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リアルからの離脱
アリサとウテナちゃん
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ある日、タロウは、ガラスを道端で拾った。それは、ピカピカ光っていて遠くの方からでもはっきり見えた。
まるで拾ってくれとアピールしているかのような、それは間違いなく自分へのサインだと思った。
つい小走りして喉からゼーゼーとラッセル音を発しながら、しばらくはガラスを見つめたまま、その場にしゃがみこみ動くことができない自分を咄嗟に思い浮かべて、あせるな! あせっても何ひとついいことはない、とタロウは自分に言い聞かせる。
喘息の発作へと至る予兆を別人格になってまったく無視して涼しい顔でやり過ごすやり方は、誰に教わったわけでもなく、自分で編み出したものだが、毎回うまくいく保証はない。
それにそもそも、ここから見えるガラスの放つ光は、ダイヤモンドのそれみたいにタロウを誘惑するが離れているからこそ美しく見えるだけなのかもしれなかった。
わざわざ喉をゼーゼーさせながら、小走りに駆け寄っていっても、ごくごくつまらないただのガラスの破片が、古タイヤから突き出しているだけなのかもしれない。
そのタイヤは、灼けつくフライパンみたいなアスファルトに今しも覆い被さるように生い茂るススキの群生の中に打ち棄てたられていた。
タロウは、いつものように、ボーっとした頭でとりとめのないことを目まぐるしく考えたり、ひとり言をつぶやきながら、とぼとぼと炎天下の中、ひとり歩いていた。
頭の中では、好きな地下アイドルの曲が繰り返し繰り返し流れている。
時が止まったかのような、でも廃墟ではなく、人の気配はする街の風景を撮った写真集をタロウは思い出した。
それは、敢えてヒトを避けて撮影されたのものなのではなく、人っ子ひとりいない昼下がりの真空の空洞のような、或いは底なし沼のような時間の堆積を一枚の写真の中に写し込む試みだったのではないかとタロウは考えていた。
そして、その事により写真は逆説的に圧倒的なヒトの存在感を放っているように思えた。
知らぬ間に、今度はなんちゃらコミックとかいうCMの歌を口ずさんでいた。
♪ドンガラガッタ、ドヒャドヒャ とタロウは歌いながら、アスファルトのずっと先を眺めた。
すると、陽炎が見えた。
それは、生きもののようにゆらゆらと揺らめいている。
タロウはその揺らめきに軽い眩暈を覚えた。
タロウは、その揺らめきの中にまるでカメラがゆっくりとズームインするように吸い込まれていくことを、自分に許した。
そして、まるで白日夢を見るようにして、ウテナちゃんの事を思い出した。
それは、現実と願望がかなり滲むように干渉しあっていた。
あの時タロウは、アリサという名前で大須観音近くにある知り合いの経営するコンカフェで、スポット的に働くことになった。
まあ、人が急に辞めてしまったため、臨時に頼まれたのだった。
髪が長いし、目鼻立ちの整っているタロウは、お化粧をしたら全然女子でいけるのだった。
そして、アリサとなったタロウは、そこでウテナちゃんと出会った。
ウテナちゃんの存在だけは、知っていたけど、それまでウテナちゃんの中の人なんてどうせどこにでもいるオカマちゃんで、遊びでSNSではウテナを名乗っているのだとばかりアリサは思ってた。
でもウテナちゃんはホンマに存在していて、何よりもアリサが驚いた事は、彼女が絶世の美女だったことだ。
その美貌を鼻にかけていないところがほんとうにすごいとアリサは思った。
ウテナちゃんはトア・エ・モアというスイートピーが大好きらしかった。
ローズレッドとピンクという複数のカラーを身に纏うそのトア・エ・モアというスイートピーは、華やかで美しいウテナちゃんにとても似合っていると、アリサは思った。
「トア・エ・モアの『あなたと私』という意味も含めて、その響きが好きなんだ」
そんな風にウテナちゃんはアリサに教えてくれた。
スイートピーのように控えめなところと素朴な感じが、ウテナちゃんに似ていた。
たとえいくら綺麗であろうとも、それを前面に押し出して自己主張してくるのは、いただけない。
スタバが休業してしまうことを知ってウテナちゃんを誘って最後のスタバを脳裏に焼き付けたアリサは、ダークモカのフラペチーノがいつもよりほろ苦く感じたが、それは単にバカ舌のせいではないように思った。
