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タロウ
矮小な悩みに震えるちっぽけな自分を、光の矢で串刺しにしてほしい
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自分の部屋から真正面に見える大きなマンションの生け垣の間に、うずくまるようにして座り、未だ明け染めぬ東の空の方向を眺めながら、ときどき溜め息をつくタロウが、もっとも恐れていたことは、ほんとうの自分と対峙することだった。
実のところ、お持ち帰りしたというか、拾ってきてしまった女は、女性性を有するほんとうの女性ではないことに、タロウは気づいていた。
気づいていたにもかかわらず、知らないふりをして連れ帰ってしまったのだ。
自己欺瞞という四文字がくっきりとタロウの脳裏に浮かび上がる。
すべては、演技だったのだ。
他者に対する演技ならまだしも、自分に対して演技することにどんな意味があったのかというならば、一足飛びに自分のなかのほんとうの自分を見つめたくはなかったからだ。
段階を経ながらじょじょにほんとうの自分と邂逅したかったというわけだ。
そのためには、ほんとうのことがわかっていながらも自分をあざむくという、二重の演技が必要だった。
それは、ある種儀式めいたものといえるのかもしれない。
そして、その自己欺瞞もまた、二重の意味があった。
タロウは、事をなそうとするその直前に、あるいは、その行為の最中に自分をあざむく台詞を、そしていいわけをつぶやくだろう。
「タイプの女のコだったんだ。まさか女装してるなんてこれっぽちも思わなかったんだし、こうなってしまった以上、ほっぽり出すわけにもいかない。
かくなるうえは、go for broke! なるようになれってか?」
自分にいいわけしたところで、なんにもならないのだが、認めたくはないのだ。
認めたくはないのだけれども、今夜こんなことをしでかしてしまったのも、ひとえに実験をするためだった。
ほんとうに、自分は男が好きなのだろうか。
あるいは、見た目は女の子であり、性別も女の子であり、とんでもなく爆乳。
にもかかわらず男性器があるという、いわゆるふたなりが好きなのか。
それであえてタロウは、ニューハーフっぽい男の子? を連れ帰って、どういった行動をとるのか、自分を観察してみたかったというわけなのだ。
だが、いざそのときを迎えると怖気づいたタロウは、なんだかんだと難癖をつけて部屋に戻れないという演技を、誰ひとりとしていない観客を前に演じていたのだった。
タロウは、やっと重い御輿をあげる気になった。女の腐ったやつみたいにウダウダいってても一向に埒はあかないのだ。
もう長い夜も明けようとしていた。
タロウは、屋上にあがろうと思った。
今ならば、東の空にキラキラと瞬きながらひときわ輝くシリウスが見えるかもしれないと思った。
タロウは、はやる気持ちをおさえながらも、一気に階段を駆け上がった。
するとどうだろう、まだ昇ったばかりのシリウスが大気の揺らぎのなかで青白く神秘的に瞬いていているではないか。
タロウは、その神々しいまでの神秘な光りに息をのんだ。
そして、矮小な悩みに震えるちっぽけな胸を、光りの矢で串刺しにしてほしいと願った。
やがて、勇気を少しだけ分けてもらったような気がしたタロウは、意を決して5階へと降りていった。
だが、部屋は、もぬけの殻だった。
拍子抜けしたタロウは、ペーパークラフトの人形が折りたたまれるようにソファにくずおれた。
どうにもならない睡魔が押し寄せてきたというわけではなかった。
むしろ、目が冴えて仕方なかった。
身体が鉛のように重い。
風呂に入るどころか、着替えするのさえ億劫だった。
どうなったって、もうおれのしったこっちゃない。
やりたいようにやればいいじゃないか。自分に正直になれよ。そんな声が木霊している。
照明が煌煌と照らす部屋のなかで、砂浜に打ち上げられた溺死体みたいにソファに横たわるタロウは、やっとのことで、石臼で挽かれるような浅い眠りについた。
だが、二時間ほどでふと目を覚ますと、幻をみた。
といっても、実際に自分の目で見たわけではない。
浅い眠りのなかで頭の一部分だけは覚醒していて、目を瞑ったままにもかかわらず、まざまざとそれを感じ取ったのだった。つまり、明晰夢というやつだろう。
そこには、フローリングの床に寝そべる、もうひとりの自分がいた。
そして、その隣には、べろべろに酔っぱらっているらしいうら若い男が横たわっていた。
誰だろう。
それにしても、なんでこんなになるまで酔っぱらったんだこの男は。
これじゃ色男もだいなしだなぁ、という思いが、タロウにも伝わってくる。
