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Side : ナオト6 ドロドロドンツェ ドロドンツェ

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   なかなか収穫が得られない『月明かりで本を読む会』にも飽きてきたナオトは、ある日、読書会のメンバーにもファンがいた小説家、勅使河原凛の講演会に行くことにした。

    その日は奇しくもボツリヌス菌の培養というか、作り方を間接的にではあるが薫陶を受けたあの『裸のランチ』の作者バロウズ翁の命日だった。

   「このなかに……非常に残念なことですが。このなかにわたしたちをだまくらかそうとしている。非常に残念な。このなかに。不届きものがいます」

    それがゴンザレスこと、権堂左衛門信康先生の記念すべき講演会の第一声だった。完璧にヤク中っぽい。それはともかく。講演会といっても、小さな会議室でのことである。

   ナオトは、部屋を間違えて勅使河原凛氏とはまったく別人である権堂左衛門信康先生の講演会に参加してしまったのだった。

   暇で仕方ないナオトは、図書館でいつものようにぷらぷらしていたのだけれども、エレベーターのところにあった3Fで行われる勅使河原凛先生の講演会の看板がなぜか気になり、3Fに上がって受付の人がちょっと席を外したすきに、まんまと講演会に潜り込んでしまったというわけなのだが、実際はそこは2Fだったのだ。

   ゴンザレスというのは、ナオトの第一印象だ。なんつーか、ガブリエルよりも、ゴンザレス。そんな感じ。

で。

   とにかくゴンザレスおやじは、立て板に水のごとくぐだぐだケインズ理論がナンチャラとか力説しながらなにか述べていらっしゃるのだけど、ナオトにはちんぷんかんぷん、さぱーりわからなーい。 

   やがてナオトは、ゴンザレスオヤジの世迷い言を子守唄に、知らぬ間に居眠りしてしまったようなのだ。

    そしてナオトは夢のなかで、なんかほんとうに久々にエロティックなことをしていたという実感があった。

    夢は、常時見ていて、ただ憶えていないだけだというが、現実で出来ないこと、そういった願望を叶えたりするために見るものなのだろうか。

    しかし、だ。

   その「夢」という3Dよりもさらに上をゆく、触れたり舐めたり匂いをかげたりもできる映画を製作しているのは、いったい誰なんだろうか。

    まあむろん、自分の脳がやっているわけなのだけれど、脳は、その演目をどのように決定していくのだろう。そんなことを寝しなに考えてしまうと、ほんとうに眠れなくなってしまう。

    ま。そんなこんなで、講演会で居眠りしながら見た夢は、ご多聞に洩れず辻褄の合う説明などできないシロモノで、一言で言ってしまうと、誰だかわからないけれども、人妻のアソコにナオトは舌を挿し入れていた、ということは、まちがいなく記憶している。

   その女性の旦那さんは、すぐそばにいて、卓球だかをやっている。その卓球台のすぐ横にある六人掛けくらいのテーブルに、ナオトとその人妻さんはいた。

   なんだかしらないけれど、この場でヤルというのが、暗黙の了解みたいな、ごく当然ななりゆきのように思えた。

   長めのソファに人妻さんを仰向けに寝かせたナオトは、テーブルの天板の陰に隠れながら人妻の匂いを嗅ぎ、そして舐めるのだ。そんな夢だった。

   このエロティックなエピソードの前後に在るべきものは、はなから存在しないのか、あるいは、見たはずなのに忘れたのか、まったくわからない。まあ、なんの脈絡もない唐突さは、いかにも夢らしい。

   しかし。あの人妻は、いったい誰だったのだろうか。よくもまあ旦那がそばにいるにもかかわらず、あんな破廉恥なまねを許してくれたものだと感心してしまうのだった。

   ただしかし、肝心な次のステージには行けず仕舞いのまま、蛇の生殺し状態で、居眠りから醒めて現実の世界へと戻ってしまったのは、 どうやらへんな念仏みたいなものが聞こえてきたせいかもしれない。

   それは、ごく慎ましくナオトの眠りの扉をノックしていたのだけれど、やがてクレッシェンドしつつ耳を聾さんばかりに炸裂しまくるのだった。こんな 具合に……

   ゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤ

   ゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤ

    ゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤ

    ゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤ


   とにかく、講演会に参加している人たち全員でゴヤゴヤゴヤゴヤ念仏のように唱えているのである。

   ナオトは、まだ夢の中だと思いまた眠りに落ちかけたが、むろんそうではないことは明らかだった。

   ナオトにもそれがわかったから、怪奇現象みたいな現実から即座に寝逃げしたかったのだ。

   だから、机に突っ伏して、さっきみたエロティックな夢の人妻の匂いだとか滑らかな肌触りを必死に思いだそうとした。

   頭上ではゴヤゴヤゴヤゴヤが蜘蛛の巣みたいに会議室の天井を覆いはじめていた。そしてそれは、言葉のアヤとかいったものではない。

   実際にゴヤゴヤゴヤゴヤが物質化して蜘蛛の巣状に会議室に張り巡らされているのであって、その御題目を唱えるたびごとに蜘蛛の巣は増殖しているようだった。

   狭い会議室は千秋楽かというくらい大入り満員で、後ろの立ち見している背の高い人の頭はもう蜘蛛の巣の中に突っ込んでいて、大袈裟でなく、もう顔半分が見えないくらいなのだった。
  

   



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