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トリヤマケイ

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Side:ナオト7 ドロドロドンツェ ドロドンツェ2

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   そしてそう。とにかくゴヤゴヤいっているのだ。講演会に来た人たち全員で。ゴンザレス親父も、机の上に端座瞑目して、合掌しつつ一心不乱にゴヤゴヤゴヤゴヤ唱えている。

   しかし、なにかが違うとナオトは思った。居眠りする前、ゴンザレスのおやっさんは、立って喋っていたはずで、そのことにはすぐ気づいたのだが、まだなにか違和感が残っている、残尿感みたいな。

   と、ナオトは、ゴンザレスのおやっさんの、脂ぎった鬢のあたりを見ていて、ハッと思った。

   なんか、女性の下着みたいなのだった。いや、あまりにも女性のパンティに酷似していた。

そしてそれは、捻じりハチマキならぬ捻じりパンティにすらなっていなかった。つまり、はなからハチマキ路線ではないのだ。

    ハチマキをしたいけれども、手元には手ごろなそれらしきファブリックがないものだから、なぜかポケットを探ってみたらたまたま出てきた女性もののパンティを、仕方なくハチマキの代用として用いてみました、みたいなことでは全然ない。

   それは、水色で、フルバックのショーツだった。お尻の部分は、細かいあみあみになったシースルーなやつ。

   それを、頭を怪我した人がするネットみたいなようにして、頭からショーツをかぶっているのだった。

   しかし、なぜまた気づかなかったのだろうか。こんなにわかりやすいのに。いや、たぶん。わかりやすすぎたので、わからなかったのだろう。

    もしくは、まがりなりにも講演会と銘打ってあるのだから、そんな風俗店まがいなバカげたことはしないだろうという、常識が邪魔したのではないか。

   だって、まだ外は真っ昼間なわけなのだし、シラフでないならまだしも、白昼堂々このザマはなんザマす、てなもんだ。

    あるいは、ゴンザレスは、ジャンキーなのか。幻覚世界の住人なのか? しかし、それにしてもこいつらはうるせーとナオトは思った。

    なにがゴヤゴヤだ、たまたまゴンザレスが、ゴヤゴヤいいだしたからまねしているだけであって、ベレンベレンベレンでも、ジュルンジュルンジュルンでもなんでもいいにきまってる。

    ただ、こいつらは、おれを、講演会に紛れこんだ招かれざる客のこのおれのことを知っていてこんな嫌がらせをしているのだ。

    ゴヤゴヤゴヤで、おれを炙り出そうとしているのだ。ならば、おれにも考えがある。こんな変態ゴンザレスオヤジに、おれは負けない。

ナオトは、そんな風に思ってオヤジの机に転がっていたハンドスピーカーを手にするや、やおら産気づいたガチョウみたいにがなり立てた。

どるんどるんどるんどるん
べべべべんーべべべべべんべべんんべべモフモフズボズへろペロひーひ

   とそこまで、喚きちらして恥ずかしくなってやめた。恥ずかしくなってというか、流れに棹さすのではなく、流れに身を任せてみるのも面白いのではないか。一緒にゴヤゴヤいうことによって見えてくるものもあるだろう、そう思ったのだ。

   というわけで、ナオトもゴヤゴヤゴヤゴーヤゴヤゴヤと、無念無想で繰り返し繰り返し唱えはじめた。

    すると、十分か十五分たった頃だろうか、不思議なことが起こりはじめた。身体が、椅子に座っていた身体が、なんと宙に浮きはじめたのだった。


   身体が、ゆなゆなと海藻みたいにゆったり揺れたと思ったら、次いで身体が少しずつ浮きはじめたのだから驚いた。

   見ればゴンザレスのオヤジも五六センチは浮いている。そして、それを境にナオトは、幻想の森のなかへと彷徨いこんでいったのだった。






   森の中でナオトはなぜかカバに乗っていた。そのカバは、一歩ごとにアスファルトにめり込んでゆくのも構わずに、のんびりと欠伸するが、欠伸するカバほど素敵なものもないし、ナオトもまねして大きな欠伸をひとつすると、肩になにかが舞い降りてくる感じがして、その天使のようなメロディ、といおうか天の羽衣のような優しい感触に、思わずうっとりと目を閉じて初夏の風に頬をなぶらせながら、街であるとか、海、川、船、無数の顔、風景、花、メタリックなものなどに思いを馳せた。

   そして見るともなしに肩を見遣ると舞い落ちたのは、ただの包帯で、手を遣れば頭はターバンのようにぐるぐる巻きだったから、ためしに頭を右に少しだけ傾げると脳内に蓄積された表象が、おざなりに巻かれた包帯の間からだだ漏れして、床に水たまりを作った。

   なので、掃除機で吸い取ってしまおうかと思って覗きこんだら、ぎゃくに吸い込まれそうになって、浴槽がぬるりぬるりとぬめり足を滑らせ、危く後頭部を打ち付けそうになったときのように、水たまりの縁でナオトは、つるりと滑ってしまった。

    透明なガラスの小皿にぽってりとした恥丘みたいにもりあがるようにして盛られたジャムから抜け出せなくなった蝿のようにナオトは、もがけばもがくほど全身にゼラチン状のねばねばが絡み流線形となって、あたかもシールド工法みたいに深く深く迷宮へとのめりこんでいくばかりの笑えない悲劇を生きているのだった。

    蝿として終えなければならないこの生を呪いたくなったが、なんのことはない比喩としての蝿なのだから大丈夫である、とナオトは自分が想像したことを思い出し、一笑に付したのはいいのだけれど、どうやらそうではないらしい。

   この無様さ、みじめさはヒトに戻ろうとも同様なのであり、ナオトは、なぜか中学生のときに恋した女の子のことを思い出しさめざめと泣くことによって、自分を慰めようと考え、下駄箱の靴のなかに互いに入れあったラブレターのことを記憶の井戸から掬いあげたりしたが、ちっとも泣けなかった。

   それよりも、たわわに実った果実のような未だ誰の手にも触れらてはいない、いい匂いのするやわらかなおっぱいに顔をうずめたり、Kissしたり一度でもいいからしてみたかったと後悔するばかりなのである。



   フォドゥロドゥロドゥエ・ドゥロロロロン・フォドゥロドゥロドゥエ・ドゥロロロロン

 ドゥロドゥロドゥンツェ・ドゥロドゥンツェ・ドゥロドゥロドゥンツェ・ドゥロドゥンツェ

 フォドゥロドゥロドゥエ・ドゥロロロロン・フォドゥロドゥロドゥエ・ドゥロロロロン
 
 ゲジージーゼ・ジーゼツカ・ズミペローパオ・ザンデウ・キャフェヴォリグゥワッホ・ピャガルッハ

 ジージージー・ザザザーゼ
 
 ドゥロドゥロドゥンツェ・ドゥロドゥンツェ
 ドゥロドゥロドゥンツェ・ドゥロドゥンツェ……

 気づけば、会議室には、人っ子一人いなくなっていた。
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