やがて、もうひとりのタロウが、男の二の腕を掴んで持ち上げて手を放すと、バタンと腕が床に落ちる。
そして、今度は顔を覗き込んでいる。
男が短く断続的に息を吐き、苦しそうに顔を歪ませる。
大丈夫か、と声を掛けながらも、なんかモヤモヤしてきたらしいのが手に取るようにわかる。
どうやら、キスがしたいらしい。
曲げたひじを床について、左手で頭を支えながら右手で男の身体を撫でさすっている。
タロウは、なんなんだこれはと思う。
すると、もうひとりのタロウの声が、直接タロウの内耳を震わせた。
「なんなんだろう、これはってか?」
タロウは、応える。「誰なんだおまえは?」
「おまえにきまってるじゃんか。おまえにクリソツだろ?」
「似てはいるけど、そんなに俺は美形じゃないよ」
「いいや。ただこっちが化粧してるからだろ。ナルミって呼んでくれ」
「ふざけんなよ」
「ふざけてなんかいないさ。おまえが苦しんでいるのを見かねて、こうして出てきてやったんだから、感謝しろよな」
「だんだんむかついてきた」
「あはははは。ところでさ、おまえ、このごろキレなくなってきたのは、偉いじゃないか。ちょっと前にも職場でそういった場面があったよな?」
「よく知ってるね。てか、俺自身だからあたりまえか」
「いや、だからちがうんだって。おまえじゃない。で、あの時、おまえはなんでキレなかったんだ? ここでキレたら職を失うって思ったの?」
「忘れたさ。そんなこと」
「あっそ。でも、おまえずっと以前だけど一度だけマジギレしたことあっただろ?」
「ああ。小学生の頃の話な。俺自身、あれには驚いたよ。面罵したなんて言葉があるけれども、人の顔にツバを吐きかけるってどうなの?」
「どうなのってきかれてもw。あれは、暴力をふるうなんてまだ甘いって感じだった。すえおそろしいガキだと思ったよ」
「ふ~ん。それにしても、なんでそんなことまで知ってんの? キモいんだけど」
「まあね。おれ自身驚いてるんだが、同化しちゃったんだろうね、きっと」
「どうかしちゃった?」
「そう。どうかしちゃってるよな」
「へ? で、どういう目的で現われたってわけ?」
「ああ。おまえはノーマルってことを伝えにきたんだ。いわゆるノンケってやつ?」
「でも、なんで……」
「でも、なんで? おまえの行動が目に余るからだよ。なんなんだ、あの猿芝居は。大丈夫、おまえはノーマルだよ。俺がバイなんだ。それがちょっとそっちに滲んでるって感じかな。だから、そうナーバスになるなってこと」
以上は、夢を見ていることがわかっているタロウの明晰夢であったり、また予知夢でもない。
実のところ、お持ち帰りしたというか、拾ってきてしまった女は、女性性を有するほんとうの女性ではないことに、タロウは気づいていた。
気づいていたにもかかわらず、知らないふりをして連れ帰ってしまったのだ。
自己欺瞞という四文字がくっきりとタロウの脳裏に浮かび上がる。
すべては、演技だったのだ。
他者に対する演技ならまだしも、自分に対して演技することにどんな意味があったのかというならば、一足飛びに自分のなかのほんとうの自分を見つめたくはなかったからだ。
段階を経ながらじょじょにほんとうの自分と邂逅したかったというわけだ。
そのためには、ほんとうのことがわかっていながらも自分をあざむくという、二重の演技が必要だった。
それは、ある種儀式めいたものといえるのかもしれない。
そして、その自己欺瞞もまた、二重の意味があった。
タロウは、事をなそうとするその直前に、あるいは、その行為の最中に自分をあざむく台詞を、そしていいわけをつぶやくだろう。
「タイプの女のコだったんだ。まさか女装してるなんてこれっぽちも思わなかったんだし、こうなってしまった以上、ほっぽり出すわけにもいかない。
かくなるうえは、go for broke! なるようになれってか?」
自分にいいわけしたところで、なんにもならないのだが、認めたくはないのだ。
認めたくはないのだけれども、今夜こんなことをしでかしてしまったのも、ひとえに実験をするためだった。
ほんとうに、自分は男が好きなのだろうか。
あるいは、見た目は女の子であり、性別も女の子であり、とんでもなく爆乳。
にもかかわらず男性器があるという、いわゆるふたなりが好きなのか。
それであえてタロウは、ニューハーフっぽい男の子? を連れ帰って、どういった行動をとるのか、自分を観察してみたかったというわけなのだ。
だが、いざそのときを迎えると怖気づいたタロウは、なんだかんだと難癖をつけて部屋に戻れないという演技を、誰ひとりとしていない観客を前に演じていたのだった。
