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あのくたらさんみゃくさんぼだい、と伝説のコスプレーヤー

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 ということで、晴天の霹靂のごとき僥倖をえて腹いっぱいになったふたりは、その後でちょっと腹ごなしのために渋谷のタワーレコードでひと暴れしたが、次いでNHKにいくことにした。

 むろんファイヤー通りを闊歩してゆくのだけれど、電力館の幻影が視界に入ったのだろうか、ケンが急に入ろうよとダダをこね出した。

「ね、クイズに答えて景品もらお。おれもう何十回って入ってるから全部答え知ってんだよ」

 ナオトはそんなケンをなんとか宥めすかし、電力館を諦めさせる。

「たしかにファイヤー通りのこの角にその昔、電力館がありました。しかし、いまは15年契約でシダックスに賃貸してる。電力館好きだったんだよね、おれも」

   すると、何やら幻術使いよろしく胸の前で印を結び、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい、あのくたらさんみゃくさんぼだい)と御題目だか呪文を唱えはじめるケン。

   2011年まであった電力館を再びこの場に蘇らそうとしている図、ということらしい。

   ケンも好きだったんだなぁとナオトも思って、ちょっぴりノスタルジックな気分になって泣けてきた。

   そして、呪文をまだやめないケンに「わかるよ、残念だったけど、もしかしたら15年後だから2026年には、また新規に電力館オープンってなる可能性もなきにしもあらずだから」といった。

「ナオト、それマジかよ、ウソだったらぶっ飛ばす!」

「さ、いいから間に合わなくなるぞ」とナオトはケンを促して走り出した。

「ちょ、待ってくれよ、印結んだ指が外れねー」と焦りまくるケン。

   というのも急がないとNHKで渡辺香津美のライヴが始まってしまうからだ。すでに一回目は終わっているはずで二回目には間に合うようにとふたりは、タワレコを後にしたのだった。

 渡辺香津美のライヴ告知をタワレコで見たナオトは、即座に観に行くことにしたのだった。

 ケンが言う。
「そのさ、香津美っていう人、そんなにギターが上手いわけ?」

 ケンは、ノイズとプログレ、それにメタルに現代音楽というわけのわからない越境したジャンルには詳しいのだけれど、ジャズには疎く、マイルス・デイヴィスって誰? という具合なのだった。

 実は、ナオトはある無謀なチャレンジを企てていて、その計画遂行にはギターが不可欠なのだけれど、あいにく持ってきてないので、どこか楽器屋で調達しなければならない。

   しかし、ギタリストの端くれとしてギターならば何でもいいというわけにはいかないのだ。

 きょうは何にしようかと暫し悩んだすえ、チャーでゆくことにした。どうでもいいけど、彼のFirstは、最高だ! 背景に霊峰富士山のアルバム・ジャケもgood! というわけで? つまりギターは、ムスタングてなわけだ。

 要は、楽器屋に殴りこみをかけ、店員があっと思う間に疾風のごとくムスタングをかっさらって脱兎のごとく逃げまくり、いや、むろん一時お借りして、そのままNHKホールに乱入し、香津美と壮絶なギター・バトルを繰り広げるという崇高遠大な計画なのだった。

 とりあえずは熟慮断行ということで、作戦を練るべくモスにはいってコーヒーを頼んだ。ひとつ隣のテーブルにはコスプレのお姉さまたち。たぶんだが、ゾンビランドサガのコスプレらしいw

「乱入は諦めてコスプレのちゃんねーでも口説くってほうが、よくね?」とケン。

「うっさいな。少し黙れってーの。いま香津美と演る曲なんにするか考えてんだからさ」

「リゲティ 『ルクス・エテルナ』か、ルー・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』できまりっしょ」としたり顔のケン。

「きみは社会のためにこの世から早くいなくなったほうがいい」

「ならさ、Eveの『廻廻奇譚』とか?」




 
 そして———それから二時間後。

 ふたりはいまだにモスに居座りつづけている。

 渡辺香津美よ、さようなら。遠くのトンカツよりも、目の前のショートケーキ。

 でも、こんなことってほんとうにあってもいいんだろうか?

 だって、コスプレのネーちゃんたちが席を立ったあと、そのテーブルにモノホンのえなこが来たのだった、ジャーマネらしき人物とふたりで。ジャーマネは入ってきたときからずっとケータイでしゃべりまくっている。

 たぶんさ、渋スタで収録があるんだよ、と知ったふうな口をきくケンの喜びようったらなかった。大きく眼を見開き、酸欠のカバのようにただひたすら口を開閉するばかり。ナオトはそのタイミングで、なぜか尿意を覚えトイレに立った。

 そして、戻ってきてびつくーり! えなこたちも、ケンも影も形もない! ナオトはあせりまくったけれど、落ち着いて考えてみるとケータイですぐケンはつかまるんだと思ったら、なんかほっとした。




 










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