パスティーシュ

トリヤマケイ

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リアルからの離脱

明晰夢

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   そいつは、壁にあるメルカトル図法で描かれた世界地図みたいに見える染みから、スポリと、いや、ぬるりと抜け出してきて、わたしの大切にしているフィギュアと口論しはじめたのには、驚いた。

   わたしのフィギュアは、自分でこしらえたもので、キルアと善逸を足して2で割ったようなビジュアルで、ネロと名付けられていた。

   しかし、なぜまたネロと口論なんてことになったのか。話している内容を聴きとろうとしても、なにを喋っているのか、なぜだかまったくわからない。

   立ちどまっているから,だめなのかな、と思っててくてく歩きだしたのだが、影は、口論に必死で、その場所に縫い付けられたように、動かない。影の上半身は、ただゴムのように果てしなく伸びるばかりなのだった。

 はじめは、そいつに影を盗まれてしまったのかと思った。あるいは、影を食われてしまったのかもとも思った。

   ふと気づくと、影がなくなっていて、やがて、不意にまた影がではじめたのだ。まるで、影同士が入れ替わったように。

   いや、しかし、そいつは、ただの影ではないようだから、影に、それも他人の影になりすましているらしいのだ。

   というか、ただ一時しのぎの代用品みたいな、影。つまり、以前のようにわたしの動きにぴたりと合わせて動く影ではなくなってしまっているのである。勝手気ままに、そいつは動きまわるのだ。

 それでは、もともとのオリジナルの影はいったいどこへ消えてしまったのだろうか。擬似影を代理に置いてゆき、オリジナルはやはり盗まれてしまったと考えるのが、妥当なところだろうか。いったい、ヒトの影をどうするつもりなんだろう。ヒトの影の売買とかあるのかもしれなかった。

 あるいは、ちょっと散歩に出かけただけなのだろうか。主人であるヒトを置いてけぼりにして。なんてことを考えてみたら、影の方にしてみたら、影の方こそ主体であって、ヒトは、その付属物に過ぎないなどというのかもしれない。どっちが主で、どっちが従であるのかなんて、誰にもわからないのだ。

 しかし、わたしのメタモルフォーゼと影がなくなってしまったのは、時を一にしてた。影云々の前に、どのようにメタモルフォーゼしたのかが、問題なはずなのだったが、そういった意識は薄いのだった。つまり、自分のなかではこの変身の必然性が高いのだろう。

 もしかしたら、メタモルフォーゼに伴なって、影の方こそが戸惑ってしまったのかもしれなかった。

いや、たしかにそうかもしれない。ヒトが主で、影が従であるならば、戸惑うこと自体ありえないことだが、その視点は、ヒトの方から影を眺めたときであって、影の方からヒトを眺めた場合には、影が主でヒトが従なのだろう。

となると、影が変わらないのに、ヒトだけがメタモルフォーゼしてしまったならば、当然わけがわからなくなるに相違ないのだ。

 つまりは、そういうことなのだ、たぶん。散歩に出かけたのでもなく、盗まれたのでも、食われたのでもなかったのだ。

   影は、一瞬、逡巡した後、どこかに消えてしまったのだろうか。たぶんだが、あの影がないと元の姿には、戻れない気がするのだった。

   しかし、あのグレゴールだって、元には戻れなかったのであり、戻れない方が普通なのだろう。そして、もどれないまま死んでゆくのだ。

   しかし、今まで気づかなかったが、カフカの『変身』は、以前の自分の記憶があるからこそ生まれた悲劇なのだということがわかった。周りはどうであれ、ザムザに記憶がなければ悲劇ははじまらない。

   もし仮に脳ミソまで甲虫になってしまったならば、グレゴール自身の悲劇はなくなるのであり、となると、そもそもお話が成り立たなくなってしまうので、容貌だけ大きく変化したという設定だ。

   そして、最大の謎はなぜまたグレゴールは、変身してしまったのか、ではなく、なぜまた甲虫に変身してしまった理由はなんなのかをグレゴールは一切考えない点ではないだろうか。

   現実的な問題として、なんらかの障害が発生した際には、同じような支障やら障害をきたさないように、障害をとりのぞき、以前の状態に復旧させるために、原因を特定するのが必定だが、グレゴールには、なぜ自分はこうなってしまったのか、というこの「なぜ」という問いが完璧に抜け落ちている。

   とにかくなぜ変身したのか、その変身してしまった理由に関して何も考えようともしないところが、すごいところなのだが、甲虫だろうが、進撃の巨人のように身体が巨大化したところで、そのわけのわからない変化を、なぜと思わないのだから、それはつまり、不条理でもなんでもないのではないか。

   グレゴールは、ただひたすら大きく変容してしまった自分の悲劇を嘆くばかりではなかったか。

   甲虫の脳でなく人であったときと変わらない脳を有し、変わらない感情を持つグレゴールは、嗜好が変わったり、行動パターンの変化などが見受けられるが、それらはすべてフィジカルな変化から生じたことであり、メンタルな部分は、一切変わりないようだ。

   変容を肯定もしてはいないが、否定もしていない。つまり、現象をすんなりと受け入れているようにも見えるが、それは諦念というか、このグレゴールの身の上に起こった変化は、絶対的で不可避なものであったことが窺え、カフカは、そこに自由にならない社会の機構であるとか、強行に押し付けられる緊急事態ナンチャラのような、生活スタイルの変更といった抗しがたい決め事になぞらえたのだとしか思えない。

   つまりは、『変身』自体は不条理劇でもなんでもなく、有無を言わせず不条理を押し付けてくる社会が不条理なのだというところで、タロウはなるほどなと納得したのだった。

   カフカは、だからザムザに変身の理由を考える時間を一切与えていない。変身しなければ生きてはいけないとなれば、変身せざるを得ない。というか、社会の有無を言わさぬ圧力、絶対的不可避な目に見えぬ暴力によって変身させられたザムザは、その醜態を晒すことになった理由を一切考察しないばかりか、疑問にも思わないことにより、その変身が他動的で不可避だとの、メッセージを送っているのではないか。

   
  タロウは、またそんな明晰夢を見た。
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