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第一章 4月クレイム
第五話 執念
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あの日から数日たった日、僕は彩芽に「ご飯」と短くドア越しに呼ばれ、彩芽が作った朝ごはんを食べようとしていた。
僕は頭をくしゃくしゃと自分の手で撫で回し、朝ごはんの席についた。今日の朝ごはんは味噌汁にソーセージマフィン、卵焼き、牛乳という、和食か洋食かいまいち分からない献立だ。朝食当番は彩芽の仕事なのだが、きっと冷蔵庫の余り物なのだろう。
「兄ちゃん...学校なれた?」
卵焼きを口にしようすると、向かいに座っていた彩芽が問いかけてきた。
彩芽はまだ髪をといていないようで、いつもはサラサラなショートヘアーが乱れてボサボサになっており、目の下にはくまを作っていた。
「あー...なれたけれど、その目の下のくまは...?」
「ん、ああこれ?昨日ちょっと調べ物してたから。『知る人ぞ知る雑学』全18巻。貸そうか?」
そうやって目の下のくまを指しながら僕に問いかけてきた。
「いやいいよ」
と即答し、卵焼きを食べると、
「あ、そう」
彩芽は少し残念そうに返事をし、ソーセージマフィンに手をつけた。
数分間の沈黙の後、
「彩芽はなれたか?」
と聞くと、彩芽は横に首を降り、
「まだ。これから慣らしていく」
と言葉を付け足した。
また沈黙の場が再開し、気まず過ぎる空気の中、なんとか話題を探そうと、皿を見渡しても見たが、いつの間にか皿にはもうおかずはなかった。牛乳も飲み干してしまっていたようだ。無意識とは怖いものだ。
僕はさっさと食器を下げ、身支度を済ませ、家から出ていこうとした。
「待って兄ちゃん!」
玄関でスニーカーを結んでいると、彩芽の引き止めるような声が背中に降り掛かってきた。
「...一緒に途中まで行こ」
彩芽はそう言い、赤面しながらそっぽを向いた。彩芽は恥ずかしがっているのだろう。
いや、新しい環境に自分だけなれずに、唯一無二の兄である僕を頼りたいのだろうか。それすらもただの深読みのしすぎなのか。
「...ごめん、彩芽。今日は日直だから急がないと」
「...分かった。行ってらっしゃい...!」
彩芽は少し寂しそうな目を見せたが、次に瞬きをした時にはもうそこには寂しそうな目はなく、代わりに笑顔で送ってくれる優しい妹がいた。
その寂しそうな目に気づいていないふりをして、僕はドアの閉まる音を背に、通学路を歩いていた。
僕がまだ10歳の時、母さんは死んだ。水難事故だった。
いや、事故ではない。違う。あれは事件だった。
六年前の母さんは、梅雨の雨の日に川にすてられている猫を助けようとした。猫はダンボールの中に入っていて、ミーミーと弱くてもう消えてしまいそうな鳴き声をあげていた。
橋の上で子猫を見つけた僕は仁は彩芽とここで待っていて。と母さんに言われ、僕と、8歳だった彩芽で2人、橋の上で待っていた。
母さんが川原に降りて少し流れの早くなっている川の側面の近くにある子猫の入ったダンボールの所に行こうとした。
ああ、この時もう少しだけしっかりと見ていたら、後ろにいた黒い服の男の存在に気づけたのかも知れなかった。
なんとかダンボールを拾ってこちらを見ようとした母さんの背中を黒い服を着た男が突然現れ、押したのだ。
母さんはすぐさま水に飲み込まれ、そのまま雨のせいでかさを増した川に流されていった。
僕は母さんを助けようとした。もう自分がどうなってもよかった。でも母さんには死んでいなくなって欲しくなかった。
でもその願望もすぐに崩され、僕が川原に行った時には母さんも、猫も、黒い服の男も何もかもがなく、多々呆然とたっている僕と泣き崩れている彩芽の声だけが雨が打ち付ける音に混じりあって聞こえていた。
翌日、母さんは河口あたりで遺体で見つかり、僕らは警察に話を聞かされた。全てを話した。その話をしている時、僕はなぜ母さんを救えなかったのかという後悔だけが心の中に残っていた。
