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トリヤマケイ

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ドストエフスキーと八つ墓村のコスプレーヤー

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   ケンも、えなこと一緒に豚の背脂みたいに蕩けて消えてしまったとなると、やはりえなこをストーキングしているとしかナオトには思えなかった。

   豚の背脂でナオトは思い出したが、以前、理由はわからないけれどモスのポテトすら食べられないくらい具合が悪いことがあった。

   そのときは、微熱のためからだろうが、油っこいのが吐き気を催すのだった。ナオトはそれでなくても油っこいのが苦手で、普段から大トロは食べられないし、エンガワでさえNGだった。レバーは絶対ムリだが、ミミガーは少しだけ齧ってみたことがあった。

   そして、さらにまた嘔吐で思い出したが、山手線に乗っている時にもそんなことがあった。なんとなく気分がわるくなりそうだなと思ったら、ほんとうに気持ちが悪くなりはじめ、吐き気を催したのだった。

   気分が悪くなりそうな予感がした後、マジに気分が悪くなったのか、気分は悪くないのに悪くなりそうだと思ってしまったから、マジに気分が悪くなってしまったのか、そこらへんの境界が曖昧でよく自分でもわからなかった。

   とにかく狭く閉じられた空間である車内で小間物をぶちまけるなんて、ヤバすぎるので次の駅で慌てて降りたのだが、次の電車の中ではまったく気分が悪くなるようなことはなかった。

   ま、それはともかく、モスの会計を済ませて外に出ると、ゾンビランドサガのコスプレちゃんねーたちが、まだたむろっていて、というか、アカペラみたいなことをやっていいる彼女らの周りに結構な人だかりができていて、それを横目に見ながら、ナオトはゾンビランドサガRの最終話よかったなあと思い出したのだった。

   しかし、ケンはいったいどこに行ってしまったんだろう。えなこのきょうのスケジュールを確認すればわかることなのだろうが、それも面倒くさいのだった。

   そのかわりに、ナオトはSNSに「最近ではSonny Boy というのを観たけれど、あのアナーキーさは尋常じゃなく、ついていけないので録画するのをやめた」と書いた。

   東京リベンジャーズも毎週楽しみしているが、マイキーくんの兄貴を誤って殺してしまい、その事で年少に行った一虎が、逆にマイキーを逆恨みするといった凄まじい内容は、ドストエフスキー並みじゃないかと思うくらいなのだった。

   ナオトも確か『罪と罰』を読んだはずなのだが、うろ覚えであり、話半分に聞いてほしいのだが、一虎がラスコリーニコフみたいに己れの非凡を証明するために高利貸しの老婆を殺したのと似ているとかじゃなく、本来ならば実兄を殺されてしまったマイキーこそが、大切な友人をそのことのために憎まなければならないという、とてつもない十字架を背負っているというのに、加害者である一虎がマイキーを逆恨みしているという、その人というもののどうしようもなく捩じくれたサガが描かれていることに対して、知ったかだけれど、ドストエフスキーみたいなエグさだなと思ったのだった。

   そんなことをつらつら考えながら、ナオトは気まぐれで渋谷ではなく、原宿まで歩いて行こうと代々木公園へと歩きはじめた。

   すると、公園内で撮影している一団がいて、かなり目立っていた。ナオトは以前、TV小道具をやっていたこともあり、撮影隊なんて珍しくもなかったので、足早に通り過ぎてしまおうと思った。

   だが、どうやらカメラの前でマリオネットみたいにギクシャク、ギクシャクしながらいろんなポーズで笑顔をふりまいているのは、あのえなこにちがいなかった。

   いや、ちがう。えなこのソックリさんで今、売り出し中のエレコだ。

   フリフリの白い衣装をまとったエレコのその背景にはカボチャの馬車。ということは、むろんシンデレラのコスプレということなんだろうけれど、なぜかカボチャの馬車の横で、あの八つ墓村の鬼神も逃げ出すような出で立ちのコスプレをしたおっさんが、奇声を発しながら走りまわっていた。

   頭に懐中電灯を角に見立てたように二本挿し、片手に猟銃もう片手にはサーベル。猟銃の弾ベルトを首から斜交いに二本かけていた。

   シンデレラに八つ墓村という取り合わせに、ナオトは首をひねる以外なかったが、見ている内にじわじわと変な可笑しさが込み上げてくるのだった。

   なんなんだろう、これはとナオトは思うのだったが、シュールな可笑しさというのは、言葉にはなかなか表せない。
シュールな笑いというのは、かなり高尚な笑いなのだ。

   そして、この演出をしたのはいったい誰なのだろうとナオトは思った。世界の蜷川か?   ということはカメラマンさんは、もしかしてと思ってカボチャの馬車の方に回り込んで見たら案の定、カメラは蜷川実花さんのソックリさんだった。

   ナオトは、なにげにケンとこのカオスな世界を共有したいと思い、ケンに電話した。すると、自分のスマホのコール音にシンクロするように、近くでバイブが唸っている音がして、それが近づいてくる。

   見ると、それは八つ墓村の白塗りしたおっさん。スマホを眺めながら耳にあてがった。

「もしもし……」

  もう何も言わなくてもわかった。



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