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第一章 4月クレイム

第十二話 心境

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 「はぁ‥はぁ‥‥!」
 
 殺伐とした石階段をの中をぜぇぜぇと息を切らしながら昇る。
 
 「彩芽!大丈夫か?!」

 僕は彩芽を見て凛とした声で叫ぶ。僕も彩芽も額には汗が浮かび、足がもつれかかっている。声がガラガラにかれていて、喉がはちきれそうだったが、そんなことを気にしていられなかった。

 「う、うん。大、丈夫」

 当然だが彩芽はかなりしんどそうだ。ぜぇぜぇと息を切らして涙を拭いながら走る。

 走り、走り、外に出て、ようやく門をくぐる、その時

 「ッ!!!」

 短い悲鳴のような何かが聞こえ、慌てて振り返る。

 僕の目の前には-----


 **********

 
 高い高い搭の奥底に眠る、牢獄のような暗い地下室。冷たいコンクリートにゴツゴツとした石材の壁。寒くて淀んだ空気。
 その全てが地上とはまるで違った雰囲気だった。

 全員に小さくて頼りない懐中電灯を渡され、それで足元を照らしながら注意しながら進むと、ラビットはある牢屋の手前でピタリと止まった。

 牢屋の鍵をゆっくりと開ける。扉は厳重そうな見た目に反していとも簡単に開き、僕らはラビットのあとに続いた。
 ひやりとした鉄格子に手をかけると、少ししか開いていなかったドアを最大限まで開く。
 
 暗い牢屋の中でまず目に入ったのはランタンに照らされ、血がこびりついて、ギラギラと光る鉄の手錠と足枷だった。傷ついた足。ボロボロになった服。

 そして慣れ親しみ、見知った顔。

 彩芽は衰弱しているのか、壁によりかかるようにしてヘタリと座っていた。
 息も絶え絶えだが、それはこの状況下に置かれた恐怖からだろう。
 外傷は手首しか見当たらなかった。しかし、その手首は赤く腫れ、コートの裾とコンクリートの地面はところどころ真っ赤に血濡れていた。
 僕らが入ってきたことに気づいていないのか、ずっと下を向いていた。
 

 「彩芽!」

 僕達は彩芽のもとに駆け寄った。目を覗き込むと彩芽は何回かまばたきをして僕を見つめ返した。

 「お兄…ちゃん?」

 その目は潤んでいて今にもぐしゃりと潰れてしまいそうな目だった。

 「助、けて…手首、いっぱい、血が出て、痛いの、怖い、怖いよ…」

 途切れ途切れに言葉が出てくる。
 手首を見るが、どうやら鍵が必要なようで、手錠は取れそうにない。
 手錠を無理矢理引っ張ってもみるが、外れるような気配はない。

 彩芽はパニックを起こしている。その原因は調べずともわかる。
 
 牢獄。地下。その言葉が彩芽はとにかく嫌いで、例え小説であっても思わず口を抑えて拒絶反応を示す。
 ーーー過去のが、相当トラウマになっているのだ。昔監禁されたあの恐怖を。
 それを知っていてラビットはこんなことをしているのだろうか?
 だとしたら、これはただ単なる嫌がらせなのか?なぜそんなことをしなければいけなくなるのか? 

 いや、そんなこと考えている間もない。
 
 何とかして彩芽を助けて、ここから逃げ出さないと。
 
 手錠はつけたままでも逃げ出せるだろうか。ただ足枷は邪魔になるだろう。しかしそれを外す手立ては2つ。

 1つ。何かしらの手段で足枷を外す。

 まず力ずくはどう考えても無理だ。そもそも力ずくで外せるような見た目をしているおかげに、おまけにしようとしてもすぐにバレてしまう。

 誰かに魔法を使ってもらう方法はどうだろうか。
 優人さんの適応能力は潜伏能力。ここで使うのはどう考えても無理だ。
 駒木さんの適応能力は電撃能力と治癒能力。ここで電撃能力を使えば、感電して死んでしまうかもしれない。治癒能力はもってのほかだ。
 笹倉さんの適応能力は攻撃能力。ここで使うとすれば何だ。どうすることができる。足枷を攻撃したところで壊れるわけがない。

