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魔術師、約束する
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試合は低学年から始まるらしい。まだ幼さの残る子どもたちが重そうな長剣を構えている姿はチグハグで新鮮な感じがする。ギルドでは小さな子どもでも依頼を受けることができるがそのような子たちは皆、短剣を持ち歩いていた。
「いけ!まだ行けるぞ!」
「頑張って!!」
「左側を狙え!そうだ!その調子だ!」
歓声と応援の声が競技場を埋め尽くす。みんな楽しそうだ。僕はあまりこのような体験をしたことがなくて、試合よりも周りの雰囲気が気になってしまう。
「どうですか?ラズウェル先生。楽しいでしょう?」
「そうですね!なかなか、このような機会がなかったので楽しませてもらってますよ。」
「それは良かったですね!そういえば、ゼロ先生の剣術は見たことありますか?見たことないのなら楽しみですね!大会の優勝者は大会の終幕にゼロ先生と闘うことになっているんですから!」
「え?そうなんですか?…それは聞いてませんでした。」
「あら、そうですか。もしかしたらラズウェル先生には秘密にしておきたかったのかもしれませんね!」
ふふっと笑うアイリーンに対して僕は動揺していた。何故そういう事をゼロは僕に言ってくれなかったのだろうか。僕には言えない理由があったとか?じゃあどうしてアイリーン先生は知っていたのか…。あんなに途中まで楽しかったのに、心がモヤモヤとして気が晴れない。
それでも競技場には楽しそうな声があちこちで聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「先生!」
聞き慣れた声が聞こえる。だが、あちらこちらから聞こえてくる歓声でどこに声の主がいるか分からない。キョロキョロと見回してみると、後ろから誰かに抱きつかれる。首を回して後ろを見るとアルが僕に抱きつきながら嬉しそうにこちらを見ていた。
「アル。席から離れて大丈夫なの?」
「俺と会ったっていうのに、最初の一言目がそれか?」
アルは不満そうにしながら僕から腕を離す。
「まぁいいや、先生、今時間ある?」
「なんで?なにかあったの?」
「いいから、こっち来て。」
ぐいぐいと腕を引っ張られ競技場の内部に連れて行かれる。広い通路の奥にある休憩室に入ると、騒がしい観客席とは打って変わって静かな空間が広がった。どうやら外からの音を魔術で防いでいるようだ。
「ねぇ、話ってなにさ」
「…先生は俺のことどう思ってる?」
「どうって…いい生徒だと思っているよ。魔力もあって剣術も使えるし、とても優しい。素晴らしい生徒だと思うけど?」
「先生はそう思っているのか…。僕も先生は凄い人だと思っているし尊敬している。」
「なんかそう言われると照れくさいね。」
「…でも、それだけじゃない。」
「え?じゃあ何があるの?」
「俺は先生が、」
「うん。僕が?」
「先生が……その、好きなんだ。」
「僕も君が好ましいと思っているよ」
「違う!そうじゃない……そうじゃなくて俺は先生を、恋愛の意味で好きなんだ。」
顔を赤くしたアルは自分の首に手を当てて恥ずかしそうに言った。
「え!!僕を!?」
「さっきからそう言ってる!」
「いや、僕のことが好きって、どうして…」
「先生と一緒にいるようになって、先生の笑顔に惹かれるようになった。俺の恋人になってほしい」
「いや、急に言われても…それにそもそも僕は先生で君は生徒だし…」
「先生だろうが生徒だろうが関係ない!…確かに、急に言われても戸惑うと思う。でも、俺は先生のことが好きだから」
「だからって…」
「分かった。じゃあ俺がこの大会で優勝したら付き合ってよ。それでいいか?」
「え?いや、あのさ」
「お願いラズウェル、いいって言ってくれ。お願いだから。」
アルは縋りつくように僕の手を強く握り、俯く。その泣きそうな声に僕の心は靡いてしまった。
「…分かった。優勝して恋人になるのはだめだけど、付き合うチャンスをあげるっていうのは?」
「……分かった。それで我慢する。」
すごくイヤそう。でもこれで少しでも元気に試合に出るのならまあいいか。
