銀の魔術師の恩返し

喜々

文字の大きさ
上 下
15 / 25

魔術師、約束する

しおりを挟む
 試合は低学年から始まるらしい。まだ幼さの残る子どもたちが重そうな長剣を構えている姿はチグハグで新鮮な感じがする。ギルドでは小さな子どもでも依頼を受けることができるがそのような子たちは皆、短剣を持ち歩いていた。

「いけ!まだ行けるぞ!」

「頑張って!!」

「左側を狙え!そうだ!その調子だ!」

 歓声と応援の声が競技場を埋め尽くす。みんな楽しそうだ。僕はあまりこのような体験をしたことがなくて、試合よりも周りの雰囲気が気になってしまう。

「どうですか?ラズウェル先生。楽しいでしょう?」

「そうですね!なかなか、このような機会がなかったので楽しませてもらってますよ。」

「それは良かったですね!そういえば、ゼロ先生の剣術は見たことありますか?見たことないのなら楽しみですね!大会の優勝者は大会の終幕にゼロ先生と闘うことになっているんですから!」

「え?そうなんですか?…それは聞いてませんでした。」

「あら、そうですか。もしかしたらラズウェル先生には秘密にしておきたかったのかもしれませんね!」

 ふふっと笑うアイリーンに対して僕は動揺していた。何故そういう事をゼロは僕に言ってくれなかったのだろうか。僕には言えない理由があったとか?じゃあどうしてアイリーン先生は知っていたのか…。あんなに途中まで楽しかったのに、心がモヤモヤとして気が晴れない。

 それでも競技場には楽しそうな声があちこちで聞こえた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「先生!」

 聞き慣れた声が聞こえる。だが、あちらこちらから聞こえてくる歓声でどこに声の主がいるか分からない。キョロキョロと見回してみると、後ろから誰かに抱きつかれる。首を回して後ろを見るとアルが僕に抱きつきながら嬉しそうにこちらを見ていた。

「アル。席から離れて大丈夫なの?」

「俺と会ったっていうのに、最初の一言目がそれか?」

 アルは不満そうにしながら僕から腕を離す。

「まぁいいや、先生、今時間ある?」

「なんで?なにかあったの?」

「いいから、こっち来て。」

 ぐいぐいと腕を引っ張られ競技場の内部に連れて行かれる。広い通路の奥にある休憩室に入ると、騒がしい観客席とは打って変わって静かな空間が広がった。どうやら外からの音を魔術で防いでいるようだ。

「ねぇ、話ってなにさ」

「…先生は俺のことどう思ってる?」

「どうって…いい生徒だと思っているよ。魔力もあって剣術も使えるし、とても優しい。素晴らしい生徒だと思うけど?」

「先生はそう思っているのか…。僕も先生は凄い人だと思っているし尊敬している。」

「なんかそう言われると照れくさいね。」

「…でも、それだけじゃない。」

「え?じゃあ何があるの?」

「俺は先生が、」

「うん。僕が?」

「先生が……その、好きなんだ。」

「僕も君が好ましいと思っているよ」

「違う!そうじゃない……そうじゃなくて俺は先生を、恋愛の意味で好きなんだ。」

 顔を赤くしたアルは自分の首に手を当てて恥ずかしそうに言った。

「え!!僕を!?」

「さっきからそう言ってる!」

「いや、僕のことが好きって、どうして…」

「先生と一緒にいるようになって、先生の笑顔に惹かれるようになった。俺の恋人になってほしい」

「いや、急に言われても…それにそもそも僕は先生で君は生徒だし…」

「先生だろうが生徒だろうが関係ない!…確かに、急に言われても戸惑うと思う。でも、俺は先生のことが好きだから」

「だからって…」

「分かった。じゃあ俺がこの大会で優勝したら付き合ってよ。それでいいか?」

「え?いや、あのさ」

「お願いラズウェル、いいって言ってくれ。お願いだから。」

 アルは縋りつくように僕の手を強く握り、俯く。その泣きそうな声に僕の心は靡いてしまった。

「…分かった。優勝して恋人になるのはだめだけど、付き合うチャンスをあげるっていうのは?」

「……分かった。それで我慢する。」

 すごくイヤそう。でもこれで少しでも元気に試合に出るのならまあいいか。



「ま、試合頑張って」

「おう!任せろ!!」

 なんやかんや部屋を出たあと、アルは元気に試合の準備室へと走って行った。



「はぁ、大変なことになったなぁ」

「大変なこととは?」

 後ろから落ち着いた声が聞こえる。

「ユール。こうして二人で喋るのは久々だね!」

「ええ、ラズ先生は相変わらず元気そうですね。」

「ユールは試合に出るのか?」

「そうですね、選抜で選ばれたので仕方なく出ることになってしまいました。」

「そういえば、ゼロの授業に出てないって聞いたけどなんで出てないの?」

「あの先生とはあまり気が合わなくてですね、違う先生に個別で剣術を学んでいるんですよ」

 にんまりとした笑顔で話すユールは僕を見下ろすように話続ける。

「ラズ先生はゼロ先生のことどう思っているんですか?」

「うーん、面倒見が良くて頼り甲斐がある人で…それにとても優しいよ。」

「そうですか。それはそれは…。……そういえば私、見てしまったんですよ。」

「何を?」

「昨日の夜、ゼロ先生とアイリーン先生が一緒にいるのを…ね」

 ユールはラズウェルの耳元でそう囁く。

「…昨日の、夜……アイリーン先生と………」

 さっきのアイリーン先生の話を思い出す。心臓がバクバクと音を立てる。嫌な予感がする。この先にある真実を知ってしまえば、もう知らなかった頃には戻れなくなる。嫌だ、そんなことない。そうじゃないはずだ。

「……それは本当なのか?」

「ええ、しっかりとこの目で見ましたから。嘘では無いですよ。」

 ああ、僕の中にある何かが崩れていく。

「…もしそうでも、僕は別に何も思わないよ。」

 違う。本当はそうじゃない。僕は…

「そうですか、じゃあどうして二人は一緒にいたのでしょうか…?」

 痛い…息苦しい。全て吐き出してしまいたい。でもこの痛みを言葉に出すのは許されるのか?

「僕にはよく分からない…。」

 気付いた真実を一度言葉にしてしまえばそれは、

「本当に分からないんですか?このことから導かれる真実は一つだけではありませんか」

 真実を事実だと受け入れるしかない。

「…ゼロはアイリーン先生の………恋人、…。」

「ふふ、分かっているじゃありませんか。」

 ユールはにこやかにそう言うと僕に背を向けて行ってしまった。






 僕は凪いだ心で外を見つめる。僕は旅人。何にも縛られることはない。これからも僕を縛るものなど何も無い。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

処理中です...