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リュミエール
毛皮のマリー
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4時55分。モヤイ像前。
いたいた。
「よう、ユカ元気?」
「……」
「なんだよ、そんなぶーたれた顔すんなよ。ちゃんと時間どうり来ただろ」
「……」
「おい、何おこってんだ。あ、わかった。やっぱ彼氏とうまくいってないんだろ? そうだと思ったよ。ま、その話は後でゆっくりさ……おい、待てよ、どこ行くんだ? おい!」
何なんだあいつは。全く女って生き物はよくわからん。彼氏とうまくいってないだろって言ったのが、まずかったかな?」
「おい、待ってたら……」
ユカはずんずん歩いていってしまう。歩道橋の階段を駆け上がり、逃げるようにして行ってしまった。
まったく冗談じゃない。自分から誘っておきながら逃げ出すなんて、どういうことなんだろう。もう勝手にしろ!
タロウはそのまま歩道橋をぐるっと廻って、東急プラザの前に出た。
今日は全く変なことばかりだなあと思いながら、足は自然にリュミエールの方へと向いていた。そして、リュミエールに行っても二度と小森くんには会えないんだなあと思うと、急に泣けてきた。
おかしい。どうしたってんだ。哀しい場面では決してなかない筈なのに。リュミエールに近づくにつれて、タロウの意志に反して涙は更に大粒になってゆき、頬はその熱と辛さでひりひり痛んだ。
でも、いざリュミエールの白いドアをの前に立つとタロウは躊躇した。何故か急にママには今逢っていけないんじゃないかと思ったのだ。
小森くんのことをよく知っている自分に逢うことは、ママにとって慰めになるだろうけれど、だからこそ逢ってはいけなのだ、というもっともな分別と派別に、今ママと逢ってしまたならば、きっと自分はママを抱くだろう、抱きたくなってしまうだろうという不謹慎なわけのわからない分別が、今タロウを押しとどめているのだった。
そこでタロウは、やっぱりリュミエールに入るのをやめ、踵を返してさっき歩いて来た通りへと出た。でも、そのまま帰る気にもなれず、東急ハンズの真横にあるビルの階段を上がってルノアールに入った。
ここには一度だけだけれど来たことがあった。一番窓際にの席に座ったタロウはアメリンカンを飲みながら、その時のことをはっきりと思い出した。
以前に来たのは、当時つきあっていた女のコと一緒だった。何故はっきりと憶えているのかというと、そのとき偶然にもあの天井桟敷の寺山修司が来ていたのだった。
タロウがそれに気づいて彼女にいうと「寺山修司! ハハハ。とっくに亡くなってます。ソックリさんでしょ」
「いや、あの声は、本人だから」
「だから、鬼籍に入ってるつーに」
「いや、蘇ったんだよ、逆転生みたいな?」
「なんじゃ、そら」
むろんタロウも寺山氏の顔をはっきりと確認したわけでもなかったけれども……寺山氏のいるテーブルには、四、五人の女性が同席していたけれど肝心の寺山氏の顔はタロウからちょうど死角になって見えなかった……あの独特の高い声で、そうと判断したのだった。
多分、仕事がらみの話をしていたと思うけれど、タロウは感激してしまい、わざと聞こえるような大きな声で、『毛皮のマリー』などといいながら、耳まで真っ赤にしていたのだった。
その後でふたりは、蘇った寺山修司なのか寺山修司のソックリさんなのかの、ほんとうにくだらない言い争いになって、気まずくなったのだった。
いたいた。
「よう、ユカ元気?」
「……」
「なんだよ、そんなぶーたれた顔すんなよ。ちゃんと時間どうり来ただろ」
「……」
「おい、何おこってんだ。あ、わかった。やっぱ彼氏とうまくいってないんだろ? そうだと思ったよ。ま、その話は後でゆっくりさ……おい、待てよ、どこ行くんだ? おい!」
何なんだあいつは。全く女って生き物はよくわからん。彼氏とうまくいってないだろって言ったのが、まずかったかな?」
「おい、待ってたら……」
ユカはずんずん歩いていってしまう。歩道橋の階段を駆け上がり、逃げるようにして行ってしまった。
まったく冗談じゃない。自分から誘っておきながら逃げ出すなんて、どういうことなんだろう。もう勝手にしろ!
タロウはそのまま歩道橋をぐるっと廻って、東急プラザの前に出た。
今日は全く変なことばかりだなあと思いながら、足は自然にリュミエールの方へと向いていた。そして、リュミエールに行っても二度と小森くんには会えないんだなあと思うと、急に泣けてきた。
おかしい。どうしたってんだ。哀しい場面では決してなかない筈なのに。リュミエールに近づくにつれて、タロウの意志に反して涙は更に大粒になってゆき、頬はその熱と辛さでひりひり痛んだ。
でも、いざリュミエールの白いドアをの前に立つとタロウは躊躇した。何故か急にママには今逢っていけないんじゃないかと思ったのだ。
小森くんのことをよく知っている自分に逢うことは、ママにとって慰めになるだろうけれど、だからこそ逢ってはいけなのだ、というもっともな分別と派別に、今ママと逢ってしまたならば、きっと自分はママを抱くだろう、抱きたくなってしまうだろうという不謹慎なわけのわからない分別が、今タロウを押しとどめているのだった。
そこでタロウは、やっぱりリュミエールに入るのをやめ、踵を返してさっき歩いて来た通りへと出た。でも、そのまま帰る気にもなれず、東急ハンズの真横にあるビルの階段を上がってルノアールに入った。
ここには一度だけだけれど来たことがあった。一番窓際にの席に座ったタロウはアメリンカンを飲みながら、その時のことをはっきりと思い出した。
以前に来たのは、当時つきあっていた女のコと一緒だった。何故はっきりと憶えているのかというと、そのとき偶然にもあの天井桟敷の寺山修司が来ていたのだった。
タロウがそれに気づいて彼女にいうと「寺山修司! ハハハ。とっくに亡くなってます。ソックリさんでしょ」
「いや、あの声は、本人だから」
「だから、鬼籍に入ってるつーに」
「いや、蘇ったんだよ、逆転生みたいな?」
「なんじゃ、そら」
むろんタロウも寺山氏の顔をはっきりと確認したわけでもなかったけれども……寺山氏のいるテーブルには、四、五人の女性が同席していたけれど肝心の寺山氏の顔はタロウからちょうど死角になって見えなかった……あの独特の高い声で、そうと判断したのだった。
多分、仕事がらみの話をしていたと思うけれど、タロウは感激してしまい、わざと聞こえるような大きな声で、『毛皮のマリー』などといいながら、耳まで真っ赤にしていたのだった。
その後でふたりは、蘇った寺山修司なのか寺山修司のソックリさんなのかの、ほんとうにくだらない言い争いになって、気まずくなったのだった。
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