六年たった今でも未だ解決はしておらず、母さんを殺した黒い男は捕まっていない。
父さんは母さんと離婚し、その直後、末期ガンでなくなったらしい。僕が2歳の頃、まだ彩芽がお腹にいた頃に離婚したから、僕は父さんの顔もしらなかっし、別に今さら知りたいとも思わなかった。
だから僕は、葬式の次の日に僕は母さんの兄、叔父さんに引き取られた。
叔父さんは大企業の社長で、立派な豪邸を持っていて僕も数回母さんに連れてこられたことがあるが、綺麗な装飾品に、笑顔で出迎えてくれる2人のメイドと執事、きらびやかなシャンデリア、高級な食卓が並ぶ、絵に書いたようなお金持ちだった。
叔父さんは僕にとても優しかった。大切な跡取りとしてとても優しくされ、自分の綺麗で大きい部屋も持たせてもらった。いつも僕に振る舞う料理も高級な食材を使ったご飯だった。叔父さんに頼めば、何でも買ってもらえた。
だが、彩芽は僕と反対にのけ者にされた。部屋は狭くて汚く、トイレが付いている地下室。そこには鉄格子がはめられていて、妹はいつも家の外はもちろん、部屋から出るのさえも禁じられた状態にされていた。
その上食事もまともに取らせてもらえず、いつも叔父から暴力を受け、ストレス発散の「道具」というふうに扱われた。その時の傷跡がまだ彩芽の背中に痛々しく残っている。
週に一度だけ30分会える面会時間にはいつも彩芽はガリガリで、光のない目、ボロボロな肌といろんな汚れで汚れた服を着ていた。母さんが死ぬ前の明るくて可愛らしかった頃と比べるとまるで別人だった。
それでも彩芽は僕をうらまず、いつも僕に合うと、カサカサの唇を動かしてニコリと笑ってくれた。僕が 信じられる唯一の家族だった。
叔父に引き取られてから5年たち、恐る恐る叔父に聞いたことがあった。
なぜ妹にこんなことをするのか。と。
すると叔父は、
「我が宇津木家には男の後継が必要なんだ。立派で次の世代を残すためにはな。だから、あれはのけ者でしかない、生まれる意味などなかった存在なんだ。だから俺が罰を受けさせているのだ」
と。その言葉は数分前、数秒前まで怯えていた15になった僕を怒らせるのには十分すぎる言葉だった。
それを聞いた瞬間、顔が真っ赤になり、グーで握った拳がぷるぷると震え、目はかっと見開き、僕は叔父を殴った。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!僕のたったひとりの妹を、そんな理由でいままで傷つけてきたのかぁぁぁ!!!返せ、返せよ!5年間の間にお前にとられた妹の幸せを!日々を!全てを返せ!カエセ!」
僕は叫びながら馬乗りの状態で叔父を殴り続けた。手が、体が、勝手に感情のままに動いた。叫びすぎて喉から血の味がした。でもそんなん関係なかった。憎かった。叔父が許せなかった。
叔父は驚いたような屈辱のような表情を見せていたが、反抗する力は無かったようだ。
もう20発ぐらい殴って、叔父の息が虫の息になって、僕は殴るのをやめた。
すると、叔父の胸ポケットから地下室の部屋の鍵が出てきた。それを見つけた時、僕は彩芽と一緒にどこかに逃げる決心をした。誰にも見つからない、遠くへ遠くへと。
僕は地下室から彩芽を出そうとした。すると、彩芽は見開いた目で僕を見ていた。何を見ているのかと思って、下を見ると、服は殴った時に出た叔父の血で点々と赤く染まっていた。僕はああ、と納得し、こう話した。
「彩芽、事情はあとで話す。だから逃げよう」
彩芽は数秒間何も言わなかったが、その後黙って頷いて、僕の後ろをついていった。
廊下を走り、階段を上がり、玄関に向かって走った。あと数mで玄関に着く。あと少し。そんな時に。
「どこに行こうというのですか?仁さん、彩芽さん」
背後から優しいのに背筋が凍るように怖い声が聞こえた。
すぐさま振り返ると、そこにはいままで面倒を見てくれていたメイドの、天田菜月がそこに立っていた。
