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魔王編
ダンジョンの入り口で
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しかし、考えてみたら磁石は鉄なんかを引きつける性質はあっても、人体を引き寄せるわけもなかった。
だから、半重力を操ることができるモンスターなのかもしれない。万有引力は質量の存在により生じるから、ユタカの質量に何らかの形で介入し、質量を劇的に増やしたのかもしれなかった。
ケンジは、その半重力の磁場を発生させるモンスターは、いったいどんなやつなんだろうと何かが出てくる気配に洞窟の暗がりを凝視した。
しかし、ゲームでオールした朝の血走ったような目を凝らして見た、それはあまりにも意外なモンスターだった。
ケンジは閉じ方を忘れてしまったかのように口をアングリ開けたまま、驚いて声も出なかった。
それは、いわゆるロングコートのチワワに酷似した小さなモンスターだったのだ。ていうか、ふつうにチワワなのか?
洞窟の暗がりをバックにしてトコトコ歩いてきたその生き物は、全体が金色に輝いているように見えた。
そして地面に貼り付いたように動けないユタカのそばまでくると、いきなり話しかけた。
チワワがワンワンとかキャンキャンとか吠えたのではない。ヒトの言葉をしゃべった。
「や、ごめん」
ユタカに向かってそう言ったのだ。ユタカとケンジも当然驚いて言葉が出てこない。
「はにゃ? キミ、言葉わからないのかな?」
逆にユタカはチワワくんにたしなめられてしまった。
「ざけんなよ、とにかくこれどうにかしてくれ、おまえがやってんならだけど?」
「ごめんね、つい敵だと思ってさ」
と、不意に身体の束縛が解かれたようにユタカは起き上がると、その場に胡座をかいて座った。
ユタカもそれほど大きくはないが、さすがにチワワよりは大きい。マウントを取るのではなく、真逆のチワワの体高に合わせていくユタカのスタイルに、ケンジは感心した。
「それが、本来の姿ってこと?」ユタカは、そうチワワくんに話しかけた。
「まあ、そうだね。ほんとうのところは秘密」
「そうなんだ。で、ここで何してんの? あ、オレはユタカで、あっちはケンジね、よろしく!」
「おれは、フエ。ここのダンジョン制圧しにきたんだけど、なぜかもぬけの殻だった」
「はい? 制圧って、マジ? たしか何百階層もあるって話聞いてるけどね?」
「まあ、そうなんだけど、たぶん一斉にどこかに転移したんじゃないかな」
「なにそれ?」
「いや、サーカスとかさ、旅芸人の一座とかであるじゃん? あちらこちらと転々としながら巡業していくみたいな?」
「さらにわからないんですけど?」
「まあ、とにかくここ出払っちゃってどこかに行ってしまったようなのは事実」
「異世界の世界大戦みたいなことになってるんかな。それで駆り出されたとか」と、ケンジ。
「何があってもおかしくはない世界だからね」
「ひとつの階層だけならまだその可能性もなきにしもあらずだけれど、全階層となると、ちょっとね、ありえないっしょ」
「いや、それはそうなんだけど、実際おれ見てきたから」
「全ての階層を?」
「ンー。10階層くらいかな」
「ほらね、話、盛り過ぎなんだよ」
「キミ、失礼だな、それじゃまるでおれが嘘つきみたいじゃないか!」
「だってそうやろ? 何百階層もあるっていわれてるダンジョンの、たった10階層だけ覗いてみたら、ダンジョンマスターほか誰もいなかったから、ダンジョン全体が幽霊屋敷みたくなったと思うのは、そら早合点やなって感じやわ」
「あのねー、おれの長年の経験が、そう告げてくるのよ、10階層も見れば充分なわけ、オタクらボンクラと一緒にすんなよ」
「なんだと!」
「まあまあ」とケンジが割ってはいる。「じゃあ、どうです、この3人でパーティ組んで、ダンジョン攻略しましょうよ、モンスターいないならいないで全然助かるわけだし、いたらいたで俺も力試し出来るし」
「おいおい、ケンジ」とユタカはあきれ顔。「おまえ、勇者にでもなったつもりなのかよ? スキルゼロだろが!」
「ウッセーワ、俺は勇者としてこの世界に召喚されたんだから、それなりにチート能力あるはずなんだわ。ユタカだって言ってただろ、問題は覚悟と出来ると信じることって?」
「あれ? そんなこといったっけか? たしかに魔法なんてありえん! なんて考えてるやつが魔法使えないわな」
「そうだろ。それにさ、俺、ここに転移した時点で、いわゆる現実の物理現象に縛られている方がよっぽどおかしいと思うんだよ。ここは、現実世界ではないんだからさ」
「それは、そう」とチワワの姿のフエ。
「なるほど。しかしケンジくん、具体的に何か技があるのかな? モンスターと戦うって自分の部屋でコントローラーのボタン連打するのとはわけが違うんだよ?」
「わかってるさ、そんなこと。俺だって一緒に転移してきたクラスメイトたちが死んでいくのを実際に見てきたんだ」
「ならさ、わかるだろ、スキルのないやつは、いとも簡単にひねり潰されていくだけなんだって。魔法使いやら念能力者には、ふつうの人間なんて赤子の手をひねるのも同然なんだよ」
「いや、ユタカ、赤ちゃんの手をひねっちゃったらまずくね? それ、ヒトとして どうなの?」
「おまえな、論点をすり替えるなや、てか、オレ、ヒトじゃねーし」
とまあ、おバカな会話は果てしなく続きそうなのでした。
だから、半重力を操ることができるモンスターなのかもしれない。万有引力は質量の存在により生じるから、ユタカの質量に何らかの形で介入し、質量を劇的に増やしたのかもしれなかった。
ケンジは、その半重力の磁場を発生させるモンスターは、いったいどんなやつなんだろうと何かが出てくる気配に洞窟の暗がりを凝視した。
しかし、ゲームでオールした朝の血走ったような目を凝らして見た、それはあまりにも意外なモンスターだった。
ケンジは閉じ方を忘れてしまったかのように口をアングリ開けたまま、驚いて声も出なかった。
それは、いわゆるロングコートのチワワに酷似した小さなモンスターだったのだ。ていうか、ふつうにチワワなのか?
洞窟の暗がりをバックにしてトコトコ歩いてきたその生き物は、全体が金色に輝いているように見えた。
そして地面に貼り付いたように動けないユタカのそばまでくると、いきなり話しかけた。
チワワがワンワンとかキャンキャンとか吠えたのではない。ヒトの言葉をしゃべった。
「や、ごめん」
ユタカに向かってそう言ったのだ。ユタカとケンジも当然驚いて言葉が出てこない。
「はにゃ? キミ、言葉わからないのかな?」
逆にユタカはチワワくんにたしなめられてしまった。
「ざけんなよ、とにかくこれどうにかしてくれ、おまえがやってんならだけど?」
「ごめんね、つい敵だと思ってさ」
と、不意に身体の束縛が解かれたようにユタカは起き上がると、その場に胡座をかいて座った。
ユタカもそれほど大きくはないが、さすがにチワワよりは大きい。マウントを取るのではなく、真逆のチワワの体高に合わせていくユタカのスタイルに、ケンジは感心した。
「それが、本来の姿ってこと?」ユタカは、そうチワワくんに話しかけた。
「まあ、そうだね。ほんとうのところは秘密」
「そうなんだ。で、ここで何してんの? あ、オレはユタカで、あっちはケンジね、よろしく!」
「おれは、フエ。ここのダンジョン制圧しにきたんだけど、なぜかもぬけの殻だった」
「はい? 制圧って、マジ? たしか何百階層もあるって話聞いてるけどね?」
「まあ、そうなんだけど、たぶん一斉にどこかに転移したんじゃないかな」
「なにそれ?」
「いや、サーカスとかさ、旅芸人の一座とかであるじゃん? あちらこちらと転々としながら巡業していくみたいな?」
「さらにわからないんですけど?」
「まあ、とにかくここ出払っちゃってどこかに行ってしまったようなのは事実」
「異世界の世界大戦みたいなことになってるんかな。それで駆り出されたとか」と、ケンジ。
「何があってもおかしくはない世界だからね」
「ひとつの階層だけならまだその可能性もなきにしもあらずだけれど、全階層となると、ちょっとね、ありえないっしょ」
「いや、それはそうなんだけど、実際おれ見てきたから」
「全ての階層を?」
「ンー。10階層くらいかな」
「ほらね、話、盛り過ぎなんだよ」
「キミ、失礼だな、それじゃまるでおれが嘘つきみたいじゃないか!」
「だってそうやろ? 何百階層もあるっていわれてるダンジョンの、たった10階層だけ覗いてみたら、ダンジョンマスターほか誰もいなかったから、ダンジョン全体が幽霊屋敷みたくなったと思うのは、そら早合点やなって感じやわ」
「あのねー、おれの長年の経験が、そう告げてくるのよ、10階層も見れば充分なわけ、オタクらボンクラと一緒にすんなよ」
「なんだと!」
「まあまあ」とケンジが割ってはいる。「じゃあ、どうです、この3人でパーティ組んで、ダンジョン攻略しましょうよ、モンスターいないならいないで全然助かるわけだし、いたらいたで俺も力試し出来るし」
「おいおい、ケンジ」とユタカはあきれ顔。「おまえ、勇者にでもなったつもりなのかよ? スキルゼロだろが!」
「ウッセーワ、俺は勇者としてこの世界に召喚されたんだから、それなりにチート能力あるはずなんだわ。ユタカだって言ってただろ、問題は覚悟と出来ると信じることって?」
「あれ? そんなこといったっけか? たしかに魔法なんてありえん! なんて考えてるやつが魔法使えないわな」
「そうだろ。それにさ、俺、ここに転移した時点で、いわゆる現実の物理現象に縛られている方がよっぽどおかしいと思うんだよ。ここは、現実世界ではないんだからさ」
「それは、そう」とチワワの姿のフエ。
「なるほど。しかしケンジくん、具体的に何か技があるのかな? モンスターと戦うって自分の部屋でコントローラーのボタン連打するのとはわけが違うんだよ?」
「わかってるさ、そんなこと。俺だって一緒に転移してきたクラスメイトたちが死んでいくのを実際に見てきたんだ」
「ならさ、わかるだろ、スキルのないやつは、いとも簡単にひねり潰されていくだけなんだって。魔法使いやら念能力者には、ふつうの人間なんて赤子の手をひねるのも同然なんだよ」
「いや、ユタカ、赤ちゃんの手をひねっちゃったらまずくね? それ、ヒトとして どうなの?」
「おまえな、論点をすり替えるなや、てか、オレ、ヒトじゃねーし」
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