クリシェ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
37 / 72

召喚主

しおりを挟む
「ケット・シーを捜してたって、どういうこと?」と、ナツメになじられナオトは、いや、ちょっと言葉を濁すのが精一杯だった。

   あのナツメが捜していたケット・シーだと知って興奮が収まらないナオトは、いろいろなことが一度に起こりすぎてキャパオーバーなのだった。

   あれだけ血眼になって?   捜して見つからなかったのに、灯台下暗しとはまさにこのことだとナオトは感慨深く何度も頷いた。

  しかし。

   事ここに至っては、ケット・シーを見つけられてもあまり意味はないようにも思われるのだった。

   つまり、このわけのわからない場所とシチュエーションから抜け出せない限り、実はケット・シーだったナツメちゃんから魔法だか魔術を伝授してもらっても使い道がよくわからない。

   そんな事をナオトは思考していると、そもそも自分はなぜまた魔法なんて途方もない荒唐無稽なお伽話のようなマネをしたいのかと今さらながらそう思った。

   もちろんハンスという人にスカウトされたということはあるけれど、そのずっと前からナオトは、壁抜けをやりたい思い、そして実際にやっていたのだ。

   むろん、出来るわけもなかったのだけれど、壁抜けが出来たらいいのになぁと想うやつが仮にいたとしても、街中で人目も憚らず実際に練習したことがあるというナチュラルにバカなやつはたぶんいないだろう。

   無駄だとわかっているにもかかわらず、とりあえずやらないことにはどうなるかわからないのだから、やってみないことには気が済まない、そんな風に考えてしまう自分という存在が信じられなかった。

   まるで、その後になってそういう魔法だか超能力といった、潜在的に持っていた特別な才能を開花させる時が来ることを予期していたかのようなのだ。

    誰にも自分の潜在能力なんてわからない。文字通り潜在していて、隠れており顕在していないからだ。

   まあ、兎にも角にもすべてはここから脱出できたらの話であるのだけれど、こんな夢を見ているような摩訶不思議な展開になってくると、ナオトがあの夏の日だったか、オフィス街の裏通りで壁抜けなどというアホなことをやっていた時にナツメがちょうど現われたこと、そしてナオトが魔法の書を手に入れたこと、さらには猫の妖精であるナツメが、その魔法の書を開いて見たこと、そのすべては偶然ではないように思えてくるのだった。

   ナツメはまた黙り込んでしまったが、その瞳に宿る光は、さっきとは異なった確信を得たような落ち着いた光を放っていた。

   ナオトは、それで少しだけ安心した。とにかくナツメはケット・シーなのだから、 ナツメがどうにかしてくれるのを祈るほかないのだ。

「どうしたら、ここから抜け出せるのかな?   って、ここいったいどこなんだよ」

「どこなのかはわからない。わかっていることは、誰かがたぶん罰を受けたかで結界だか呪いで封印されている」

「じゃ、その呪いを解いてくれってことで、召喚されたってことか」

「たぶんね」

「でも、それってケット・シーであるナツメちゃんだけでよくね?   俺は結局巻き添えなのね」

「うーん。そうなんだけど、一緒に居たからというだけじゃないかもしれない」

「どういうことさ?」

「つまり。ナオトくんの知り合いとか?  或いは知り合いじゃなくても何かかなり縁がある人とか」

「もしそう仮定するならば、確実に狙ってきてるわけだよね?   事故的なアレじゃなく」

「そうだと思う。まったくの縁がない人だとそういうことはむろん出来ないはずで、つまり、ナオトくんをむしろピンポイントで狙ったんだと私は思う」

「そうなの?   マジそうなら怖ろしいヤツだなぁ、そいつ。あ、やっぱ魔術師だか魔道士とか、そっち系の人ね。てか人間じゃなく、魔族とか?」

「たぶん、魔王よ。それも最悪最強の」

「そんな魔王でも封じ込められてしまったということは、やったヤツは相当なもんだね」

「そうね。とんでもない魔力の持主か、或いは神かもしれない」

「なるほど。まあ、そう考えると自分も召喚されたという辻褄は合うけれど、肝心のその召喚主はどこにいるのさ?」

「ほら、そこにいるわよ」

  そう言われてナオトが後ろを振り返って壁の方を見ると、さっきまで何も見えなかったはずなのに、そこにホログラムの映像のように、誰かがいた。

   それは、円筒形の水槽の中に音もなく浮かぶ芸術的なオブジェのように見えた。

   しかし、それはたしかに人であり、金色の長い髪がゆるやかに水の中でたゆたっていた。

   それがあまりにも優雅な光景でナオトはその場に釘付けになって見つめていた。

「なに、なんなのこれ。アート作品とか?   生きて呼吸しているようにはとても思えないんだけど」

「むろん、生きてるわよ。魔力のパワーはこの水のような流体で封じ込められているみたい」

「水じゃなかったの?   てかさ、なんでこんな生きてるのかどうかさえわからない状況の真っ只中で、それもここじゃないリアルな世界でいろいろ用意周到に準備できたね?   ナツメちゃんの予想が当たってたらだけど」

  

   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

処理中です...