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魔王編
ユタカの想い出
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ユタカは、これまで三度転生した記憶がある。記憶していないものもあるかもしれないのでもっと転生しているかもしれないが。
一度目は、オッパイ星人の父親と人類の母親の元で育った朧げな記憶。そして、二度目は、もっとリアルな記憶でユタカは、ヒトでありそして、父親だった。
ユタカは今でもその時の夢を見る。それは、こんな風だった。
◯
家に帰るなり異様な雰囲気に息を呑んだ。何かがいつもと違っていた。
マンションのドアを開けたときから
もうわけがわからないまま嗚咽がこみあげてきた。
小さな声で妻の名を呼ぶ。
もう少し早く帰ってくればよかったなどと思った。
リビングから、灯りが洩れている。うたた寝でもしているのだろうか。もう一度妻の名を呼びながら、リビングに入っていく。
ソファの向こうに、土踏まずのある美しい足の底がのぞいて見えていた。
「ユミ、どうした?」
飛びつくように駆け寄り、ソファの向こうを見た。仰向けになった全裸のユミがそこにいた。
絨毯は、血の海だった。
救急車だかなんだかわからないけれど
とっさにケータイで電話した。
臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。
それだけしかいえなかった。
犯人には心当たりがあった。あの赤毛の女にちがいない。あれは、化け物だ。
公園で鳩を捕まえて、羽もむしらず喰らっていたのを見たことがあった。あのときの女の目が忘れられない。
もしかしたら、あのとき後をつけられていたのかも知れない。口封じのためなら何故俺をやらないのか。
俺をやるためにここまでつけてきたあの女は、俺に妻がいて、もうすぐ家族が増えることを知って嫉妬したんだろうか。化け物のくせに人並みの幸福がほしかったのか。
家族を失った俺にはもう怖いものなどなかった。
蛇口から赤水が出る洗面台のところの小窓から外を眺めると、田んぼのあぜ道に咲く曼珠沙華の周りを、へんてこな妖怪が徘徊しているのが見えた。
俺はどういうときにそうなるのか、わからないのだけれども、虫歯でもう歯が4本もなかったが、歯茎からよく出血するので白い洗面台が真っ赤に染まることもあって、そのときもちょうど歯茎から血が出ている最中だったので、急いで蛇口をひねって、血を洗い流した。
もしかしたら、妖怪のなかで血が好きで血の臭いで集まってくる奴もいるのかもしれないと思ったからだ。その日は、まだうがいもしていず、口のなかは鉄の味が充満していた。
と、そこへ小窓いっぱいに妖怪の顔が突っ込んできた。それは顔だけデカい妖怪で、元々は下町の小さな板金屋の経営者だったらしい。
というのは、妖怪のプロフィールをすぐ照会するよう頭に埋め込まれているチップに要請したからだ。正確にいうと、そのチップから端末にコマンドが送られるというわけだ。
俺の視界の左上にはいつも紅いカーソルが点滅しているが、今はもう気にならなくなった。
俺は、小窓に大きな顔が嵌まり込んで難儀している妖怪に、あの赤い化け物女を退治してくれないかと持ちかけてみた。
「いいだろう」と妖怪は云った。そして「ただし、おまえのいちばん大切なものを俺に寄こせ」というのだった。
「おれのいちばん大切なものは、その赤毛の女に殺されてしまった」
「そうか、ではお前の魂をくれ」
「わかった」
愛する妻も、そしてこれから生まれてくるであろう我が子もこの世からいなくなってしまった今となっては、もはや生きていても仕方なかった。
顔が異様にデカい妖怪は、やっと窓枠から顔を引き抜いて、云った。
「どうでもいいが、お前はドラキュラか? 口のなかが真っ赤だぞ」
そしてその晩、夢を見た。
赤毛の化け物と、元板金屋の顔の大きな妖怪がねんごろとなってしまう夢。
