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買い物 sideラウル
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夕暮れ時の市場は相も変わらず治安が悪く、暴言や妖艶な声が微かに聞こえてくる。ラウルは奴隷になってから己の凶暴性を理由に主人を転々としていたがこのスラムに来て、よりあの戦争のことを思い出すようになった。今となっては亡国となった我が故国の最後の思い出はスラム街の様に毎日生きるのに精一杯な人々の姿で溢れかえっていた光景だ。戦場へ向かう馬車に乗ってその状況を眺めていたあの時、俺に何ができただろうか。戦うことにしか能のない俺が。一度思い出してしまえば、泉の様にあの苦々しい記憶が蘇ってくる。
「先に腹を満たそうか」
そう悶々としていると横から抑揚のない声が掛けられる。自分より頭ひとつ低い今の主人が俺を見上げながら飽きもせず話かけてくるが、こいつも特に喋り好きではないようだ。本当は喋るのも億劫なはずなのになぜ態々話しかけるのだろうか、それに奴隷に対しての態度が今までの主人とは全く違う。あいつらを主人だと呼ぶのも反吐が出るが、それ以上にあいつらの性格の悪さには心底軽蔑した。
「話聞いてるか?少しは反応してくれないと困るんだけど」
怪訝そうに首を傾げながら聞いてくるノアに視線を向けるとノアは満足そうに笑みを浮かべて前を向いた。まるで俺を奴隷として見ていない、謎な男だ。
暫く歩くと肉を焼く音が聞こえ発泡酒の匂いが漂ってきた。煙い屋台には客寄せの声と酔っ払いの笑い声で盛り上がっている。
「何食いたい?やっぱり肉か?」
ノアは肉ばかり食べている。今日の昼食もそうだった。こいつは薬師のくせに食生活は不健康だ。
「なんでもいいぞ、ラウルが食べたい物を買ってこい」
ノアはラウルに何枚か銅貨を渡し、肉料理の屋台に行ってしまった。残されたラウルはノアの後ろ姿を暫く見つめた後、屋台を見回り始めた。
それらの店には蒸し芋やチーズなども売っていたが、中でもラウルの目に留まったのはクリームシチューだった。それはアルトキアの伝統料理で、ラウルの好物でもあった。
「これを一杯」
ぐつぐつと煮込まれているシチューには具材がたっぷりと入っており見るからに美味しそうだった。店の婆さんは木の器にシチューをよそってラウルに手渡し、銅貨を受け取る。
「美味しそうだな」
後ろからノアが声をかけ、ラウルの手もとを覗き込む。
「…シチューか、ラウルは見る目があるな」
「………」
一瞬、ノアがどこか遠い目をした。その瞳には光が無く、無力感が伝わってきた。だが、それは直ぐに消え再びラウルの方へと視線を戻した。
「さあ、冷めない内に食べてしまおう!」
ノアの手には焼いた骨付き肉と蒸した芋が載っている皿があった。
二人は屋台が並ぶ大通りから少し離れた路地裏の入口まで来ると壁に寄り掛かりながら夕飯を食べた。人が少なく、静かなそこから大通りを眺めていると手を縄で縛られた子どもが何人も歩いているのが見えた。子どもの奴隷は娼館や屋敷の下働き、貴族の玩具として買われる。…また気分が悪くなった。子どもでさえ奴隷にされ壊れるまでこき使う、かつて自分を物として扱い、慰み者にしようとした趣味の悪い貴族どもが脳裏に浮かぶ。
「なんだ?怖い顔して、何を…」
ノアはラウルの視線の先を見ると表情を曇らせた。
「…奴隷か」
ラウルは視線を手もとに落とし、シチューを口に運ぶ。久々に口にした故郷の味に心が少し温まったが、頭の中は奴隷のことでいっぱいだった。
「ラウル、僕はお前を奴隷として扱う気は無い」
「口では何とでも言えると思うが」
ラウルは鋭い目でノアを見る。ノアはそれを見て口を閉じたが、再び言葉を紡ぐ。
「僕は…奴隷を扱えるような人じゃ無い。僕はそんなに偉い人間じゃ無い」
ノアは俯きながら淡々と話続けた。
「寧ろ…僕は、…いや何でも無い。…兎に角、僕はラウルと対等でいたいんだ。これだけは信じて欲しい」
ノアの力強い瞳がラウルを見つめる。口を固く結び、何かに耐えるような様子のノアをラウルは冷静に観察していた。
どうやらこの様子だとノアは本当のことを言っているようだ。とは言うものの、最初からノアの俺への扱い方は異常だった。奴隷などただの道具で自分の思い通りにできる玩具である。だと言うのにノアは俺に話しかけ、俺が反応するのを待つような主人だった。反応して欲しいのであれば首輪に命令すれば良いのに。
