうか?

   そのためには、年収一億稼ぐ!   という単純な話ではなく、貧富の差があまりない高い生活水準が土台にある世界は不可能な話なのだろうか。

   ナルミは、そんなことを考えている。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...