パスティーシュ

トリヤマケイ

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リュミエール

死という甘美な衣装を纏うことによって、この曲は完きものとなる

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「あのね、小森くんが亡くなったの」

 タロウは耳を疑った。

「亡くなったって! バイクで事故ったの?」

 少し間があった。
「自殺したのよ」

 ママはそういって泣き出した。タロウは呆然としてスマホを握りしめていた。気がつくとママがとぎれとぎれに話しはじめていた。

「わたしたちね、実は……おつきあいしてたの」

   その言葉にタロウはあの晩別れ際に見せた小森くんの表情を思い出していた。

「川崎くんはしばらく来てないから知らないと思うけれど、私たちが交際していることマスターにばれちゃったの。そしたら、マスターが怒っちゃって、あいつは出入り禁止だって言い出したの。私と歳が違いすぎるということもあったかもしれないし、それに営業中に男がいたんじゃ仕事にならんだろうとか言って、それはもう怒ったの」

 はっと思い、タロウは言った。
「もしかして、結婚する約束してたの?」

「口が裂けてもそんなことマスターに言えないわよ。でも、あのときは……弁解するようだけれど彼とまだそんなに深い関係になってなかったのよ。あたしは川崎くんの電話を待ってたの。でも……とにかくね、自殺する理由がわからないのよ。遺書もないっていうし」

「最近あいつ何かかわったことなかった?」

「別に想いあたらないけど……あ、そういえばあの人急にマイルスがわかったって言ってたわ。ほら、あの人マイルスは苦手だっていつも言ってたでしょ。それがね、あの『ラウンド・ミッドナイト』を聞いたとき不意にマイルスが何をやろうとしているのかわかったとか言ってたわ。あたし、あれほどマイルス嫌いの人がどうしちゃったのかしらって思って……」

『ラウンド・ミッドナイト』かと、タロウは思った。何がそこまで小森くんを追いつめたのか。『ラウンド・ミッドナイト』を聴いてあいつは何を考えたんだろう。

   しかし、なぜまた嫌いなはずだったマイルスを聴く気になどなったのか、たまたまリュミエールで聴いただけなのか、死を意識してあの曲をきいたのだろうか。彼が亡くなった今となっては、自殺の理由とともにそれは永遠の謎となってしまった訳だ。

 そんなことを考えている内にタロウは、知らぬ間にこう言っている自分の声を聞いた。

「ママは葬儀にはでないと言って、電話を切った」

「ちょっと、ちょっと何言ってるの?」と、ママが慌てて聞き返してくると、更にタロウの口から自然に言葉がとめどもなく溢れ出してきた。

「ぼくはママが言っていた小森くんの葬儀が行われる日、自分の部屋で『ラウンド・ミッドナイト』を聴いた。それは、小森くんのちっぽけな死という現実を超えたところで、哀しいほど甘美に響いていた。ぼくはこれからも幾度も幾度もこの曲を聴くだろう。そしてその度に小森くんを思い出す。それはどんなに素敵なことだろう。小森くんは、己の命と引き換えにこの美しい曲にまつわる思い出をぼくに残してくれたのだ。死という甘美な衣装を纏うことによって、この曲は完きものとなる、そしてその完きもののみが持つはかなさに、ぼく達は心打たれるのだ。そうだ、そうなのだ! 小森くんのちっぽけな死によってぼくのなかでこの『ラウンド・ミッドナイト』は完成し、永遠に輝きつづける……」

   ママが暫し絶句している様がタロウには手に取るようにわかった。時間ときが凍りついて停止した。
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