天田は、メイド服を着ていて、赤色の髪を後ろで三つ編みしており、黒色のリボンを付けていた。目は赤色でいつも通りの垂れ目で僕達を見ているが、いつもと違うのはその微笑んだ目に光がない所だった。
「放っておいてく...」
「どこへ行くのですか?」
僕の言葉を遮り、天田は僕に問いかけてきた。
「.........逃げるんだよ。」
「どこへ?」
「っく...それは...」
「どこへ?」
「...」
僕は黙ってしまった。あてはないのだ。全く。しかし、このままでも天田に捕まえられるだけだ。いっそ天田もここで殴ってしまえばいいのかもしれない。そんなことが頭の中をよぎった。
しかし、次に天田の口から出た言葉は予想外のものだった。
「一部始終はすべて見ていたの。ここに行って。私の家族がいる。ご主人のキャッシュカードの番号もかいてあるから。貴方達の事は私の方から家族に説明するから、新しい家が見つかるまでは養ってもらって。」
そう言って、メモを渡してもらった。そこにはここからそう遠くない住所とキャッシュカードの番号が書かれてあり、メモ用紙にはキャッシュカードが挟まれていた。
僕はそれを見て呆然とし、天田に問いかけた。
「どうして、どうしてそこまで...?」
天田は少し黙り、口に手を当てて考えた後、問いかけに答えた。
「さあ、なんででしょうね、ただそうしないといけない気がしただけよ」
その時の僕はあまり意味がわからなかった。もしかしたらこの住所は偽の架空のものかもしれなかった。
だが、僕は一筋の光に頼り、その住所に向かうことにした。住所はケータイで調べて向かうことにした。住所に向かうまでのお金や携帯の充電器は天田に貰った。
一体天田が何をしたかったのかはまだ分からない。多分これからも謎のままなのだろう。でも別に知らなくてもいいと思う。
それから僕は天田の家族に養ってもらい、その後美月市に安い事故物件の家を見つけ、そこに住むことになったのだ。まさか死神が出るとは思わなかったが。それからはこの通りだ。
彩芽を助けるために彩芽の家から逃げ出したのに、彩芽と僕の仲はいいとは言えなかった。
あまり喋らず、初日こそ張り切って、楽しくしようとはしていだが、その後は話すことは滅多になかった。何だかんだで彩芽を避けていたのかもしれない。僕だけが優遇を受けていた事を、彩芽に恨まれるのを避けていたのかもしれない。だから、僕は彩芽に話しかけることが出来なかった。今日一緒に行こうと言われた時も日直だとかなんだとか嘘をついて結局僕は彩芽を避けていたのだ。
「彩芽...ごめん」
通学路をたんたんと歩いていた僕は誰にも聞こえるはずがない謝罪の言葉をぼそっと呟いた。
彩芽と話したい。
彩芽と笑いたい。
彩芽と元通りになりたい。
そんな叶いもしない机上論で頭を埋め尽くした。
「...さん?...んさん?」
「仁さん!」
はっと我に返り、前を見るとアキが突っ立っていた。
「...信号、青になってますよ?」
前を見ると、さっきまで赤だった信号が青になっていた。
「ごめんなさい。考え事してました。」
「全く...危ないから、次からは注意してくださいね!」
はいはい。と返事をして、頭の中の葛藤を振り払い、学校に向かった。
「兄ちゃんと距離を作りたくないっ...!」
私はそう呟き、涙を流した。
家には誰もいない。数分前、過去の思い出に浸り、兄ちゃんのことを思い出していた。
涙なんていつぶりだろうか。恐らく母さんが死んだ時以来だろう。それから私は涙を流したことは無かった。ただ、兄ちゃんに迷惑はかけたくなかった。きっと泣いてしまったら自分の中の何かが崩れてしまうから。
私のことを兄ちゃんは助けてくれた。支えてくれた。引っ張っていってくれた。なのに私は兄ちゃんを避けていた。自分なんていても無意味な存在で無価値で無駄なんだ。
涙を袖で拭い、時計を見た。時計は7時五十分を指している。
ああ、もうこんな時間だ。学校に行く用意をしなくちゃなあ。
私は洗面所の鏡の前で無理やり笑って見せた。悲しそうに笑う私が映る。そんな私を見ながら
「頑張れ」
と呟く。
学校の用意をする頭の中で、ほんの僅かに、小さく、
