3 / 72
壁抜け
しおりを挟む
ナツメに声を掛けられたのは、ちょうどナオトが壁抜けの練習をしている時だった。
ナツメとは今は廃墟と化しているあのMixiで知り合った。その時彼女は薬学系大学の講師をしていたが、1年ほどで辞めてカメラマンへと華麗な転身を遂げたという話をmixiの幽霊会員になる前に聞いた。
だがむろん食えるわけもなく、今はタウン誌のしがない記者兼カメラマンをやっているらしい。それでもナツメのやると言ったら絶対にやる! という有言実行の行動力はすごいとナオトは思った。
ナオトは、オフ会で彼女と一度だけ会ったことがあったが、予想していたよりも綺麗だったのが本当に意外だった。
で、ナツメはその時に講師を辞めてカメラマンになりたいと言っていたのだった。
そんなナツメとナオトが再会したのは、昼下がりのオフィス街。薄暗がりのビルの谷間でだった。
ナツメは、久しぶりとにこやかに手を振って近づいてきた。
「で、こんなとこで何やってんの?」
「あー。そのう、実は信じてもらえないだろうけれど、壁抜けの練習してんだよ」
「なにそれ? 前からアホだと思ってたけど、さらに磨きがかかったわけか」
「ま、そういうなよ。マジなんだから」
「でもなんで? あ、わかった!どうせ女風呂とか覗くつもりでしょ」
「失礼だな、なんちゅうこというの? さては覗かれたい願望でもあるな、ナツメさんよ?」
「アホ。じゃ、ほら見ててあげるから、早くやって見せないさいよ」
「お、おう!」
とは返したものの、いっかなうまくいかない。ただ、壁に向かって相撲でいうところの鉄砲をしているだけの図。
ナツメは、不意に腕を組んだ手を解き「わかった! ナオトくん真剣さが足りないんだよ。絶対そう。じゃさ、あたし撮るよ。Youtubeにあげるから!」
「マジ?」
「はいはい。じゃ、スタンバイして。あ、てかさ、それでもきっと真剣さがまだまだ足りないと思うんだよね。そうだ! ナオトくん、反対側の壁から思い切り助走つけて壁に突撃して!」
「あ、ナツメさん、許してください」
「はいはい。男だったら四の五の言わない。やれよ?」
それで、面子もたたないので、やったはいいけど、案の定、壁にただ激突した蝿みたいな馬鹿な男が録画されただけとなったのは言うまでもない。
「あーあ。あたし少しは信じたい気持ちになってたのになぁ」
「すまん」
「やっぱあれじゃない? 心底信じてないんだよ、ナオトくん自身がね」
「いや、頭ではできると思ってんだけどさ、問題はやっぱ身体だな」
「そんなの当たり前でしょ。みんな壁くらい簡単に抜けられるって思って……ないね?」
「な? そうだろ? 壁抜けられるなんて誰も思うわけないし、だからやろうともしないんだよ」
「だから? 偉いっていいたいわけ?」
「いや、そうじゃなくて。まずはできると思わない限りできるものもできないって話だよ、頭ではわかってるつもりなんだけどな」
「わかった。じゃ、今度はあたしがやってみる! ナオトくん撮影してよ」
「えー! マジかよ?」
「はい、カメラまわして」
ナツメは、そう言うや目をつむり何やら精神統一すると、軽く息を吐き、助走をつけて壁に突っ込んでいった。
そして。
壁にぶち当たるその刹那、ナツメの姿は突如として消えた。まるで、壁の中に吸い込まれてしまったかのように。
茫然として、iphoneのビデオのストップを押すのを忘れていた。やがて、明るい大通りの方から、ナツメのシルエットが歩いてきた。
「やったね!」
満面の笑みを浮かべたナツメは、そういってピースした。
「オレっていったい? 」
ナオトは泣き笑いの表情を浮かべるしかなかった。
ナツメとは今は廃墟と化しているあのMixiで知り合った。その時彼女は薬学系大学の講師をしていたが、1年ほどで辞めてカメラマンへと華麗な転身を遂げたという話をmixiの幽霊会員になる前に聞いた。
だがむろん食えるわけもなく、今はタウン誌のしがない記者兼カメラマンをやっているらしい。それでもナツメのやると言ったら絶対にやる! という有言実行の行動力はすごいとナオトは思った。
ナオトは、オフ会で彼女と一度だけ会ったことがあったが、予想していたよりも綺麗だったのが本当に意外だった。
で、ナツメはその時に講師を辞めてカメラマンになりたいと言っていたのだった。
そんなナツメとナオトが再会したのは、昼下がりのオフィス街。薄暗がりのビルの谷間でだった。
ナツメは、久しぶりとにこやかに手を振って近づいてきた。
「で、こんなとこで何やってんの?」
「あー。そのう、実は信じてもらえないだろうけれど、壁抜けの練習してんだよ」
「なにそれ? 前からアホだと思ってたけど、さらに磨きがかかったわけか」
「ま、そういうなよ。マジなんだから」
「でもなんで? あ、わかった!どうせ女風呂とか覗くつもりでしょ」
「失礼だな、なんちゅうこというの? さては覗かれたい願望でもあるな、ナツメさんよ?」
「アホ。じゃ、ほら見ててあげるから、早くやって見せないさいよ」
「お、おう!」