化け物同士のSEXをはじめてみた。
妖怪に頼んではみたが、あんな夢を見た後ではとても安穏としていられなかった。もしかしたら、バケモノ同士で気が合って文字通り繋がっているかもしれないからだ。
警察が赤毛の化け物を捕まえてくれるとも思えなかった。なんといっても相手は化け物なのだから、こちらの世界の住人ではないのだ。
というか、なにかが狂っていると思った。もっと根本的なところでなにかがおかしい。そもそも、おれにほんとうに妻などいたのだろうか。そこで、おれはあっと思った。
赤毛の女、あれがおれの妻だったのであり、殺されたのは、おれの浮気相手。そんな気もしてきた。そして、おれこそが妖怪変化なのか。気が狂っているのはおれなのか。
妻と未だ見ぬ我が子を同時に失ってしまったおれは、もう生きていこうという気力がなかった。
生きるモチベーションが何もない。そんな状況でおれは、死を見つめるよりも生きることを選んだ。
単純に死ぬのが怖いということもあたけれど、死んだら無に帰するというのは、眉唾物だと常々思っていた。
確かにこの肉体は、轢死なり縊死なり、或いは服毒死、飛び降り、手首や頸動脈を切る、焼身、溺死、ガスや練炭等々、さまざまな死に方があるわけで容易に死ねるのだが、死んですべてが帳消しになるほど、甘くはないのではないかと思えて仕方なかった。
目には見えないものは、皆信じないというが、あまりにも大きな存在もまた、目には映らない。
おれは、生きる目的を失っていたが、当初オリンピックのパブリックビューイング会場となっていた駅前広場が急遽ワクチン接種会場となった場所でワクチン接種をとりあえずは受けた。
だが、アナフィラキシーショックにより、急激な血圧低下で意識を失った。そして、どうやらそれが引鉄になっておれは転生したらしい。
なので、アナフィラキシーさまさまなのかもしれない。死ぬつもりもなかったが、生きるモチベゼロだったのだから、死に体のまま、生ける屍のようにダラダラと死臭を撒き散らしながら生き続けていくのも傍迷惑な話なのだから、これでよかったのかもしれない。
一度目は、オッパイ星人の父親と人類の母親の元で育った朧げな記憶。そして、二度目は、もっとリアルな記憶でユタカは、ヒトでありそして、父親だった。
ユタカは今でもその時の夢を見る。それは、こんな風だった。
◯
家に帰るなり異様な雰囲気に息を呑んだ。何かがいつもと違っていた。
マンションのドアを開けたときから
もうわけがわからないまま嗚咽がこみあげてきた。
小さな声で妻の名を呼ぶ。
もう少し早く帰ってくればよかったなどと思った。
リビングから、灯りが洩れている。うたた寝でもしているのだろうか。もう一度妻の名を呼びながら、リビングに入っていく。
ソファの向こうに、土踏まずのある美しい足の底がのぞいて見えていた。
「ユミ、どうした?」
飛びつくように駆け寄り、ソファの向こうを見た。仰向けになった全裸のユミがそこにいた。
絨毯は、血の海だった。
救急車だかなんだかわからないけれど
とっさにケータイで電話した。
臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。臨月を迎えた妻がお腹を縦に裂かれて死んでいます。
それだけしかいえなかった。
犯人には心当たりがあった。あの赤毛の女にちがいない。あれは、化け物だ。
公園で鳩を捕まえて、羽もむしらず喰らっていたのを見たことがあった。あのときの女の目が忘れられない。
もしかしたら、あのとき後をつけられていたのかも知れない。口封じのためなら何故俺をやらないのか。
俺をやるためにここまでつけてきたあの女は、俺に妻がいて、もうすぐ家族が増えることを知って嫉妬したんだろうか。化け物のくせに人並みの幸福がほしかったのか。
家族を失った俺にはもう怖いものなどなかった。
蛇口から赤水が出る洗面台のところの小窓から外を眺めると、田んぼのあぜ道に咲く曼珠沙華の周りを、へんてこな妖怪が徘徊しているのが見えた。
