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リュミエール
過去に戻ったと思っていたら、過去の並行世界でした
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いきなりまたそれは始まっていた。タロウの存在などまるっきり関係ないみたいに。それはというのは、時々タロウは、いろいろな場所に飛ばされることがあるからだ。
飛ばされるというのは、人事移動で函館支店に飛ばされるの飛ばされるではなく、リアルなこの世界以外の異世界へのそれである。
主人格が引っ込んで、どこか別な世界線に遷移している場合は、誰かまた別のキャラがなんとか切り盛りしているようなのだ。
たぶん、それは例のナルミなのかもしれない、ナルミとは記憶を共有している感じがある。
ところで昨日は、リュミエールの店内での記憶しかない。その後はまた誰かに乗っ取られていたようだ。
退社後。タロウはまっすぐスウィングにいくつもりだった。でもきまぐれで、先だって雑誌で見つけたディープという海外のエロティック・アートを展示するギャラリーに立ち寄った。
するとラス・メイヤー展をやっていて、なかなか面白く九時からラス・メイヤーのカルト・フィルムを上映するというので、いったん外に出て食事を摂り、再びディープに戻って映画を観た。
観終わって外に出ると、無性に酒が飲みたくなってすぐ傍にあったショット・バーに入って一杯ひっかけたけれど、もうその頃には十一時近くになっていて、これからスウィングにいってもどうせママはいないし、今夜は大人しく帰ろうと思った。
しかし、驚いた。並行世界に来て嗜好も変わったらしい。リアルでは酒などタロウはたしなまないからだ。
ところが、ショット・バーを出て駅に向かっているとき、小森くんたちにばったり出くわしたのだった。それは、小森くんとママと、小森くんの友達のやっちんだった。
「よう、何やってんの」と小森くん。
「え。何やってるって、そっちこそぞろぞろどこ行こうってえの」
「いやさ、ママがね、たまにはみんなで飲みに行こうって。どう、川崎さんも一緒に飲もうよ」
驚いた。リアルならありえない。
しかし、並行世界なのだからハッチャケてなくっちゃつまらない。
そこでタロウは小森くんたちと合流し近くの居酒屋に入った。店はそれほど混んではいなかった。
ママの横に小森くんが座り、タロウの隣にはやっちんがきた。店の外でママと一緒なんてなんか夢のような気がしたけれど、本当にママは別人のように見えた。
ママはとてもはしゃいでいるようだったけれど、タロウはといえばリュミエールのなかでは客として気軽にママに話し掛けていたというのに、こうしてママを目の前にして座っていると何を話していいのやら戸惑っている始末だったのは、リアルの時と変わらない。
そんな自分が不甲斐なく、まだ飲みが足らないなとぐいぐいビールをあおった。リアルではありえないことだ。
「あら、結構いけるのね」ママがそう言った。
「いや、すぐ真っ赤になっちゃって……」
すると、いわずもがなことがタロウの頭のなかにいっぱいに拡がっていく。ママ、結婚してるの? その言葉を飲み込みながらタロウは言っていた。
「ママってさ、美人だからお客とかに言い寄られてこまっちゃうでしょ」
小森くんもやっちんも頷いている。
「まあ、お上手ね。なんにも出ないわよ」
タロウは食い下がる。
「でも、ほんとのとこはどうなの」
「川崎くん方こそどうなの、もてるんでしょ」
「うん。まあ。いや、それほどでもないんだけど……」
「いや、川崎さんはもてるよ絶対。な、やっちん」
「そうですね、川崎さんは優しそうだから女のこもコロッといっちゃうと思うな」
ママは笑っている。
「ちょっとちょっと、おれのことはいいんだよ。まいったな」
そんな他愛ないおしゃべりをしながらタロウは陽気に飲んだ。
飲みはじめたのが既に十一時を過ぎていたから、さあお開きにしようかなとなったときには、もう一時をとうに回っていた。
リアルよりは、モテそうな予感。
飛ばされるというのは、人事移動で函館支店に飛ばされるの飛ばされるではなく、リアルなこの世界以外の異世界へのそれである。
主人格が引っ込んで、どこか別な世界線に遷移している場合は、誰かまた別のキャラがなんとか切り盛りしているようなのだ。
たぶん、それは例のナルミなのかもしれない、ナルミとは記憶を共有している感じがある。
ところで昨日は、リュミエールの店内での記憶しかない。その後はまた誰かに乗っ取られていたようだ。
退社後。タロウはまっすぐスウィングにいくつもりだった。でもきまぐれで、先だって雑誌で見つけたディープという海外のエロティック・アートを展示するギャラリーに立ち寄った。
するとラス・メイヤー展をやっていて、なかなか面白く九時からラス・メイヤーのカルト・フィルムを上映するというので、いったん外に出て食事を摂り、再びディープに戻って映画を観た。
観終わって外に出ると、無性に酒が飲みたくなってすぐ傍にあったショット・バーに入って一杯ひっかけたけれど、もうその頃には十一時近くになっていて、これからスウィングにいってもどうせママはいないし、今夜は大人しく帰ろうと思った。
しかし、驚いた。並行世界に来て嗜好も変わったらしい。リアルでは酒などタロウはたしなまないからだ。
ところが、ショット・バーを出て駅に向かっているとき、小森くんたちにばったり出くわしたのだった。それは、小森くんとママと、小森くんの友達のやっちんだった。
「よう、何やってんの」と小森くん。
「え。何やってるって、そっちこそぞろぞろどこ行こうってえの」
「いやさ、ママがね、たまにはみんなで飲みに行こうって。どう、川崎さんも一緒に飲もうよ」
驚いた。リアルならありえない。
しかし、並行世界なのだからハッチャケてなくっちゃつまらない。
そこでタロウは小森くんたちと合流し近くの居酒屋に入った。店はそれほど混んではいなかった。
ママの横に小森くんが座り、タロウの隣にはやっちんがきた。店の外でママと一緒なんてなんか夢のような気がしたけれど、本当にママは別人のように見えた。
ママはとてもはしゃいでいるようだったけれど、タロウはといえばリュミエールのなかでは客として気軽にママに話し掛けていたというのに、こうしてママを目の前にして座っていると何を話していいのやら戸惑っている始末だったのは、リアルの時と変わらない。
そんな自分が不甲斐なく、まだ飲みが足らないなとぐいぐいビールをあおった。リアルではありえないことだ。
「あら、結構いけるのね」ママがそう言った。
「いや、すぐ真っ赤になっちゃって……」
すると、いわずもがなことがタロウの頭のなかにいっぱいに拡がっていく。ママ、結婚してるの? その言葉を飲み込みながらタロウは言っていた。
「ママってさ、美人だからお客とかに言い寄られてこまっちゃうでしょ」
小森くんもやっちんも頷いている。
「まあ、お上手ね。なんにも出ないわよ」
タロウは食い下がる。
「でも、ほんとのとこはどうなの」
「川崎くん方こそどうなの、もてるんでしょ」
「うん。まあ。いや、それほどでもないんだけど……」
「いや、川崎さんはもてるよ絶対。な、やっちん」
「そうですね、川崎さんは優しそうだから女のこもコロッといっちゃうと思うな」
ママは笑っている。
「ちょっとちょっと、おれのことはいいんだよ。まいったな」
そんな他愛ないおしゃべりをしながらタロウは陽気に飲んだ。
飲みはじめたのが既に十一時を過ぎていたから、さあお開きにしようかなとなったときには、もう一時をとうに回っていた。
リアルよりは、モテそうな予感。
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