タロウは、やっと重い御輿をあげる気になった。女の腐ったやつみたいにウダウダいってても一向に埒はあかないのだ。
もう長い夜も明けようとしていた。
タロウは、屋上にあがろうと思った。
今ならば、東の空にキラキラと瞬きながらひときわ輝くシリウスが見えるかもしれないと思った。
タロウは、はやる気持ちをおさえながらも、一気に階段を駆け上がった。
するとどうだろう、まだ昇ったばかりのシリウスが大気の揺らぎのなかで青白く神秘的に瞬いていているではないか。
タロウは、その神々しいまでの神秘な光りに息をのんだ。
そして、矮小な悩みに震えるちっぽけな胸を、光りの矢で串刺しにしてほしいと願った。
やがて、勇気を少しだけ分けてもらったような気がしたタロウは、意を決して5階へと降りていった。
だが、部屋は、もぬけの殻だった。
拍子抜けしたタロウは、ペーパークラフトの人形が折りたたまれるようにソファにくずおれた。
どうにもならない睡魔が押し寄せてきたというわけではなかった。
むしろ、目が冴えて仕方なかった。
身体が鉛のように重い。
風呂に入るどころか、着替えするのさえ億劫だった。
どうなったって、もうおれのしったこっちゃない。
やりたいようにやればいいじゃないか。自分に正直になれよ。そんな声が木霊している。
照明が煌煌と照らす部屋のなかで、砂浜に打ち上げられた溺死体みたいにソファに横たわるタロウは、やっとのことで、石臼で挽かれるような浅い眠りについた。
だが、二時間ほどでふと目を覚ますと、幻をみた。
といっても、実際に自分の目で見たわけではない。
浅い眠りのなかで頭の一部分だけは覚醒していて、目を瞑ったままにもかかわらず、まざまざとそれを感じ取ったのだった。つまり、明晰夢というやつだろう。
そこには、フローリングの床に寝そべる、もうひとりの自分がいた。
そして、その隣には、べろべろに酔っぱらっているらしいうら若い男が横たわっていた。
誰だろう。
それにしても、なんでこんなになるまで酔っぱらったんだこの男は。
これじゃ色男もだいなしだなぁ、という思いが、タロウにも伝わってくる。
やがて、もうひとりのタロウが、男の二の腕を掴んで持ち上げて手を放すと、バタンと腕が床に落ちる。
そして、今度は顔を覗き込んでいる。
男が短く断続的に息を吐き、苦しそうに顔を歪ませる。
大丈夫か、と声を掛けながらも、なんかモヤモヤしてきたらしいのが手に取るようにわかる。
どうやら、キスがしたいらしい。
曲げたひじを床について、左手で頭を支えながら右手で男の身体を撫でさすっている。
タロウは、なんなんだこれはと思う。
すると、もうひとりのタロウの声が、直接タロウの内耳を震わせた。
「なんなんだろう、これはってか?」
タロウは、応える。「誰なんだおまえは?」
「おまえにきまってるじゃんか。おまえにクリソツだろ?」
「似てはいるけど、そんなに俺は美形じゃないよ」
「いいや。ただこっちが化粧してるからだろ。ナルミって呼んでくれ」
「ふざけんなよ」
「ふざけてなんかいないさ。おまえが苦しんでいるのを見かねて、こうして出てきてやったんだから、感謝しろよな」
「だんだんむかついてきた」
「あはははは。ところでさ、おまえ、このごろキレなくなってきたのは、偉いじゃないか。ちょっと前にも職場でそういった場面があったよな?」
「よく知ってるね。てか、俺自身だからあたりまえか」
「いや、だからちがうんだって。おまえじゃない。で、あの時、おまえはなんでキレなかったんだ? ここでキレたら職を失うって思ったの?」
「忘れたさ。そんなこと」
「あっそ。でも、おまえずっと以前だけど一度だけマジギレしたことあっただろ?」
「ああ。小学生の頃の話な。俺自身、あれには驚いたよ。面罵したなんて言葉があるけれども、人の顔にツバを吐きかけるってどうなの?」
「どうなのってきかれてもw。あれは、暴力をふるうなんてまだ甘いって感じだった。すえおそろしいガキだと思ったよ」
「ふ~ん。それにしても、なんでそんなことまで知ってんの? キモいんだけど」
「まあね。おれ自身驚いてるんだが、同化しちゃったんだろうね、きっと」
「どうかしちゃった?」
「そう。どうかしちゃってるよな」
「へ? で、どういう目的で現われたってわけ?」
「ああ。おまえはノーマルってことを伝えにきたんだ。いわゆるノンケってやつ?」
「でも、なんで……」
「でも、なんで? おまえの行動が目に余るからだよ。なんなんだ、あの猿芝居は。大丈夫、おまえはノーマルだよ。俺がバイなんだ。それがちょっとそっちに滲んでるって感じかな。だから、そうナーバスになるなってこと」
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