クリシェ

トリヤマケイ

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クリシェ

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 そういえば、タバコが切れていたんだっけ。
 



   そうナオトは思ったけれども、この雨のなか買いに出るのもおっくうだし映画でも観るかと本棚のビデオやDVDをごそごそ物色しはじめた。
 



   でも、ナオトは、このごろ睡眠不足が続いてて映画を観ながら眠ってしまうかも知れないな、なんて思ったらなんか捜すのも馬鹿らしくなってきちゃって、PCを起ち上げて、ボーっとしてた。
 



   こういうときこそタバコが必要で、というか、ないと思うとなおさらほしくなっちゃって、でも、この雨のなか買いに出るのはおっくうだし映画でも観るしかないかなと本棚のビデオやDVDをごそごそ、また物色しはじめた。
 




   でも、このごろ睡眠不足が続いてて映画を観ながら眠ってしまうかも知れないな、なんて思ったらやっぱり捜すのもなんかアホらしくなってきちゃって、PCの画面を見ながら、ボーっとしてた。




 
   ボーっとしているのが、ナオトは好きだった。学生の頃も、ひとりベンチに座ってボーっとキャンパスをただ眺めていたことがよくあった。
 
 


   ツイッターを見たら誰かさんは、また怒ってて。台風みたく大荒れで。それでナオトは思い出した。






 
  ずっと以前に渋谷駅構内で盲人のおじいさんが、杖を持って立っていて、その杖を床にトントンと軽く打ち付けていたのをちょうど見つけたんだけど、それはたしか、誰か手を貸してくれませんか、みたいな合図な筈で、ナオトは自分でもよくそんなこと知ってるなと感心したんだけれど、そう思いながらも見つづけていたら、おじいさんのそのトントンは、だんだんガンガンに変わって杖も折れろとばかりに床を打ち据えていて、やたら切れまくっているその姿に誰も近づき難くなってしまい、ナオトも声を掛けるタイミングを逸してしまって、立ち止まらずにそのまま歩きつづけた。






 で、井の頭線で下北沢に行って打ち合わせを済ませ、また渋谷に戻ってさっきのおじいさんの立っていたところをまた通ったけれども、さすがにもうおじいさんはいなくなっていた。





 
   それで、ナオトはもうそのおじいさんのことは、すっかり忘れて東横に乗り代官山で降りて恵比寿方面へ歩いていると、コンビニの前のちょっと広いスペースにあのおじいさんが立っていて、全く同じシチュエーションで、杖をコンクリートの地面に打ち付けていた。
 





   じょじょに切れていくのもいっしょ。それを横目で見ながら通り過ぎたナオトは、雑貨屋さんにちょっと寄って買い物をし、アパートに向かった。
  



   路地の角を曲がり、アパートの前に出て驚いた。あのおじいさんが道路の真ん中に立ち、また杖でトントンやっている。
 





   マジ? さっきコンビニにいたじゃん。てか、なんで俺の行くとこ行くとこ先回りするみたくいるわけ? ナオトは、キモくて声を掛ける気などさらさらなかった。





  
   ナオトは、トントンやってるおじいさんを大きく迂回するようにして回り込み、階段を駆け上がる。ところが、部屋の鍵を開け、中に入って絶句した。
 





   下にいるはずのあのおじいさんが部屋に上がり込み、レモンイエローのラヴソファに深々と座り、またぞろ白い杖でトントンやっている。





   むろんナオトは、俄かに信じ難いこの光景にいよいよ俺も病院行きかなと思ったものの、ひとつの発見をして驚いた。
 




   じいさんが座ってトントンやっている図は、ビクトル・エリセ監督の「みつばちのささやき」をまんま想起させたのだ。
 





   きょう一日何度見たことだろう。おじいさんが、立って杖をトントンやっていたから気づかなかったのだ。座ってトントンやっている図は、「みつばちのささやき」の重要なワンシーンを彷彿とさせるのだった。
 





   映画では、苦悩を表すために杖の音が用いられていたのだけれども、おじいさんもなんか辛いことがあるんだろうなと思ったら、ナオトはなんだか涙が出てきそうになって、思わずおじいさんに駆けよって声をかけた。





「May I help you ?」




 
  やっと言えたとナオトは、思った。








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