「ま、試合頑張って」
「おう!任せろ!!」
なんやかんや部屋を出たあと、アルは元気に試合の準備室へと走って行った。
「はぁ、大変なことになったなぁ」
「大変なこととは?」
後ろから落ち着いた声が聞こえる。
「ユール。こうして二人で喋るのは久々だね!」
「ええ、ラズ先生は相変わらず元気そうですね。」
「ユールは試合に出るのか?」
「そうですね、選抜で選ばれたので仕方なく出ることになってしまいました。」
「そういえば、ゼロの授業に出てないって聞いたけどなんで出てないの?」
「あの先生とはあまり気が合わなくてですね、違う先生に個別で剣術を学んでいるんですよ」
にんまりとした笑顔で話すユールは僕を見下ろすように話続ける。
「ラズ先生はゼロ先生のことどう思っているんですか?」
「うーん、面倒見が良くて頼り甲斐がある人で…それにとても優しいよ。」
「そうですか。それはそれは…。……そういえば私、見てしまったんですよ。」
「何を?」
「昨日の夜、ゼロ先生とアイリーン先生が一緒にいるのを…ね」
ユールはラズウェルの耳元でそう囁く。
「…昨日の、夜……アイリーン先生と………」
さっきのアイリーン先生の話を思い出す。心臓がバクバクと音を立てる。嫌な予感がする。この先にある真実を知ってしまえば、もう知らなかった頃には戻れなくなる。嫌だ、そんなことない。そうじゃないはずだ。
「……それは本当なのか?」
「ええ、しっかりとこの目で見ましたから。嘘では無いですよ。」
ああ、僕の中にある何かが崩れていく。
「…もしそうでも、僕は別に何も思わないよ。」
違う。本当はそうじゃない。僕は…
「そうですか、じゃあどうして二人は一緒にいたのでしょうか…?」
痛い…息苦しい。全て吐き出してしまいたい。でもこの痛みを言葉に出すのは許されるのか?
「僕にはよく分からない…。」
気付いた真実を一度言葉にしてしまえばそれは、
「本当に分からないんですか?このことから導かれる真実は一つだけではありませんか」
真実を事実だと受け入れるしかない。
「…ゼロはアイリーン先生の………恋人、…。」
「ふふ、分かっているじゃありませんか。」
ユールはにこやかにそう言うと僕に背を向けて行ってしまった。
僕は凪いだ心で外を見つめる。僕は旅人。何にも縛られることはない。これからも僕を縛るものなど何も無い。
「いけ!まだ行けるぞ!」
「頑張って!!」
「左側を狙え!そうだ!その調子だ!」
歓声と応援の声が競技場を埋め尽くす。みんな楽しそうだ。僕はあまりこのような体験をしたことがなくて、試合よりも周りの雰囲気が気になってしまう。
「どうですか?ラズウェル先生。楽しいでしょう?」
「そうですね!なかなか、このような機会がなかったので楽しませてもらってますよ。」
「それは良かったですね!そういえば、ゼロ先生の剣術は見たことありますか?見たことないのなら楽しみですね!大会の優勝者は大会の終幕にゼロ先生と闘うことになっているんですから!」
「え?そうなんですか?…それは聞いてませんでした。」
「あら、そうですか。もしかしたらラズウェル先生には秘密にしておきたかったのかもしれませんね!」
ふふっと笑うアイリーンに対して僕は動揺していた。何故そういう事をゼロは僕に言ってくれなかったのだろうか。僕には言えない理由があったとか?じゃあどうしてアイリーン先生は知っていたのか…。あんなに途中まで楽しかったのに、心がモヤモヤとして気が晴れない。
それでも競技場には楽しそうな声があちこちで聞こえた。
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「先生!」
聞き慣れた声が聞こえる。だが、あちらこちらから聞こえてくる歓声でどこに声の主がいるか分からない。キョロキョロと見回してみると、後ろから誰かに抱きつかれる。首を回して後ろを見るとアルが僕に抱きつきながら嬉しそうにこちらを見ていた。
「アル。席から離れて大丈夫なの?」
「俺と会ったっていうのに、最初の一言目がそれか?」
アルは不満そうにしながら僕から腕を離す。
「まぁいいや、先生、今時間ある?」
「なんで?なにかあったの?」
「いいから、こっち来て。」
ぐいぐいと腕を引っ張られ競技場の内部に連れて行かれる。広い通路の奥にある休憩室に入ると、騒がしい観客席とは打って変わって静かな空間が広がった。どうやら外からの音を魔術で防いでいるようだ。
「ねぇ、話ってなにさ」
「…先生は俺のことどう思ってる?」
「どうって…いい生徒だと思っているよ。魔力もあって剣術も使えるし、とても優しい。素晴らしい生徒だと思うけど?」
「先生はそう思っているのか…。僕も先生は凄い人だと思っているし尊敬している。」
「なんかそう言われると照れくさいね。」
「…でも、それだけじゃない。」
「え?じゃあ何があるの?」
「俺は先生が、」
「うん。僕が?」
「先生が……その、好きなんだ。」
「僕も君が好ましいと思っているよ」
「違う!そうじゃない……そうじゃなくて俺は先生を、恋愛の意味で好きなんだ。」
顔を赤くしたアルは自分の首に手を当てて恥ずかしそうに言った。
「え!!僕を!?」
「さっきからそう言ってる!」
「いや、僕のことが好きって、どうして…」
「先生と一緒にいるようになって、先生の笑顔に惹かれるようになった。俺の恋人になってほしい」
「いや、急に言われても…それにそもそも僕は先生で君は生徒だし…」
「先生だろうが生徒だろうが関係ない!…確かに、急に言われても戸惑うと思う。でも、俺は先生のことが好きだから」
「だからって…」
「分かった。じゃあ俺がこの大会で優勝したら付き合ってよ。それでいいか?」
「え?いや、あのさ」
「お願いラズウェル、いいって言ってくれ。お願いだから。」
アルは縋りつくように僕の手を強く握り、俯く。その泣きそうな声に僕の心は靡いてしまった。
「…分かった。優勝して恋人になるのはだめだけど、付き合うチャンスをあげるっていうのは?」
「……分かった。それで我慢する。」
すごくイヤそう。でもこれで少しでも元気に試合に出るのならまあいいか。
「ま、試合頑張って」
「おう!任せろ!!」
なんやかんや部屋を出たあと、アルは元気に試合の準備室へと走って行った。
「はぁ、大変なことになったなぁ」
「大変なこととは?」
後ろから落ち着いた声が聞こえる。
「ユール。こうして二人で喋るのは久々だね!」
「ええ、ラズ先生は相変わらず元気そうですね。」
「ユールは試合に出るのか?」
「そうですね、選抜で選ばれたので仕方なく出ることになってしまいました。」
「そういえば、ゼロの授業に出てないって聞いたけどなんで出てないの?」
「あの先生とはあまり気が合わなくてですね、違う先生に個別で剣術を学んでいるんですよ」
にんまりとした笑顔で話すユールは僕を見下ろすように話続ける。
「ラズ先生はゼロ先生のことどう思っているんですか?」
「うーん、面倒見が良くて頼り甲斐がある人で…それにとても優しいよ。」
「そうですか。それはそれは…。……そういえば私、見てしまったんですよ。」
「何を?」
「昨日の夜、ゼロ先生とアイリーン先生が一緒にいるのを…ね」
ユールはラズウェルの耳元でそう囁く。
「…昨日の、夜……アイリーン先生と………」
さっきのアイリーン先生の話を思い出す。心臓がバクバクと音を立てる。嫌な予感がする。この先にある真実を知ってしまえば、もう知らなかった頃には戻れなくなる。嫌だ、そんなことない。そうじゃないはずだ。
「……それは本当なのか?」
「ええ、しっかりとこの目で見ましたから。嘘では無いですよ。」
ああ、僕の中にある何かが崩れていく。
「…もしそうでも、僕は別に何も思わないよ。」
違う。本当はそうじゃない。僕は…
「そうですか、じゃあどうして二人は一緒にいたのでしょうか…?」
痛い…息苦しい。全て吐き出してしまいたい。でもこの痛みを言葉に出すのは許されるのか?
「僕にはよく分からない…。」
気付いた真実を一度言葉にしてしまえばそれは、
「本当に分からないんですか?このことから導かれる真実は一つだけではありませんか」
真実を事実だと受け入れるしかない。
「…ゼロはアイリーン先生の………恋人、…。」
「ふふ、分かっているじゃありませんか。」
ユールはにこやかにそう言うと僕に背を向けて行ってしまった。
僕は凪いだ心で外を見つめる。僕は旅人。何にも縛られることはない。これからも僕を縛るものなど何も無い。
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