クリシェ

トリヤマケイ

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魔王編

変身よりも異世界

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  ケンジとリカは、自分の意思で突然変異的にミュータントめいたものへと変貌を遂げたドワーフたちやら、新たに仲間に加わったエルフたちと仲良く暮らしはじめた。

  トイレがないだとか、シャワーもないしもちろんTVもない、スマホもないパソコンもない、その不便さに悪態をついたり、好き嫌いなどいっていられるわけもなく、あのゴブリンのジェノサイドに比べたら、ここはまさに天国だった。

  それにユタカの話ではここは、まるで地球みたいに、いや日本みたいに四季があるらしかった。

   ケンジとリカも新学期初頭のオリエンテーションの一環として工場見学に行った先での、魔法陣がありました、みんなで転移魔法だとかワーキャーしながら魔法陣の中に入りました、お約束通り閃光が走って、という流れだったが、あの時は桜が満開だった。

  ここには、さすがに桜はないようだったけれど、草原には色とりどりの花が咲き乱れる自然にできた花壇のような場所もあったし、見たこともないような美しい川辺もあった。

  ゴブリンはなぜか穴倉や木立ちに住んでいるような印象がケンジにはあったが、ここではまったくといっていいほど、ゴブリンにはお目にかからなかった。

  地図的なものはないし、ここら辺の地形もよくわからないが、山ひとつ越えたところは、まったく別な地形でゴブリンの好みそうな獣が多く棲息しているのかもしれないなどと思った。

  そういえば、ゴブリンが何を主食にしているのかまったく知らない。まさか、ベジタリアンではないだろうけれどゴブリンという存在を知識の上で認知していた、つまり読み物の中でゴブリンを知ったケンジは、つい最近そのゴブリンに追いかけ回され命からがら逃げてきたことを考えると、コペルニクス的転回というか何が常識なのか、もうさっぱりわからなくなるほどの不条理を感じた。

  いちばんの真理は、何があってもおかしくはない。そんなものなのかもしれない。ここが地球なのか、宇宙の今現在の最果ての星の異世界なのかわからないが、こんな時、人はなぜこんなことになってしまったのかを考えるはずで、それは危機に直面した人として当然の成り行きなはずなのだ。

  ケンジは以前、不条理を扱ったカフカの『変身』を読み、甲虫みたいなものになったグレゴール・ザムザがなぜまた自分がこんな姿になってしまったのか、その原因を考えようともしないことに衝撃を受けた。

  甲虫みたいなものへとヒトが変身したという理由が何かあるはずなのであり、ケンジはその何よりも重要な理由をザムザが考えもしないことが不思議でならなかった。

  しかし、これはカフカがザムザに変身の理由を考えることをさせなかっただけであり、つまり、絶対的な不条理の真っ只中にザムザを置くことがカフカの目的なのだろうから致し方ないのだとケンジは結論づけた。

  変身の原因を解明することは、元の姿へと戻ることができる可能性を高めることにもつながるため、カフカはザムザに過去を回想させたり、くよくよ後悔させるばかりで前向きに考えることを一切許さない。

  ザムザは、姿形こそ甲虫の幼虫だか成虫になってはいるのだけれど、その脳はまったくヒトであった時のグレゴール・ザムザ、その人のままなのだから、その気になりさえすれば、なぜまた自分が変身してしまったのかを考えるはずなのだ。

  問題はもうひとつあって、カフカはこれを『変身』と呼んでいるが、実はザムザは異世界へと転生或いは転移したのかもしれない。

  カフカは、ザムザを異世界転生、或いは転移させたことを秘密にしておきたかったのではないか。だからわざわざ読書を煙に巻くために『変身』などというタイトルを冠したのだ。

   空間が変わらずに姿形だけが変異したならばウルトラマンや仮面ライダーみたいに変身だろうが、もしかしたらカフカの『変身』は変身譚に見せかけた、異世界物語だったのかもしれないなんて異世界に飛ばされた当事者であるケンジは考えて、苦笑いした。

   そして、もしかしたならこの一連の現実離れしたストーリーは、オリエンテーションの中でのカリキュラムのひとつであるオリエンテーリングであり、みんな2人とか3人とかのグループでバラバラになって、未知の荒野を徘徊しているのではないだろうか。

  いや、そうであってほしいとケンジは強く思った。地図もなければ磁石もない、それに目的地もわからない激ムズのオリエンテーリングなのだと思いたかった。

   なぶり殺しにされていったクラスメイトたちは、すべてホログラムであり、錆びたナイフや棍棒を振りかざして襲ってくるゴブリンやタランチュラの化け物みたいな巨大な蜘蛛のモンスターも、すべてはこのアトラクションを楽しむための大仕掛けの装置の一部なのではないか。

   そう思いたかった。しかし、いくら想像力を働かせ空想を膨らませても、これは現実に違いないのだった。グレゴール・ザムザもさすがに異世界に飛ばされんたとは思ってもみなかっただろう。

  1912年の11月にカフカによって執筆されたという『変身』から、長いときを経た2022年になって『変身』は、実のところ変身ではなく、『異世界転生』のお話だったとようやく秘密が暴かれるのだ。

  これには、あの快刀乱麻の如く名推理を繰り出す久能整くんもビックリかもしれない。
   
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