俺はどういうときにそうなるのか、わからないのだけれども、虫歯でもう歯が4本もなかったが、歯茎からよく出血するので白い洗面台が真っ赤に染まることもあって、そのときもちょうど歯茎から血が出ている最中だったので、急いで蛇口をひねって、血を洗い流した。
もしかしたら、妖怪のなかで血が好きで血の臭いで集まってくる奴もいるのかもしれないと思ったからだ。その日は、まだうがいもしていず、口のなかは鉄の味が充満していた。
と、そこへ小窓いっぱいに妖怪の顔が突っ込んできた。それは顔だけデカい妖怪で、元々は下町の小さな板金屋の経営者だったらしい。
というのは、妖怪のプロフィールをすぐ照会するよう頭に埋め込まれているチップに要請したからだ。正確にいうと、そのチップから端末にコマンドが送られるというわけだ。
俺の視界の左上にはいつも紅いカーソルが点滅しているが、今はもう気にならなくなった。
俺は、小窓に大きな顔が嵌まり込んで難儀している妖怪に、あの赤い化け物女を退治してくれないかと持ちかけてみた。
「いいだろう」と妖怪は云った。そして「ただし、おまえのいちばん大切なものを俺に寄こせ」というのだった。
「おれのいちばん大切なものは、その赤毛の女に殺されてしまった」
「そうか、ではお前の魂をくれ」
「わかった」
愛する妻も、そしてこれから生まれてくるであろう我が子もこの世からいなくなってしまった今となっては、もはや生きていても仕方なかった。
顔が異様にデカい妖怪は、やっと窓枠から顔を引き抜いて、云った。
「どうでもいいが、お前はドラキュラか? 口のなかが真っ赤だぞ」
そしてその晩、夢を見た。
赤毛の化け物と、元板金屋の顔の大きな妖怪がねんごろとなってしまう夢。
化け物同士のSEXをはじめてみた。
妖怪に頼んではみたが、あんな夢を見た後ではとても安穏としていられなかった。もしかしたら、バケモノ同士で気が合って文字通り繋がっているかもしれないからだ。
警察が赤毛の化け物を捕まえてくれるとも思えなかった。なんといっても相手は化け物なのだから、こちらの世界の住人ではないのだ。
というか、なにかが狂っていると思った。もっと根本的なところでなにかがおかしい。そもそも、おれにほんとうに妻などいたのだろうか。そこで、おれはあっと思った。
赤毛の女、あれがおれの妻だったのであり、殺されたのは、おれの浮気相手。そんな気もしてきた。そして、おれこそが妖怪変化なのか。気が狂っているのはおれなのか。
妻と未だ見ぬ我が子を同時に失ってしまったおれは、もう生きていこうという気力がなかった。
生きるモチベーションが何もない。そんな状況でおれは、死を見つめるよりも生きることを選んだ。
単純に死ぬのが怖いということもあたけれど、死んだら無に帰するというのは、眉唾物だと常々思っていた。
確かにこの肉体は、轢死なり縊死なり、或いは服毒死、飛び降り、手首や頸動脈を切る、焼身、溺死、ガスや練炭等々、さまざまな死に方があるわけで容易に死ねるのだが、死んですべてが帳消しになるほど、甘くはないのではないかと思えて仕方なかった。
目には見えないものは、皆信じないというが、あまりにも大きな存在もまた、目には映らない。
おれは、生きる目的を失っていたが、当初オリンピックのパブリックビューイング会場となっていた駅前広場が急遽ワクチン接種会場となった場所でワクチン接種をとりあえずは受けた。
だが、アナフィラキシーショックにより、急激な血圧低下で意識を失った。そして、どうやらそれが引鉄になっておれは転生したらしい。
なので、アナフィラキシーさまさまなのかもしれない。死ぬつもりもなかったが、生きるモチベゼロだったのだから、死に体のまま、生ける屍のようにダラダラと死臭を撒き散らしながら生き続けていくのも傍迷惑な話なのだから、これでよかったのかもしれない。
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