パスティーシュ

トリヤマケイ

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リュミエール

大丈夫よ、食べたりしないから

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 店を出ると、まだ飲み足りないなという小森くんとやっちんと別れて、タロウとママはタクシーで帰ることにした。

「川崎くんは中目黒なんでしょう、じゃ私と一緒に乗ってこうよ」

 そうママが言うのを聞いて、タロウはびっくりしてしまった。タロウのどぎまぎした顔を見ながら、ママは笑って言う。

「大丈夫よ、食べたりしないから」

 タロウはそのとき、小森くんの少し驚いたような表情を見逃さなかった。でも何もなかったように「じゃあね、また」そう小森くんは言うと、やっちんと一緒にセンター街の方へと消えていった。

   その後、すぐにタクシーはすぐつかまり、ふたりで乗り込んだけれど、車が出るとタロウはママと二人っきりで暗い密室に閉じ込められたような気がした。

 こんな時間に肉感的中年美人と男を乗せたタクシーの運転手の背中から、ドライバーとしての本分であるドライヴィングはほっといて、全神経を後部座席に集中させていることを読み取ってしまったタロウは、その背中に向かってご名答と言ってやりたかった。

 でも、運転手に対する優越感と、またその車の揺れも最初は心地いいと思っていたけれども、手を伸ばせば簡単に触れられるママの柔らかそうな肉体を思うと、タロウの神経はザワザワと震え、するとそのいやらしい想像と緊張のせめぎ合いの中でタロウは、俄かに気分が悪くなっていくのを感じた。

 そうなるとママと話をするどころではなかった。背中を冷たい汗が伝いおりててゆく。タロウは飲みすぎた自分を呪った。歯を食いしばって頑張ったけれど、どうにも限界だった。

「だいじょうぶ? 外の空気を吸ったほうがいいわよ」と、ママが開けてくれた窓に向かってタロウは少し吐いてしまった。

 朦朧とした意識のなかで運転手の怒気を帯びた声が聞こえた。
「降りて、降りて!」


 タロウは開いたドアからころげるように降りると、そのまましゃがみこんでまた吐いた。

 気がつくとママが背中をさすってくれていた。
「こんなとこ好きな女のコに見せちゃだめよ」
 吐き切ると少しは楽になったけれど、立ち上がるとまだふらふらする。ママはタロウに肩をかしてくれながら「さあ、帰ろう」と言った。

 その言葉に気付いて周りを見ると、すぐそこに中目黒駅の灯りが見えた。ここからだったらアパートは目と鼻の先だ。

「すいません。もうだいじょうぶ。アパートすぐそこだから」

「あら、そう。よかった。じゃいきましょ」

「いや、ほんとだいじょうぶだから……」

「なにいっての、すぐそこなら送ってくわよ」

 そして、あっちょっと待ってと言ってママは自販機に駆け寄ってコインを入れ、転がり落ちたオレンジ・ジュースを取り出しながら、「こういうときはね、しょっぱいものがいいのよ」と言った。

 あんまり飲む気はしなかったけど飲んでみると、まだむかむかしてたのが嘘のように消えていった。

「ね!」ママは、笑った。



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