とは返したものの、いっかなうまくいかない。ただ、壁に向かって相撲でいうところの鉄砲をしているだけの図。
ナツメは、不意に腕を組んだ手を解き「わかった! ナオトくん真剣さが足りないんだよ。絶対そう。じゃさ、あたし撮るよ。Youtubeにあげるから!」
「マジ?」
「はいはい。じゃ、スタンバイして。あ、てかさ、それでもきっと真剣さがまだまだ足りないと思うんだよね。そうだ! ナオトくん、反対側の壁から思い切り助走つけて壁に突撃して!」
「あ、ナツメさん、許してください」
「はいはい。男だったら四の五の言わない。やれよ?」
それで、面子もたたないので、やったはいいけど、案の定、壁にただ激突した蝿みたいな馬鹿な男が録画されただけとなったのは言うまでもない。
「あーあ。あたし少しは信じたい気持ちになってたのになぁ」
「すまん」
「やっぱあれじゃない? 心底信じてないんだよ、ナオトくん自身がね」
「いや、頭ではできると思ってんだけどさ、問題はやっぱ身体だな」
「そんなの当たり前でしょ。みんな壁くらい簡単に抜けられるって思って……ないね?」
「な? そうだろ? 壁抜けられるなんて誰も思うわけないし、だからやろうともしないんだよ」
「だから? 偉いっていいたいわけ?」
「いや、そうじゃなくて。まずはできると思わない限りできるものもできないって話だよ、頭ではわかってるつもりなんだけどな」
「わかった。じゃ、今度はあたしがやってみる! ナオトくん撮影してよ」
「えー! マジかよ?」
「はい、カメラまわして」
ナツメは、そう言うや目をつむり何やら精神統一すると、軽く息を吐き、助走をつけて壁に突っ込んでいった。
そして。
壁にぶち当たるその刹那、ナツメの姿は突如として消えた。まるで、壁の中に吸い込まれてしまったかのように。
茫然として、iphoneのビデオのストップを押すのを忘れていた。やがて、明るい大通りの方から、ナツメのシルエットが歩いてきた。
「やったね!」
満面の笑みを浮かべたナツメは、そういってピースした。
「オレっていったい? 」
ナオトは泣き笑いの表情を浮かべるしかなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~
ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。
いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。
テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。
そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。
『強制フラグを、立てますか?』
その言葉自体を知らないわけじゃない。
だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ?
聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。
混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。
しかも、ちょっとだけ違うセリフで。
『強制フラグを立てますよ? いいですね?』
その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。
「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」
今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。
結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。
『強制フラグを立てました』
その声と、ほぼ同時に。
高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、
女子高生と禁断の恋愛?
しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。
いやいや。俺、そんなセリフ言わないし!
甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって!
俺のイメージが崩れる一方なんだけど!
……でも、この娘、いい子なんだよな。
っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか?
「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」
このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい?
誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる