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トリヤマケイ

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潜在意識〜坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

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   ケンはイメージした。

   椅子ごと身体を浮かせるような感じで、横倒しになっている身体を床に対して垂直になるように90度頭の方から持ち上げてみる。

   いったん、顔面や目ん玉飛び出る系の恋人には絶対見せられない、そう、百年の恋も冷めてしまうような外基地表情筋エクササイズは控えて、イメージすることにケンは集中してみた。

   だが何も起こらない。
   哀しいかな1ミリも椅子は動かない。
   やるだけ無駄だとしか思えない。

   しかし、まだ体力があるうちになんとかしなければ、椅子に縛りつけられたまま、野垂れ死にするだけだ。もう、喉が渇いてどうしようもなかった。

   腕も足も僅かしか動かないが、全身に力を漲らせて、たぶん顳顬の血管がブチ切れるみたいに浮き出ていたかもしれないけれど、汗をかくほどそのくらいマジに全身のパワーをサイコキネシス的なパワーに変換しようと試みた。

   いったん、力を弛緩させ、ゆっくり休んでから、また集中力を高めながらイキムように全身に力を込めていく。そのセットを何回も繰り返した。

   まったく何も起こらない。
   そして、またはじめた。
   もう、やぶれかぶれだ。

   発狂したみたいに表情筋をめちゃくちゃに猛スピードで蠢かしながら頭を振りまくる、目ん玉を右にグルングルン、左にグルングルン回してから右左右左上下上下をワンセットで猛スピードでやりながら、顔の筋肉をデタラメに動かし舌も出し入れし瞼をパチパチやりなから一緒に口を大きく開け下顎をガクガクさせながら口角をあげてゆきへへへへへもしくはケケケケケでもいい大声を出して笑い、あるいは、猫になったつもりでシャーッシャーッと威嚇して鼻の下を伸ばしたり口をヒョットコみたいに突き出したりを、無限ループする!





   そして、ケンは疲れ果てた。
やっぱオレ、馬鹿だわと自覚し心底情けないと思ったら泣けてきた。不意に『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』というフレーズが脳裏によぎった。まったくイミフである。ケンには時々そういう時がある。脈絡なく言葉がふと浮いてくるのだ。

   それからさっきとは真逆に脱力し、全身から力を抜いた。そして一夜干しの烏賊の干物になったみたいに伸びていた。

   薄暗い部屋といっても、以前人の住んでいた廃屋ではなく、たぶん工場みたいなところだった。ケンが精密板金屋で働いていた時と同じような油じみた匂いがした。





   ケンは、ドリルを自分のペニスに見立てて、鉄の板を突いて突いて突きまる。鉄のプレートに穴を穿つといっても、一気に穴を開けるのではない。まず下穴といって小さな穴を開け、それから徐徐に穴を大きくしていくのだった。

   潤滑油の紅いトロリとした液体の入ったブリキ缶の中に切粉が飛んで煙を上げる。削り出されたばかりの切粉は、ドリルの摩擦熱によって異常なほど熱くなるからだ。

   紅い半透明の油のなかで、クルクルと螺旋状となった切粉が、うねうねと身を捩じらせ蠢いているような気がして、ケンはいつも、視線を奪われてしまう。

   その蠢くさまが、切粉が喜んでいるからなのか、あるいは苦しんでいるからなのか、そんなことを想像するのが楽しかった。

 しかし、ドリルで鉄板に穴を穿つ作業は、集中していないととんでもないことになる。ブリキ缶に視線を遣るのは、ほんの一瞬のことに過ぎず、ケンは黙々と作業に打ち込む。

   ただ、穴を穿つスピードに留意することと、位置を間違えないように集中しつつも、頭のなかでは何を考えていようが、一向に構わないわけだからいろんなことを想像しては愉しんでやろうと思い、鼻歌まじりで作業できたのならばどれだけたやすい仕事だろうなどと思うのだが、緊張感を以って臨まないといつなんどき怪我をするかわからないといった作業だ。

   相手は機械なのであり、ケンの手がドリルに巻き込まれても機械が回転を緩めてくれるなどということは一切ない。実は、ケンは工業高校出身であり、溶接、鍛造、鋳造、旋盤と一通りの作業を実際に行ったことがある。

   つまり、まったくの未経験というわけでもないのだから、いわゆる工場という職場の雰囲気にもある程度の免疫もあるわけでもあるのだが、なかんずくケンは、高校のときには、工業系の作業がいやでいやで仕方なかった。にもかかわらず、なぜまた小さな町工場で働こうなどと考えついたのか、それが自分でも不思議でならなかった。

   けれども、これしかない、という感触はあった。目から鱗ではないけれども、やっと捜していたものが見つかったという感じがした。ただし相当切羽詰まっての選択だったことは否めない。

   これが俺がやりたかったことなんだ、ということではむろんなく、唯一自分に残された選択肢はこれだけなんだということに気付いたといえばいいだろうか。







   ケンはそんなことを考えるとでもなく考えていた。リラックスし弛緩した思考というよりか、諦念だった。もう何もかも放擲した諦めの境地だろうか。

   つまり、この時ケンは死という未知の領域と向き合っていた。俺はこのまま死ぬのかもしれないという透明な気持ちが、何か心地よかった。

   やがて、ケン自身はまったく意識しないまま、脳内といえばいいのか、精神といえばいいのかわからないが、とにかく無意識のうちに何かが動いた気がした。

   物理的に動いたということではなく、潜在意識が働きはじめたみたいな感じ。もう疲れ果てたし、まったく無気力で脱力しきって頭の中は空っぽ。


   そして、それは不意に始まった。




   ズズッ、ズズズズズズッと何か音がするや、すぐに蛍光灯がパンッパンッパンッと天井で割れていった。

   身体は依然動かせないけれど、部屋全体が細かく振動しはじめた。

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