「きゅっ」
と何かが鳴くような音がしたのは気のせいだろうか。
僕は頭をくしゃくしゃと自分の手で撫で回し、朝ごはんの席についた。今日の朝ごはんは味噌汁にソーセージマフィン、卵焼き、牛乳という、和食か洋食かいまいち分からない献立だ。朝食当番は彩芽の仕事なのだが、きっと冷蔵庫の余り物なのだろう。
「兄ちゃん...学校なれた?」
卵焼きを口にしようすると、向かいに座っていた彩芽が問いかけてきた。
彩芽はまだ髪をといていないようで、いつもはサラサラなショートヘアーが乱れてボサボサになっており、目の下にはくまを作っていた。
「あー...なれたけれど、その目の下のくまは...?」
「ん、ああこれ?昨日ちょっと調べ物してたから。『知る人ぞ知る雑学』全18巻。貸そうか?」
そうやって目の下のくまを指しながら僕に問いかけてきた。
「いやいいよ」
と即答し、卵焼きを食べると、
「あ、そう」
彩芽は少し残念そうに返事をし、ソーセージマフィンに手をつけた。
数分間の沈黙の後、
「彩芽はなれたか?」
と聞くと、彩芽は横に首を降り、
「まだ。これから慣らしていく」
と言葉を付け足した。
また沈黙の場が再開し、気まず過ぎる空気の中、なんとか話題を探そうと、皿を見渡しても見たが、いつの間にか皿にはもうおかずはなかった。牛乳も飲み干してしまっていたようだ。無意識とは怖いものだ。
僕はさっさと食器を下げ、身支度を済ませ、家から出ていこうとした。
「待って兄ちゃん!」
玄関でスニーカーを結んでいると、彩芽の引き止めるような声が背中に降り掛かってきた。
「...一緒に途中まで行こ」
彩芽はそう言い、赤面しながらそっぽを向いた。彩芽は恥ずかしがっているのだろう。
いや、新しい環境に自分だけなれずに、唯一無二の兄である僕を頼りたいのだろうか。それすらもただの深読みのしすぎなのか。
「...ごめん、彩芽。今日は日直だから急がないと」
「...分かった。行ってらっしゃい...!」
彩芽は少し寂しそうな目を見せたが、次に瞬きをした時にはもうそこには寂しそうな目はなく、代わりに笑顔で送ってくれる優しい妹がいた。
その寂しそうな目に気づいていないふりをして、僕はドアの閉まる音を背に、通学路を歩いていた。
僕がまだ10歳の時、母さんは死んだ。水難事故だった。
いや、事故ではない。違う。あれは事件だった。
六年前の母さんは、梅雨の雨の日に川にすてられている猫を助けようとした。猫はダンボールの中に入っていて、ミーミーと弱くてもう消えてしまいそうな鳴き声をあげていた。
橋の上で子猫を見つけた僕は仁は彩芽とここで待っていて。と母さんに言われ、僕と、8歳だった彩芽で2人、橋の上で待っていた。
母さんが川原に降りて少し流れの早くなっている川の側面の近くにある子猫の入ったダンボールの所に行こうとした。
ああ、この時もう少しだけしっかりと見ていたら、後ろにいた黒い服の男の存在に気づけたのかも知れなかった。
なんとかダンボールを拾ってこちらを見ようとした母さんの背中を黒い服を着た男が突然現れ、押したのだ。
母さんはすぐさま水に飲み込まれ、そのまま雨のせいでかさを増した川に流されていった。
僕は母さんを助けようとした。もう自分がどうなってもよかった。でも母さんには死んでいなくなって欲しくなかった。
でもその願望もすぐに崩され、僕が川原に行った時には母さんも、猫も、黒い服の男も何もかもがなく、多々呆然とたっている僕と泣き崩れている彩芽の声だけが雨が打ち付ける音に混じりあって聞こえていた。
翌日、母さんは河口あたりで遺体で見つかり、僕らは警察に話を聞かされた。全てを話した。その話をしている時、僕はなぜ母さんを救えなかったのかという後悔だけが心の中に残っていた。
六年たった今でも未だ解決はしておらず、母さんを殺した黒い男は捕まっていない。
父さんは母さんと離婚し、その直後、末期ガンでなくなったらしい。僕が2歳の頃、まだ彩芽がお腹にいた頃に離婚したから、僕は父さんの顔もしらなかっし、別に今さら知りたいとも思わなかった。
