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トリヤマケイ

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魔王編

消えたリカ

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   フエは、ユタカとケンジと合体すると一気に上空へと移動した。反重力を利用しているので、飛翔というよりも移動という感じだ。

   そして、上空のある一点で静止しながら会話した。

「それで、どうする?」とフエ。

「とりあえず、コミューンに戻りたい」

「早くリカに会いたい」とケンジ。

「ok!  じゃ、ユタカどっちの方角?」

「あの山の向こうだよ」と、ユタカはくるりと身を翻し、それほど高くはない山を指差した。

「わかった。とりあえずあの山の真上まで移動するから」といった次の瞬間にはもう山の真上の上空にいた。

  ケンジは高いところがダメなので、一切何もない宙空に浮かんでいる自分が自分でないような、へんな感じがした。

  それは、具体的に言うと心と身体がバラバラになりそうな変な感覚で、お尻のあたりがムズムズし背中がゾワゾワした。

「ほら、あそこに見える!?」

  ユタカはコミューンのある場所を指差しそう言ったものの、何か様子がおかしい。もともとちっぽけな掘っ建て小屋が幾つかあっただけだが、それが、影も形もない。

  そこは、敵から身を守るためにいわば自然の要塞を利用し、背後から攻められることがないように、絶壁を背にしている谷底の一角にあった。

  切り立つ絶壁の威容に、ほとんどの者は衝撃を受けるが、天辺のオーバーハングしている白い一枚岩と相俟って誰が言い出したのかはわからないが、いつしかその絶壁は死に損ないの糸切り歯という名で呼ばれるようになっていた。

  遠目にはそこには、小屋の残骸すらなく跡形もなくユタカたちの生活の痕跡は消えているように見えた。

  フエはすぐさまそこに移動し、空爆を受けたかのように根こそぎ消えてしまった元コミューンがあったという場所に降り立った。

  変異したドワーフたちも、エルフもいない。飼っていた様々な動物たちもいない。

  ケンジは、リカを捜したが一緒に暮らしていた横穴にもどこにもリカはいなかった。

  「リカー!  リカー!」血声のようなケンジのリカを呼ぶ声が虚しくあたりに響くばかり。

 「ユタカ、どういうことなんだよ」

 「たぶん、襲撃されたんだろうな」

「でも、跡形もないってなにさ?   焼き討ちにあったとかでも焼け跡に残骸とか痕跡があるもんだよね?」

「だよなぁ」とユタカ。

「つまり、ここの空間を直方体みたいな感じで切り取って、どこかに移動した、みたいな?」とフエ。

「そんな羊羹切るみたいなことできるわけ?   そしたら切られてなくなった羊羹の部分は、何もないはずじゃ?」

「そうなんだよね。じゃあ、実際は全然ふだんと変わりなく生活しているんだけれど、不可視になってるとか」

「なんやのそれ?」とユタカ。


「まあ、いわゆるひとつの魔法ってやつでしょ。ここら辺一帯を擬似亜空間にしてしまったんじゃないかな?  だからこちらからも、あちらからも見えない」

「生き物だけ次元の違う亜空間に移動してしまう魔法か」

「もしくは透明マントを着てるとか?   そうだったらうれしいんだけど」とケンジ。

「なんでわざわざそんなもん着るんだよ、ヤギとかウサギとかも透明マントかい」

「リカー、もう出ておいでよー、鬼ごっこは終わりだよ~」

 「リカ~!  リカ~!」ケンジの声が谷底に木霊する。

「ケンジ、気持ちはわかるけどそんなんしても虚しくなるだけやろ。ま、こうなったらドワーフやエルフのみんなや、リカを絶対捜し出さなあかんな」

「そうなの?  じゃマジにリカ攫われたってこと?」半泣きのケンジ。

「まあ。事実上はね、そうなるのかもだけど、とにかくこの事態を受け容れるしかないだろ。メソメソしてもはじまんないぞ」

「捜すったって、どんな理由があるのか、どんな相手なのか、まるっきりわからないんだから、手がかりゼロじゃん」

「それがそうではないかもよ?」


「なんでさ、フエちゃん、何か思い当たることあるの?」

「なんかね、たぶんだけど。こんなわけわかんない魔法を使うやつらは、あまりいないからさ」

  フエがケンジにそう言った。

「そうなんだ?  やっぱ魔族とか」

「それはそうなんだけど、魔族にもいろいろ種族があるからさ、でもこれはきっと西のやつらの仕事だと思う」

「西?」

「西のエリアに強大な魔王がいるらしいんだよ。その魔王が関連してるんじゃないかなと思うんだよね」とフエ。

「その根拠は?」

「いや。ナッシング。ただの直感」

「ふーむ。直感ね」と腕組みしながら半信半疑のユタカ。

「でもね」とフエはさらに続ける。

「このやり方。ユタカたちにとって小さいけれど温もりを感じることのできる唯一の場所だったんだよね?  そのコミューンをそっくり消してしまった。ただの小物ならせいぜい焼き討ちくらいが関の山。それが、一切の痕跡を残さないという実にスマートな、だからこそ実に冷徹なやり方。これをやるのはあの魔王だとしか思えないんだよ」

「まあ。魔王ってのはいずれにせよ皆一様に非道なものだけどね、フエがそういうんなら、そうなのかもな」

「でも、そうだとしてその西の国へ行くにはどうしたらいいの?」とケンジ。

「そりゃ、フエが反重力でだな、一瞬にして」

「いや、それがさ西の国だけはどこからも侵入できないって聞いてる」

「マジ?  結界みたいなものか?」

「だね、それだけその魔王が強大ってことだよ」

「なら、どうすんのさ」とケンジ。

 すると、したり顔でフエが言った。

「まあ、手はないこともないよ。ボクが間違ってなければだけどね」
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