クリシェ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
38 / 72

アンジュ・アキト・メッサジェスキス

しおりを挟む
   そういってナオトは、しげしげとそのオブジェのような、浮遊したまま静止している物体を眺めた。

   まるでアルコール漬けの標本のように、それは円筒形の水槽みたいな筒の中で浮かんでいるかのように見えたが、ナツメの言によると、水やアルコール等の液体ではなく何らかの流体らしい。

  しかし、それは普通の気体や液体ではなく、呪縛といったものなのだろうなとナオトは考えた。

  実際には呪いが物質化した、目には見えないが、たぶん蛇のような怨念の塊が無数にとぐろを巻いて、オブジェみたいなソレを身動きできないほどに締め上げているのかもしれなかった。

  ただ外から見るぶんには、薄衣を纏ったギリシア神話の神が気持ち良さそうに優雅に宙空をたゆたっている様を描いた芸術作品のようにも見えた。

  そして、なぜかそこから何か静謐な音楽のようなものが聞こえてくる印象を受けたナオトは、そう思った途端、実際に音が聴こえたようなような気がした。

  鳴ってはいないのだが、脳の中へとダイレクトに伝わってくる感じだ。それはまるで宇宙の深淵から響いてくるような音像で、ナオトの鼓膜を実際に震わせたようにも思えたのだけれど、そうではないらしい。

  ナツメにも同じものが聴こえているのだろうかとナオトはナツメを振り返って見た。

  するとナツメも何かうっとりしているような表情を浮かべていたし、その双眸は何ものも見つめてはいないことがわかる。

  やがて音像は消え入るように宇宙の深淵へと帰ってしまうかの如くゆっくりと減衰していったが、心象風景には音像の脱け殻のような半透明の繭が残滓みたいに残っていた。

  そして、その声が唐突に聞こえてきたのだった。

「待ちに待ったぞ、きょうというこの日を。オレはこの場に1000年幽閉されていた。

  ま、それは言葉の綾であり、時間の概念はないから、一瞬も永遠も意味はない。始まりもなければ終わりもないからな。

   ま、とまれ今日が幽閉が終わる約束の日だ。どのような神でも、あるいは魔王でもこの封印を解くことは叶わなかった。

   約束は果たした。知っての通り、眷属を使って悪さを働くなど一切していない。


  おまえに、赦すとひとこと言ってほしい。そして、この封印を解いてくれ。

  とは言え、今のおまえには何がなんだかわからないだろう。オレとおまえには浅からぬ因縁がある。

   それを説明しなければわけがわからないだろう。しかし、一部始終を聞いた後に、やはり赦せないというのは勘弁してほしい。

   おまえとの約束は守ったのだから、おまえも約束果たしてくれ。

  オレの名は、魔王アンジュ・アキト・メッサジェスキス。


  この異世界で勇者ファルコネッリと戦い、負けて封印された。

  オレは日本の高校生をクラス転移させ、嬲り殺したり、目の前で破廉恥な事をさせたりと、いろいろ悪さをはたらいていた。自分の欲望だけのためにだ。

  どれだけ高校生をクラス転移させたのか、わからないくらいだ。中学生ではない。高校生がオレのターゲットだ。

  中学生の頃の思い出は、苦しいとか悲しいとか寂しいとかよりも、楽しいの方が多い。

  オレは、オレ自身が高校生の時に凄まじいイジメにあった。それは、女の嫉妬だ。嫉妬に狂った女が執拗にオレを、いや、つまり前世ではオレは女だったのさ。

  そして、とうとうオレも頭がおかしくなって、このイジメから逃げるためには死んだ方がマシだと思うようになっていった。

  そのイジメの首謀者は、元カレの浮気相手で、浮気をやめようとしない元カレに愛想をつかして、私は元カレと別れたにもかかわらず、イジメはとどまることなく更にエスカレートしていくばかりだった。

  それは、まあ自分でいうのもなんだけれど、その女より明らかに元の私の方が綺麗だったから。

 女は、私の美しさに異常なくらい嫉妬していた。

  早く死ねよがしに、毎日毎日繰り返されるイジメについに根負けした私は、ある日ついにビルから飛び降りた。

  そして、TVアニメみたいに異世界転生し、やがて魔王となった。高校生だった頃の悲惨な自分を忘れた事は1日たりともなかった。

  いつか必ず復讐してやると、それだけを考えて真面目に魔術の習得に励んだのだ。

  元はと言えば、悲惨な状況に追い込んだ元凶は元カレの浮気が原因だったが、オレの復讐心は不特定多数の高校生自体に向かっていった。

  転移させた高校生たちは顔は見えない方が好都合だったから、ゴブリンたちに顔を潰させるケースが多かったかな。

   とにかく高校生時代というやつに復讐してやりたかった。そして、次にはイジメの首謀者の女を転移させ、元の世界に戻るためには、魔王であるオレに許しを請わなくてはならないというストーリーを作って旅をさせて、ボロ雑巾みたいになるまでイジメ抜いてやった。

   やがて、どこから聞きつけたのか、ある男が勇者となって、この世界に転移してきた。

   かつては愛してやまなかった恋人がオレの宿敵となって現われたのだ。まあ、最後までアイツはオレが元カノの成れの果てとは気づかなかったがな。

  すると、深い悲しみがナオトの胸を震わせた。それは、言いようもない深い深い悲しみだった。

   ナオトはさめざめと泣いている自分が、なぜまた泣いているのかまったくわからなかった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

処理中です...