だから僕は、葬式の次の日に僕は母さんの兄、叔父さんに引き取られた。
叔父さんは大企業の社長で、立派な豪邸を持っていて僕も数回母さんに連れてこられたことがあるが、綺麗な装飾品に、笑顔で出迎えてくれる2人のメイドと執事、きらびやかなシャンデリア、高級な食卓が並ぶ、絵に書いたようなお金持ちだった。
叔父さんは僕にとても優しかった。大切な跡取りとしてとても優しくされ、自分の綺麗で大きい部屋も持たせてもらった。いつも僕に振る舞う料理も高級な食材を使ったご飯だった。叔父さんに頼めば、何でも買ってもらえた。
だが、彩芽は僕と反対にのけ者にされた。部屋は狭くて汚く、トイレが付いている地下室。そこには鉄格子がはめられていて、妹はいつも家の外はもちろん、部屋から出るのさえも禁じられた状態にされていた。
その上食事もまともに取らせてもらえず、いつも叔父から暴力を受け、ストレス発散の「道具」というふうに扱われた。その時の傷跡がまだ彩芽の背中に痛々しく残っている。
週に一度だけ30分会える面会時間にはいつも彩芽はガリガリで、光のない目、ボロボロな肌といろんな汚れで汚れた服を着ていた。母さんが死ぬ前の明るくて可愛らしかった頃と比べるとまるで別人だった。
それでも彩芽は僕をうらまず、いつも僕に合うと、カサカサの唇を動かしてニコリと笑ってくれた。僕が 信じられる唯一の家族だった。
叔父に引き取られてから5年たち、恐る恐る叔父に聞いたことがあった。
なぜ妹にこんなことをするのか。と。
すると叔父は、
「我が宇津木家には男の後継が必要なんだ。立派で次の世代を残すためにはな。だから、あれはのけ者でしかない、生まれる意味などなかった存在なんだ。だから俺が罰を受けさせているのだ」
と。その言葉は数分前、数秒前まで怯えていた15になった僕を怒らせるのには十分すぎる言葉だった。
それを聞いた瞬間、顔が真っ赤になり、グーで握った拳がぷるぷると震え、目はかっと見開き、僕は叔父を殴った。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!僕のたったひとりの妹を、そんな理由でいままで傷つけてきたのかぁぁぁ!!!返せ、返せよ!5年間の間にお前にとられた妹の幸せを!日々を!全てを返せ!カエセ!」
僕は叫びながら馬乗りの状態で叔父を殴り続けた。手が、体が、勝手に感情のままに動いた。叫びすぎて喉から血の味がした。でもそんなん関係なかった。憎かった。叔父が許せなかった。
叔父は驚いたような屈辱のような表情を見せていたが、反抗する力は無かったようだ。
もう20発ぐらい殴って、叔父の息が虫の息になって、僕は殴るのをやめた。
すると、叔父の胸ポケットから地下室の部屋の鍵が出てきた。それを見つけた時、僕は彩芽と一緒にどこかに逃げる決心をした。誰にも見つからない、遠くへ遠くへと。
僕は地下室から彩芽を出そうとした。すると、彩芽は見開いた目で僕を見ていた。何を見ているのかと思って、下を見ると、服は殴った時に出た叔父の血で点々と赤く染まっていた。僕はああ、と納得し、こう話した。
「彩芽、事情はあとで話す。だから逃げよう」
彩芽は数秒間何も言わなかったが、その後黙って頷いて、僕の後ろをついていった。
廊下を走り、階段を上がり、玄関に向かって走った。あと数mで玄関に着く。あと少し。そんな時に。
「どこに行こうというのですか?仁さん、彩芽さん」
背後から優しいのに背筋が凍るように怖い声が聞こえた。
すぐさま振り返ると、そこにはいままで面倒を見てくれていたメイドの、天田菜月がそこに立っていた。
天田は、メイド服を着ていて、赤色の髪を後ろで三つ編みしており、黒色のリボンを付けていた。目は赤色でいつも通りの垂れ目で僕達を見ているが、いつもと違うのはその微笑んだ目に光がない所だった。
「放っておいてく...」
「どこへ行くのですか?」
僕の言葉を遮り、天田は僕に問いかけてきた。
「.........逃げるんだよ。」
「どこへ?」