「分かった」
「良かった!ならもうこの話は終わり。さあ、次はラウルの服を買いに行こう。まあ、古着だけど我慢してくれ」
そう言ってノアはラウルに背を向け歩き出し、ラウルはノアの後ろに付いていくように人混みの中を歩いて行った。
「先に腹を満たそうか」
そう悶々としていると横から抑揚のない声が掛けられる。自分より頭ひとつ低い今の主人が俺を見上げながら飽きもせず話かけてくるが、こいつも特に喋り好きではないようだ。本当は喋るのも億劫なはずなのになぜ態々話しかけるのだろうか、それに奴隷に対しての態度が今までの主人とは全く違う。あいつらを主人だと呼ぶのも反吐が出るが、それ以上にあいつらの性格の悪さには心底軽蔑した。
「話聞いてるか?少しは反応してくれないと困るんだけど」
怪訝そうに首を傾げながら聞いてくるノアに視線を向けるとノアは満足そうに笑みを浮かべて前を向いた。まるで俺を奴隷として見ていない、謎な男だ。
暫く歩くと肉を焼く音が聞こえ発泡酒の匂いが漂ってきた。煙い屋台には客寄せの声と酔っ払いの笑い声で盛り上がっている。
「何食いたい?やっぱり肉か?」
ノアは肉ばかり食べている。今日の昼食もそうだった。こいつは薬師のくせに食生活は不健康だ。
「なんでもいいぞ、ラウルが食べたい物を買ってこい」
ノアはラウルに何枚か銅貨を渡し、肉料理の屋台に行ってしまった。残されたラウルはノアの後ろ姿を暫く見つめた後、屋台を見回り始めた。
それらの店には蒸し芋やチーズなども売っていたが、中でもラウルの目に留まったのはクリームシチューだった。それはアルトキアの伝統料理で、ラウルの好物でもあった。
「これを一杯」
ぐつぐつと煮込まれているシチューには具材がたっぷりと入っており見るからに美味しそうだった。店の婆さんは木の器にシチューをよそってラウルに手渡し、銅貨を受け取る。
「美味しそうだな」
後ろからノアが声をかけ、ラウルの手もとを覗き込む。
「…シチューか、ラウルは見る目があるな」
「………」
一瞬、ノアがどこか遠い目をした。その瞳には光が無く、無力感が伝わってきた。だが、それは直ぐに消え再びラウルの方へと視線を戻した。
「さあ、冷めない内に食べてしまおう!」
ノアの手には焼いた骨付き肉と蒸した芋が載っている皿があった。
二人は屋台が並ぶ大通りから少し離れた路地裏の入口まで来ると壁に寄り掛かりながら夕飯を食べた。人が少なく、静かなそこから大通りを眺めていると手を縄で縛られた子どもが何人も歩いているのが見えた。子どもの奴隷は娼館や屋敷の下働き、貴族の玩具として買われる。…また気分が悪くなった。子どもでさえ奴隷にされ壊れるまでこき使う、かつて自分を物として扱い、慰み者にしようとした趣味の悪い貴族どもが脳裏に浮かぶ。
「なんだ?怖い顔して、何を…」
ノアはラウルの視線の先を見ると表情を曇らせた。
「…奴隷か」
ラウルは視線を手もとに落とし、シチューを口に運ぶ。久々に口にした故郷の味に心が少し温まったが、頭の中は奴隷のことでいっぱいだった。
「ラウル、僕はお前を奴隷として扱う気は無い」
「口では何とでも言えると思うが」
ラウルは鋭い目でノアを見る。ノアはそれを見て口を閉じたが、再び言葉を紡ぐ。
「僕は…奴隷を扱えるような人じゃ無い。僕はそんなに偉い人間じゃ無い」
ノアは俯きながら淡々と話続けた。
「寧ろ…僕は、…いや何でも無い。…兎に角、僕はラウルと対等でいたいんだ。これだけは信じて欲しい」
ノアの力強い瞳がラウルを見つめる。口を固く結び、何かに耐えるような様子のノアをラウルは冷静に観察していた。
どうやらこの様子だとノアは本当のことを言っているようだ。とは言うものの、最初からノアの俺への扱い方は異常だった。奴隷などただの道具で自分の思い通りにできる玩具である。だと言うのにノアは俺に話しかけ、俺が反応するのを待つような主人だった。反応して欲しいのであれば首輪に命令すれば良いのに。
「分かった」
「良かった!ならもうこの話は終わり。さあ、次はラウルの服を買いに行こう。まあ、古着だけど我慢してくれ」
そう言ってノアはラウルに背を向け歩き出し、ラウルはノアの後ろに付いていくように人混みの中を歩いて行った。
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