花散る男女

トリヤマケイ

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第1部 アイドル編

♬ 1 再会

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 とんでもないことがこのリアルな世界でも起こる。京は、それを身をもって知った。




 あのSが、京に一緒に死んでほしいと懇願してきた、あのSがアイドルとして、再び京の前に現れたのだ。





 友人に誘われてイヤイヤ行ったアイドルのライブ会場で、京は、アイドルとなったあの早乙女ゆりあに遭遇した。




 ステージで水を得た魚のようにそつなく歌い踊る早乙女ゆりあは、まさにアイドルの表情をしていた。 




   たぶん、以前にもこうしたステージを経験した事があるのは、京も知っていた。早乙女ゆりあは、子役デビューしていてTVのCMに出ていたのだ。 




 そこは、渋谷の小さな箱だった。京がバンドをやっていた頃にはまだなかったのかもしれない。




 いわゆるアマチュアのロックバンドでは集客が見込めず、どこもかしこもライブハウスはアイドル路線に路線変更していったのだろう。たしかに頑なにロックバンドしか受け容れないでは経営が成り立たない。




 早乙女ゆりあのカラーは、ピンクで本名通り、ゆりあと呼ばれていた。早乙女ゆりあとの久々の再会に、京はしどろもどろになった。握手してチェキを撮りながら、やっと切れ切れに喋った。




「あれからどうしてたの?」



「あの時は、母が亡くなってしまい、ゴタゴタしていたので……」




「大変だったんだね」



「忌引きで会社休ませてもらってる間にいろいろ考えちゃって、そしたら、もう頭がワーってなって、なにもかもやる気がなくなってしまって」



 京は失敗したと思った。




「ごめんね、辛い事思いださせちゃって」



「いえ」



「そうだ!   折角また会えたんだからさ、今度食事でも行かない?」



 ストーレートな物言いに京自身が驚いた。なんでまた食事なんかに誘ってるのいるのか、わけがわからない。




   別に以前のようなときめきは、まったく感じないのに。いや、彼女にときめいたことなどなかったか。だからこそ、軽いノリで誘えたのかもしれなかった。




「えっ!」と、驚いた表情を浮かべた彼女は、まんざらでもない様子で、少なくとも誘われて困っているようには京には思えなかった。




 今をときめく某アイドルグループのセンターで歌唱している子などよりも全然、綺麗だと京は、改めて思った。




 だが、そのビジュアルを再び眼前にしながら、その美貌を隠れ蓑にして誰とでも寝るような、この女性を俺は、好きではないどころか、実は憎んでいると思った。ではなぜまた食事に誘ったのかと言えば単なる社交辞令に過ぎなかった。
 



    誰にもそういう経験がいくらでもあるのではないか。スキなのにキライといったり、敢えて真逆の態度をとってしまう自分。



 彼女の答えは、イエスともノーともつかないものだった。




「一応ね、アイドルの端くれだから、恋愛禁止を謳ってるわけじゃないけど、とりあえず大前提として、特定の人とお付き合いするのはまずいの」




「でもってやつでしょ?   見つからないようにすればいいんじゃん。よく知らないけど、聞いた話ではみんなそうしてるみたいだし。要は街中でツーショットとか撮られないようにすればいいんじゃないの」




「それはそうなんだけど。やっぱりファンのみなさんを裏切るみたいな感じになっちゃうから」




 彼女の在籍するそのチームは、出来たてのほやほやで、お披露目のファーストステージをやったばかりらしい。




 京は、アイドルなんて今まで一度も興味を持ったことはなく、アイドルのライブを観ている自分を想像すら出来なかった。




 だから、一緒にライブに行かないかと依田ちゃんに誘われた時は、むろん洋楽のスワンズやら、ミニストリー、モーターサイコみたいなラウドでヘヴィネスなバンドだと思っていたのだ。