「っく...それは...」
「どこへ?」
「...」
僕は黙ってしまった。あてはないのだ。全く。しかし、このままでも天田に捕まえられるだけだ。いっそ天田もここで殴ってしまえばいいのかもしれない。そんなことが頭の中をよぎった。
しかし、次に天田の口から出た言葉は予想外のものだった。
「一部始終はすべて見ていたの。ここに行って。私の家族がいる。ご主人のキャッシュカードの番号もかいてあるから。貴方達の事は私の方から家族に説明するから、新しい家が見つかるまでは養ってもらって。」
そう言って、メモを渡してもらった。そこにはここからそう遠くない住所とキャッシュカードの番号が書かれてあり、メモ用紙にはキャッシュカードが挟まれていた。
僕はそれを見て呆然とし、天田に問いかけた。
「どうして、どうしてそこまで...?」
天田は少し黙り、口に手を当てて考えた後、問いかけに答えた。
「さあ、なんででしょうね、ただそうしないといけない気がしただけよ」
その時の僕はあまり意味がわからなかった。もしかしたらこの住所は偽の架空のものかもしれなかった。
だが、僕は一筋の光に頼り、その住所に向かうことにした。住所はケータイで調べて向かうことにした。住所に向かうまでのお金や携帯の充電器は天田に貰った。
一体天田が何をしたかったのかはまだ分からない。多分これからも謎のままなのだろう。でも別に知らなくてもいいと思う。
それから僕は天田の家族に養ってもらい、その後美月市に安い事故物件の家を見つけ、そこに住むことになったのだ。まさか死神が出るとは思わなかったが。それからはこの通りだ。
彩芽を助けるために彩芽の家から逃げ出したのに、彩芽と僕の仲はいいとは言えなかった。
あまり喋らず、初日こそ張り切って、楽しくしようとはしていだが、その後は話すことは滅多になかった。何だかんだで彩芽を避けていたのかもしれない。僕だけが優遇を受けていた事を、彩芽に恨まれるのを避けていたのかもしれない。だから、僕は彩芽に話しかけることが出来なかった。今日一緒に行こうと言われた時も日直だとかなんだとか嘘をついて結局僕は彩芽を避けていたのだ。
「彩芽...ごめん」
通学路をたんたんと歩いていた僕は誰にも聞こえるはずがない謝罪の言葉をぼそっと呟いた。
彩芽と話したい。
彩芽と笑いたい。
彩芽と元通りになりたい。
そんな叶いもしない机上論で頭を埋め尽くした。
「...さん?...んさん?」
「仁さん!」
はっと我に返り、前を見るとアキが突っ立っていた。
「...信号、青になってますよ?」
前を見ると、さっきまで赤だった信号が青になっていた。
「ごめんなさい。考え事してました。」
「全く...危ないから、次からは注意してくださいね!」
はいはい。と返事をして、頭の中の葛藤を振り払い、学校に向かった。
「兄ちゃんと距離を作りたくないっ...!」
私はそう呟き、涙を流した。
家には誰もいない。数分前、過去の思い出に浸り、兄ちゃんのことを思い出していた。
涙なんていつぶりだろうか。恐らく母さんが死んだ時以来だろう。それから私は涙を流したことは無かった。ただ、兄ちゃんに迷惑はかけたくなかった。きっと泣いてしまったら自分の中の何かが崩れてしまうから。
私のことを兄ちゃんは助けてくれた。支えてくれた。引っ張っていってくれた。なのに私は兄ちゃんを避けていた。自分なんていても無意味な存在で無価値で無駄なんだ。
涙を袖で拭い、時計を見た。時計は7時五十分を指している。
ああ、もうこんな時間だ。学校に行く用意をしなくちゃなあ。
私は洗面所の鏡の前で無理やり笑って見せた。悲しそうに笑う私が映る。そんな私を見ながら
「頑張れ」
と呟く。
学校の用意をする頭の中で、ほんの僅かに、小さく、
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と何かが鳴くような音がしたのは気のせいだろうか。
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