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ナオト再び講演会にいく

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   ケンと久しぶりに会ったその翌週。十月の最後の週だったか、ナオトはブログのネタほしさに懲りずにまた別な講演会を物色していた。

   毛糸のパンツ作戦は見事にコケてしまったが、次には渋谷地下にあるという巨大ダンジョンを調べようとケンと約束をした。

   街に出て、ふと空を見あげると秋空に地震雲が、くっきりと現れていた。

   ナオトは、さかきばら先生の講演会に急いだ。先生は、介護記録の教科書としてつとに有名な入門書の著者であり、介護の仕事に就きたいと考え、また、さかきばら先生をリスペクトしているナオトにとって、見逃せない講演だったのだ。

   ナオトは、タイムカードの存在をすっかり忘れていて、朝も帰りも打刻してないという今朝方みた変な夢を思い出したところで、会場についたらしかった。会場?

   数秒、タイムラグはあったものの、ナオトはなんとか現実に追いついた。会場、さかきばら先生、講演会?   だが、なかなか現実を認識できない。点と点が線として結びつかないのだ。

   不思議な感じがした。解離というのだろうか、ナオトにはパラノイア的なアレはないはずなのだけれど、分裂していたもうひとりの自分がいま、スッとこの身体に戻ってきたような感覚があった。

   ま、そんなこんなで。講演会が始まった。講演会のタイトルは、介護記録のイロハ。 

  それにしても、さかきばら先生がヌイグルミを抱えスコップを片手に登場したのには、びっくりした。それは、クマのヌイグルミだった。

 会場がざわついたのをナオトは、よく憶えている。やはり、どれほど贔屓目に見てもさかきばら先生の講演会に似合わない。

  クマのヌイグルミとプラスチック製のスコップという取り合わせもわけがわからない。

 まあ、それも演題に関連する小道具なのだろうとは、うっすらと想像はできたのだけれど、一方では、なにやらいやな予感がしたのもたしかだ。

 さかきばら先生は、ステージ中央の演壇ではなく、演壇の横に設置された横長の机の横に1メートルあまりのスコップを立てかけたのだが、うまく安定せずに取っ手側の大きな穴の部分を机の角にひっかけるようにして、斜めに立て掛けた。

   クマのヌイグルミもスコップとはちがう角の方に座らせた。

 そして、机に手をついて一礼をした。その刹那、机がバタン! と真ん中のところで割れるようにして閉じはじめ、つんのめって倒れた先生の全体重が、そのV字に閉じた机にかかったものだから、机はさらに閉じて先生は完全に挟み込まれてしまった。

 机の上にのっていたガラスの水差しも、床に落ちて割れ、さらにはヌイグルミが跳ね上げられて、左から右へと空を切って飛んでいくという、図らずもサーカスのピエロまがいのパフォーマンスを演じてしまったさかきばら先生なのだった。

 机のロックがしっかりかかっていなかったのが原因だろう。

 会場のどよめきはすごかった。スタッフがあわてて先生を助け起こして、机をしっかりとロックし直し、ガラスの破片をかたづけ、床をモップで拭いて、講演会は、なにもなかったかのように再スタートした。
 
   さかきばら先生も何事もなかったかのように、にこやかな笑顔を見せて、今度は演壇の前に立って話しはじめたが、やがて異変が起こった。

   横長の机に置かれたあったヌイグルミが最初は右端にいたはずなのに、いつしかするするとゆっくりと左に移動しはじめたのだった。会場は再びざわつきはじめた。

   もう、こうなると講演どころではない。どうやらクマのヌイグルミはさかきばら先生が話しはじめると、ジリジリと横に動いていくようなのだ。

   会場がざわつきさかきばら先生が話をやめて、観客の視線の先にあるクマのヌイグルミを見遣ると、ピタリとその動きは止まってしまうのが、面白かった。

  まるで、というか、まさにそれは『だるまさんがころんだ』をクマのヌイグルミはやっているとしか思えなかった。

   というわけで、なかなか斬新な演出が新鮮だったが無事に先生の講演も拝聴させていただき、とても思い出深い素晴らしい秋の深い素晴らしい秋の深い深い素晴らしい思い出の素晴らしい講演会秋の……

   思考がショートしているようだ。ていうか、言語中枢?  がいかれてしまったのか。

  どどどどどどどもってしまってっどどどどどどうもすいません、てか。ナオトは、緊張すると噛んでしまったり、どもったりしてしまう経験はない。

  しかし、贖う、いや、なにかに抗っているかのようにナオトはどもってしまう自分が不思議でならなかった。

  その後、何日か経てナオトは再び先生とお会いする僥倖を得て、不躾ながら質問をさせていただいた。

「先生、前回の講演は、ほんとうに勉強になりました。ありがとうございました。しかしながら、スコップやヌイグルミに関連することなど、なにもお話のなかには出てこなかったと記憶しているのですが、なぜまたあの場にあの小道具が必要だったのでしょうか」

 さかきばら先生は、実に涼しげな眼差しで、こうおっしゃった。

「きみは、あの一部始終を見ていたんでしょう? じゃあ、スコップやヌイグルミはなんのためにあったのか、疑う余地もないじゃないですか」

 いやあ、まいった。これにはグーの音もでなかった。そのことをナオトはまた、ブログに書いた。
 
    《まったくわからない。小道具はまったく無関係なものならなんでもよく、ヌイグルミが動き廻るのもすべては演出だったということなのだろうか》

   こうなるとさかきばら先生は、次に何を見せてくれるのか、ナオトは、俄然興味が湧いてくるのだった。

   そういえば、先生の小学生の頃の夢はマジシャンだったような。たしか卒業アルバムの寄書きにそんなことを書いたと先生がおっしゃっていたような記憶があった。

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