 ‥駄目だ、この手段は使えそうもない。

 2つ。ラビットから鍵を奪う。

 魔法を使ってでも、力ずくでも、気絶させるか。その間に塔の中か彼女の手元にあるか。
 どちらにしろこの方法の方が現実的だ。

 気絶させて鍵を奪う、か。

 ふと昔のことを思い出す。
 あの時と状況は違えど、あの時に僕は彩芽には恐怖を与えてしまった。

 


 繰り返して、いいのか?あのときのことを

 


 自問自答をしていると僕は気づいた。急に目が覚めたようだった。曇っていたような視界がクリアになる。僕の頭が冴え渡る。


  「彩芽、辛いかもしれない、けど聞いてほしい」
 
 腹の奥深くから絞り出した声が壁に反響する。小さなランタンがぼんやりと照らす。

 「彩芽の裏の顔を、認めてほしい」

 まっすぐと、彩芽の目を見て、言葉をひねり出した。

 「お、お兄ちゃん…?何、言ってるの?」

 案の定彩芽は訳がわからないような目で僕を見つめ返す。
 
 「ラビットは彩芽の裏の顔を認めるのを望んでいる。それは、ラビットが彩芽の裏の顔、つまり彩芽自身といっても過言ではないからだ」

 「訳分かんない、分かんないよ!」

 「嫌だ、嫌だよ!私を助けてくれるんじゃなかったの?!ねぇ、それならこの鎖を切るだけでいいんだよ、早く、早くしてよ!」

 とうとう彩芽は泣き出してしまった。辛いが、真実を受け止めてほしいのだ。

 「彩芽、裏の顔隠すの、辛いんだろ?」

 「……っ!」

 図星、のようだった。
 溢れていた涙は一時的に止まり、顔を下に向ける。


 「もう、隠さなくていいんだよ、彩芽」

 
 その言葉が引き金となったのか、再び涙が溢れて出てきた。
 小さな嗚咽を漏らして、彩芽は近くにあった僕の手をしっかりと掴む。
 小さくて、細くて、温かい手を僕はぎゅっと握り返す。

 「…っあ……ヒック…あぁっ…」

 「辛かった、辛かったよ……今まで、誰にも相談できなかった…」

 それから何も言わず、ただただ無言が場を征した。

 辛かった、そうだよね、辛かったよね

 何も言わずとも僕らの心は通っていたように感じた。

 「…お兄ちゃん、ありがと。言わなきゃいけない、ううん、言わせて?」

 少し時間が経ち、泣き止んだ涙目の彼女は淡々と話し始めた。

 「私ね、怖かった。叔父さんに引き取られたとき、私が地下牢に監禁されたとき、いっぱい傷つけられて、怖かった、痛かった」

 「でも、傷つけられたことが怖かったんじゃなかったの、私が価値がないって気づいたのか怖かったの」

 「勉強も、運動も、家事も、才能もできるだけ、一番は私にはとれないし、掴みとれないし、必要とされてない」 

 「そう気づいちゃって、私は悲しくなっちゃって、それから、それから誰も信じれなくなっちゃった」

 ‥知らなかった。そんなこと。
 いつもそっけなくて本当は優しい妹。
 その程度でしか僕は彼女を理解してあげられていなかったんだ。と再確認した。

 笑いながら話す彩芽の顔は貼りついたような顔ではなく、心の奥底からの笑顔だった。

 「リストカットもした、幾度となく血を見た、けど何かが足りなかった」

 多分、何をしても無理だったんだと小さな声を僕は聞き逃さなかった。

 「彩芽ちゃん、もう大丈夫、一番じゃなくたっていいんだよ」

 今まで黙っていた優人さんも、声をかける。

 大丈夫、大丈夫となだめていると、カツカツとヒールの音をたててラビットが近づいてきた。

 彼女は黙って彩芽の手を引くと、黙ってエレベーターではなく、階段をゆっくりと上る。

 その間、彩芽は鼻をすすりながら愛華に少しもたれて階段を一段一段踏みしめているようにも見えた。

 
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