ウテナちゃんは湖のように静かな眸で窓の外を眺めていた。今はない往き交う人たちの残像が見えたのかもしれない、とアリサは思った。
ウテナちゃんは積極的に自分の事を話したがらないみたいだけれども、アリサが質問すると嫌がらず何でも答えてくれた。
どちらかというとネコよりも犬派であるとか、煙草は嫌いだけど好きな人が吸うのは全然いいであるとか、子どもはふたりほしいとか。
ただ恋バナは苦手だからといつも逃げられてしまう。
ウテナちゃんみたいな、こんな綺麗な人と付き合っていた人はいったいどんな人なのだろうと、アリサは気になって仕方ないのだが、アリサが遠回しにその話にもって行こうとすると、ウテナちゃんはすぐにそれを察知して、はぐらかされてしまうのだ。
もしかしたらウテナちゃんの相手は意外とブサメンなのかもしれないと、アリサは勝手に決めつけた。
元カレは絶対に容姿端麗に決まっていると思われるのが常だろうから、それで恋バナが嫌いなのかも。
どうしたってイケメンなんでしょうね? どんだけイケメンなんですか! という容姿の話になるはずで、まさかブサメンとは言えない。
アリサは、勝手な妄想に歯止めがかからない。
美女と野獣みたいに確かにあまりにも美人な女性は、美しいのが当たり前であり、毎日その美しさを目の当たりにしているのだから、綺麗なものなど見飽きている。
つまり男子には美しさは求めず、むしろワイルドさに惹かれるのではないだろうか、そう思った。
自粛要請で最後の日にふたりで行ったスタバは、スタバが大好きな人たちで溢れていたけれど、もうあんな賑わいの中に身を置いて、見知らぬ人でも同じ好きな場所を共有しているんだという、一体感を感じることは、もう当分ありえなさそうだと、あの時は思った。
そして、結局アリサがウテナちゃんと会えたのもそれが最初で最後だった。
考えてみたら、極端に写真嫌いなウテナちゃんは、やはりどこか普通の人ではない感じはしていた。
むろん、ウテナちゃんの単体は勿論のこと、ふたり並んだツーショットも撮っていなかったし、今ではもう本当にウテナちゃんがこの世界に存在していたのか否か、アリサは怪しい気もしている。
あんな超絶美人などいるはずもなかったんだ、時間が経つにつれてアリサはそう考えるようになっていった。
まるで拾ってくれとアピールしているかのような、それは間違いなく自分へのサインだと思った。
つい小走りして喉からゼーゼーとラッセル音を発しながら、しばらくはガラスを見つめたまま、その場にしゃがみこみ動くことができない自分を咄嗟に思い浮かべて、あせるな! あせっても何ひとついいことはない、とタロウは自分に言い聞かせる。
喘息の発作へと至る予兆を別人格になってまったく無視して涼しい顔でやり過ごすやり方は、誰に教わったわけでもなく、自分で編み出したものだが、毎回うまくいく保証はない。
それにそもそも、ここから見えるガラスの放つ光は、ダイヤモンドのそれみたいにタロウを誘惑するが離れているからこそ美しく見えるだけなのかもしれなかった。
わざわざ喉をゼーゼーさせながら、小走りに駆け寄っていっても、ごくごくつまらないただのガラスの破片が、古タイヤから突き出しているだけなのかもしれない。
そのタイヤは、灼けつくフライパンみたいなアスファルトに今しも覆い被さるように生い茂るススキの群生の中に打ち棄てたられていた。
タロウは、いつものように、ボーっとした頭でとりとめのないことを目まぐるしく考えたり、ひとり言をつぶやきながら、とぼとぼと炎天下の中、ひとり歩いていた。
頭の中では、好きな地下アイドルの曲が繰り返し繰り返し流れている。
時が止まったかのような、でも廃墟ではなく、人の気配はする街の風景を撮った写真集をタロウは思い出した。
それは、敢えてヒトを避けて撮影されたのものなのではなく、人っ子ひとりいない昼下がりの真空の空洞のような、或いは底なし沼のような時間の堆積を一枚の写真の中に写し込む試みだったのではないかとタロウは考えていた。
そして、その事により写真は逆説的に圧倒的なヒトの存在感を放っているように思えた。
知らぬ間に、今度はなんちゃらコミックとかいうCMの歌を口ずさんでいた。
♪ドンガラガッタ、ドヒャドヒャ とタロウは歌いながら、アスファルトのずっと先を眺めた。