 アイドルのライブだと知ったら、その時点で京は拒絶反応を示していたことは確かだった。




 会場は、渋谷で依田ちゃんは、ちゃっかり渋谷に着いてから、京にこれから行くのは、アイドルのライブだと告げた。




 つまり、騒いだところでもう後の祭りだった。京は、依田っち、おまえいい性格してるなといって苦笑いするしかなかった。




 チームは、アカシアというんだと依田は、うれしそうに言った。そして、別に騙すつもりなどなく、ただ偏見なく見てほしかったから、敢えて言わなかったんだよ、と京に言った。




 早乙女ゆりあは、以前からむろん綺麗だったが、ステージに立つアイドルとしての彼女は、さらにオーラを纏って、きらきらと輝いていた。




 煌びやかな衣装に身を包み、歌い踊るそんな彼女を眼前に見ながら、京は今までに味わったことのない不思議な感情に囚われた。いや、正しくは久しぶりな感じといえばいいだろうか。




 頑な気持ちがほぐれていくような、緊張感から解放されていくような感覚が蘇ってきた。だが、それの本当の正体は、崩壊やら分裂、分解、或いは風化といったものだった。




 以前に早乙女ゆりあとふたりきりで話した時もそうだった。思考が弛緩してしまい、何も考えられなくなってしまうのだ。 




 考えることは面倒くさい。何も考えず言われるまま行動するのが一番楽だからだ。




 早乙女ゆりあと話していると、何か繭のような殻に覆われるような、或いは蜘蛛の糸に絡め取られ雁字搦めにされてしまうような、いずれにせよ外の世界から遮断され、護られているような錯覚に陥る。




 常に人は世界に対してある種の緊張を強いられているが、それは社会人として共生していく上で、従わなければならない規範であったり、ルールであったりするわけだが、互いに快適に過ごすためのそれらの謂わば常識すら取っ払ってしまうような、悪魔的なそれは包容力なのだった。




 むろん、正確には包容力などではなく、単に術中に嵌ったというわけだ。




 早乙女ゆりあの容貌は、一般の人に比べたら確かに目鼻立ちがはっきりしていて派手だが、髪は黒髪のままだった。そして、どうみてもお淑やかなお嬢様といった風情なのに、裏を返せば誰とでも寝るという、最悪なパターンだった。




 いかにものヤリマンならば、わかりやすいのだが、早乙女ゆりあを初めて見た人で、彼女が貞操観念がかなり低いとは誰も見破れないないだろう。



 京も、早乙女ゆりあの真実の姿を知って、はじめは驚きを禁じえなかった。




 だが、やがて京は自殺願望の強い彼女は、貞操観念が低いのではなく、罪深い自分は罰せられるのが当然であり、自分に罰を与えたいという、強い強迫観念に常に囚われているのではないだろうかと考えるようになっていった。




 早乙女ゆりあから、愛する者同士が手を取り合って、自死するいわゆる心中みたいなことをする相手として京が選ばれた時、京も一瞬こんな美しい女と一緒に死ねるのならば、男冥利につきるのではないかと少しだけ心が揺れたのは確かだった。




 それで、京は早乙女ゆりあは自分を穢すことにより自分を罰しているのではないかと思いはじめた。




 そして、現実にはならなかった、その甘く危険な誘惑が去った後で、安全なるがゆえの心の遊びとして、早乙女ゆりあとの心中行を想像した。




 そして想像すればするほど、早乙女ゆりあの強い自殺願望をリアルに感じ、顔が綺麗なだけのヤリマン女なのではないことがわかったのは確かだった。




 だが、それを知っても忌まわしい思い出として、早乙女ゆりあはやがては心の隅に追いやられ、京はパンドラの匣に蓋をするように思い出を封印したのだ。




 なのにまた、人生の中で再び早乙女ゆりあとの再会が用意されていたとは、お釈迦様でも知らぬめえってやつだろうか、と京は思った。







 




 
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