すると、陽炎が見えた。
それは、生きもののようにゆらゆらと揺らめいている。
タロウはその揺らめきに軽い眩暈を覚えた。
タロウは、その揺らめきの中にまるでカメラがゆっくりとズームインするように吸い込まれていくことを、自分に許した。
そして、まるで白日夢を見るようにして、ウテナちゃんの事を思い出した。
それは、現実と願望がかなり滲むように干渉しあっていた。
あの時タロウは、アリサという名前で大須観音近くにある知り合いの経営するコンカフェで、スポット的に働くことになった。
まあ、人が急に辞めてしまったため、臨時に頼まれたのだった。
髪が長いし、目鼻立ちの整っているタロウは、お化粧をしたら全然女子でいけるのだった。
そして、アリサとなったタロウは、そこでウテナちゃんと出会った。
ウテナちゃんの存在だけは、知っていたけど、それまでウテナちゃんの中の人なんてどうせどこにでもいるオカマちゃんで、遊びでSNSではウテナを名乗っているのだとばかりアリサは思ってた。
でもウテナちゃんはホンマに存在していて、何よりもアリサが驚いた事は、彼女が絶世の美女だったことだ。
その美貌を鼻にかけていないところがほんとうにすごいとアリサは思った。
ウテナちゃんはトア・エ・モアというスイートピーが大好きらしかった。
ローズレッドとピンクという複数のカラーを身に纏うそのトア・エ・モアというスイートピーは、華やかで美しいウテナちゃんにとても似合っていると、アリサは思った。
「トア・エ・モアの『あなたと私』という意味も含めて、その響きが好きなんだ」
そんな風にウテナちゃんはアリサに教えてくれた。
スイートピーのように控えめなところと素朴な感じが、ウテナちゃんに似ていた。
たとえいくら綺麗であろうとも、それを前面に押し出して自己主張してくるのは、いただけない。
スタバが休業してしまうことを知ってウテナちゃんを誘って最後のスタバを脳裏に焼き付けたアリサは、ダークモカのフラペチーノがいつもよりほろ苦く感じたが、それは単にバカ舌のせいではないように思った。
ウテナちゃんは湖のように静かな眸で窓の外を眺めていた。今はない往き交う人たちの残像が見えたのかもしれない、とアリサは思った。
ウテナちゃんは積極的に自分の事を話したがらないみたいだけれども、アリサが質問すると嫌がらず何でも答えてくれた。
どちらかというとネコよりも犬派であるとか、煙草は嫌いだけど好きな人が吸うのは全然いいであるとか、子どもはふたりほしいとか。
ただ恋バナは苦手だからといつも逃げられてしまう。
ウテナちゃんみたいな、こんな綺麗な人と付き合っていた人はいったいどんな人なのだろうと、アリサは気になって仕方ないのだが、アリサが遠回しにその話にもって行こうとすると、ウテナちゃんはすぐにそれを察知して、はぐらかされてしまうのだ。
もしかしたらウテナちゃんの相手は意外とブサメンなのかもしれないと、アリサは勝手に決めつけた。
元カレは絶対に容姿端麗に決まっていると思われるのが常だろうから、それで恋バナが嫌いなのかも。
どうしたってイケメンなんでしょうね? どんだけイケメンなんですか! という容姿の話になるはずで、まさかブサメンとは言えない。
アリサは、勝手な妄想に歯止めがかからない。
美女と野獣みたいに確かにあまりにも美人な女性は、美しいのが当たり前であり、毎日その美しさを目の当たりにしているのだから、綺麗なものなど見飽きている。
つまり男子には美しさは求めず、むしろワイルドさに惹かれるのではないだろうか、そう思った。
自粛要請で最後の日にふたりで行ったスタバは、スタバが大好きな人たちで溢れていたけれど、もうあんな賑わいの中に身を置いて、見知らぬ人でも同じ好きな場所を共有しているんだという、一体感を感じることは、もう当分ありえなさそうだと、あの時は思った。
そして、結局アリサがウテナちゃんと会えたのもそれが最初で最後だった。
考えてみたら、極端に写真嫌いなウテナちゃんは、やはりどこか普通の人ではない感じはしていた。
むろん、ウテナちゃんの単体は勿論のこと、ふたり並んだツーショットも撮っていなかったし、今ではもう本当にウテナちゃんがこの世界に存在していたのか否か、アリサは怪しい気もしている。
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